クルマの話をしていると、「シボ」という言葉を耳にすることがあります。ほとんどの人が見たことも触ったこともある、黒くてざらざらしたアレのことらしいのですが、考えてみると、なぜシボが必要なのかがよく分かりません。シボとは何で、どんな役割を果たしているのか、モータージャーナリストの内田俊一さんに聞いてみました。
服飾業界にルーツ?
例えば、インテリアのインパネ周りをよく見てほしい。その上面や側面などに、微妙な模様が刻まれていないだろうか。これがシボである。
そのまま成形すると、つるんとして「いかにもプラスチック!」という表面になってしまうのだが、それではあまりにも安っぽく感じてしまうことから、いわゆる「シボ加工」が施されているのである。インパネ上面がつるんとしているとフロントウインドウに映り込みやすくなってしまうし、シボ加工を施しておくと傷が目立ちにくくなるなど、見た目だけではない効果も期待できる。
そもそも、シボ加工は服飾・繊維業界が発端だ。皮革製品の表面にしわを付けたり、ちりめんを絞ったりもんだりしてしわを付けることを「シボを付ける」という。そこから、プラスチックや金属などの成形やプレス加工の際、表面に細かな模様を施すことをシボ加工、その模様をシボと呼ぶようになった。
デザインにとってシボは重要な要素
シボはカーデザインにとって重要な要素だ。例えば、シボ加工のひとつに「ヘアライン仕上げ」というものがある。シルバーの加飾に、横方向に薄く髪の毛のような細いラインを入れることで高級感を醸し出し、そのクルマの上質さをアピールする手法だ。シボの入れ方ひとつで、クルマにさまざまなニュアンスを持たせることができる。
先ごろ発表になったインフィニティ(日産自動車の高級車ブランド)の「QX60」というSUVがある。日産は近年、デザインに「ジャパニーズDNA」を取り入れていることをアピールしているが、例えばQX60では、ヘッドライトユニットの下側に着物の袷をイメージしたクロームの表現が見られた。
この視点でインテリアのシボを見渡すと、ひとつの大きな特徴があることに気が付いた。センターコンソールにあるスマートフォンのワイヤレス充電器のところに、通常とは違うシボが施されているのだ。「印伝」と呼ばれる紋様である。印伝の由来としては「インディア」が変化したとか、インドから伝わったなど諸説あるが、寛永の頃に来航した外国人により伝えられた紋様だといわれている。
QX60のデザイナー曰く、「あえて語らずとも、気づく人は気づきます。アンダーステートメントなジャパニーズDNAのイメージを込めているんです」とのこと。シボひとつで、デザイナーが込めた想いを伝えることもできるのである。