西表島(沖縄県八重山郡竹富町)で人気の自然体験型ツアーには、遊覧船、カヌー、トレッキング、ナイトツアー、ダイビング、シュノーケリング、釣りなどがある。そこで筆者も、カヌー&トレッキングツアーに参加した。
案内してくれたのは、西表島バナナハウスの森本孝房氏。島内の観光関係者なら知らない人はいないという、この道40余年の大ベテランだ。
同氏はまだ観光ツアーも始まっていなかった1970年代に西表島に移り住み、はじめは建設関係の仕事で生計を立てながら、やがて島の自然資源を活かしたツアーガイドも始めた。いまや西表島に関する知識量は島内随一。それでいて旅行者から話しかけやすい、柔らかな雰囲気も持っている。
西表島の北の玄関口、上原港で森本氏の運転するツアーワゴンに乗り換えた筆者たち一行は、マーレ川の近くの駐車場で下車し、用意されたウェアとシューズに着替えた。いよいよトレッキングが始まる。
私たちが足を踏み入れた森は、見たこともない植物であふれていた。巨大な樹木に驚き、棘が散りばめられた葉っぱをこわごわ観察し、不思議な形の木の実に感心する。過酷な西表島の環境を生き延びるため、独自の進化を遂げた植物たち。森本氏は「生き物には、みな意味があるんです」「相手のことをよく知ることから始めましょう」と繰り返す。
森本氏は、この西表島の観光ツアー文化に「カヌー体験」を取り入れた人物。カヌー乗り場も絶好の位置にあった。いざ2人乗りのカヌーに乗り込むと、事前レクチャーの通りにパドルを漕いでみる。簡単に前に進んだ。これならカヌー初心者の筆者でも扱えそう、とホッとひと息。
川から眺めるマングローブの森は、迫力が増したように感じる。静かな水面にパドルを入れ、ひと漕ぎひと漕ぎ進んでいく。ところで「マングローブ」という木は存在しないことをご存知だろうか。淡水と海水が混ざり合う汽水域に生えている植物をマングローブと総称しているのだ。
マーレ川の河口まで下ると、視界が一気に広がった。ここから進路を東にとり、ヒナイ川を上ることになる。折しも強まる暴風雨。しかし12月だというのに、西表島の雨は決して冷たくない。
途中、マングローブのオヒルギに実がなっていた。たこウィンナーのような外観が奇妙だ。森本氏によれば、かつて訪問者のタバコの火の不始末により、辺りのマングローブが焼失する事件が起こった。そこでオヒルギにストレスがかかり、以降は種を残そうと、この周囲の木だけ盛んに実をつけるようになったんだとか。
やがて遠くの山に、水量の豊富な滝が見えてきた。今回のトレッキングツアーのゴール地点にもなっている、ピナイサーラの滝だ。ピナイ(あご)サーラ(ひげ)という名称が示すとおり、黒い山肌に、1本のきれいな白い筋が映えている。落差は55mほどだという。
上陸すると、まずは昼休憩となった。ツアーご一行には、森本氏が朝早くに作ってくれたという黒紫米(こくしまい)のおにぎり2つと唐揚げの弁当が待っていた。非常に旨い。昼食後、トレッキングを再開する。さて少し歩いたところには、サキシマスオウノキが生えていた。大昔には小舟の舵などにも利用されていたという「板根」と呼ばれる板状の根っこが特徴的だ。
森本氏の話によれば、このヒナイ川にはひと昔前まで遊覧船が乗り入れていたという。革靴で来た旅行者が歩きやすいようにと、旅行業者は岩を平らに削り、また場所によっては植物にまで手を出して歩道の整備を進めた。現代に暮らす我々の感覚からすると、信じられない蛮行といえる。その痕跡は、いまも所々に見ることができる。
トレッキングツアーは後半から過酷になっていく。道を覆うように伸びる大木の下をくぐり、人がすれ違えないような断崖を歩いて進んだ。濡れた岩肌は足が滑るため、慎重に慎重を重ねる。道中、オキナワキョウチクトウの木があった。猛毒があり、その樹液が目に入ると失明する恐れもある、と森本氏。「昔、この木で箸を作った人がいました。毒がまわり、亡くなってしまいました」と紹介する。
そして、ついにピナイサーラの滝に到着。連日の雨で勢いを増したその滝からは身体が押されるほどの風圧を感じた。ほとばしる水しぶき、それを全身に浴びる心地良さ。これまでの疲れが吹き飛んでいくようだ。ちなみに夏場であれば、腰まで水に浸かり、滝壺に近づいて涼を楽しむ旅行者も多いんだとか。
滝のふもとで呼吸を整えたのち、来た道を戻った。最後まで我々に熱心に情報を伝え続けてくれた森本氏。そのおかげで、ツアー内容がとても充実したものになった。カヌー&トレッキングツアーの様子は4分の動画にもまとめたので、ご覧いただきたい。
なお、西表島の南の玄関口である大原港からは「仲間川マングローブクルーズ サキシマスオウノキ見学コース」も出ている。こちらでは船長のウィットに富んだ説明を聞きつつ、沿岸にマングローブが生い茂る仲間川を上り、日本最大のサキシマスオウノキを間近に見学できる。所要時間は1時間30分。クルーズ船でめぐるので、体力に自信のない女性や高齢者でも楽しめるのが魅力だ。
取材協力: 竹富町