カメラマンの一言で、コンプレックスだった大きなお尻を武器に変え、オーディション番組への出演をきっかけに「尻職人」としての活動を始め、「グラドル自画撮り部」も立ち上た倉持由香さん。今回は、「グラドル自画撮り部」について詳しく伺っています。

倉持由香(グラビアアイドル)
1991年11月6日、千葉県船橋市生まれ。13歳で芸能界デビュー、18歳から現在のGPRに所属し、グラビアアイドルとして本格的に活動を開始。「グラドル自画撮り部」の部長としても知られる。

グラビア業界全体が盛り上がらないと意味がない

――「グラドル自画撮り部」の設立から、倉持さんはDVD が3カ月ペース、写真集も半年ペースで次々発売されていますし、「グラドル自画撮り部」そのものの注目度も上がってますよね

尻職人として注目して頂けて、それがグラドル自画撮り部につながってお仕事が増えたことは本当にありがたいです! こんなにうまくいくとは思ってなかったですけど(笑)。

でもそれ以上に「グラドル自画撮り部」経由でいろいろな企業さんからコラボのお話をいただけるのが嬉しいですね。「グラドル自画撮り部から◯人お願いします」と、パッケージとしてお話を頂けるので、チームプレイの良い効果が出てきてくれてるかな? と思います。

倉持由香っていう、私個人が注目して頂けるのは本当に嬉しいですし、ありがたいことなんですけど、やっぱりグラビア業界全体が盛り上がらないと意味ないですから。自分のいる業界が注目されないと、結局は自分自身にも返ってこないのかなとも思いますね。

炎上だけは絶対にしたくない

――一方で、注目されればされるほどリスクもありますよね。部員たちに気を付けるように伝えていることってありますか?

今、部員が508人(取材時時点)もいるので、一人ひとりに何か伝えるっていうのは難しいんですが……そうですね、いつも言っているのは「露出合戦になっちゃいけないよ」ってことですかね。

露出を増やせば、そりゃあその時はフォロワーさんは増えるだろうけど、そこで満足されたら意味ないよって。自画撮りっていうのはティッシュ配りみたいなものなので、サンプルを撒いて、気になって、作品を買ってもらえるようにならないとだめなんですよね。出し惜しみをしつつ、バラ撒く! という絶妙なバランスは難しいと思うんですけど。

あと、10年ほど前に炎上を経験しているので、特に仲のいい子たちには炎上の恐ろしさも話したりしますよ。私、もうぜっっったいに炎上だけはしたくないんです!(笑) みんなにもしてほしくない!

グラドルは仕事が増える、ユーザーさんは推しグラドルが増える、業界の方はキャスティングの参考になる。win-win-winの関係です。普通より1個多いんです(笑)。みーんな幸せになったほうがいい! それがグラドル自画撮り部ですね。

引きこもりからグラビアアイドルに

――「尻職人」としての個人活動から「グラドル自画撮り部」のチームプレイをまとめるのは、ものすごい行動力だと思いますが、子供の頃からリーダータイプだったりしたんでしょうか?

いや、全然!(笑) むしろ、すごくオタオタしくて引きこもりでした(笑)。

小学校5年生から引きこもって、テレホタイムになるとわーっとパソコンの前に座って、朝までインターネットしたりとか。当時は、もなちゃ(※1)とか、ふたば(※2)、2ちゃんねる、それから、おもしろフラッシュ倉庫なんかを見てましたね。

※1 もなちゃ:「もなちゃと」の略称。2ちゃんねるのAAでチャットができるサービス。2004年に始動し、2ちゃんねる文化の一角を担った。 ※2 ふたば:「ふたば☆ちゃんねる」の略称。2001年の2ちゃんねる閉鎖騒動の際に生まれた分派で、画像を中心とした掲示板群。ネット上での二次創作文化を支えた「虹裏」が有名。

――引きこもりからグラビアアイドルって振れ幅が大きすぎるんですが、きっかけになった出来事はありますか?

物心ついた頃にはすでに女体が好きで、ジャポニカ学習帳を裸の女の子の絵でいっぱいにしてましたね。きっかけ……というとはっきりは思い出せないんですが、セーラームーンとかキューティーハニーの変身シーンって、一瞬だけど裸になるじゃないですか。一時停止してそこだけ見たりしていましたね。お母さんはちょっと心配そうでしたけど(笑)。

あと、お兄ちゃんがいるので、部屋からこっそりヤンマガや裏モノJAPAN(※3)を借りてはこっそり見ていました。

※3 裏モノJAPAN:株式会社鉄人社が発行している月刊誌。アンダーグラウンドな世界の裏ネタ、業界ネタが中心の誌面で、巻頭にグラビアページを持つ。

※次回は1月16日(土)更新予定です

ギャラリー

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(撮影:廣田達也)