ここ数年来、タワマンの建設ラッシュに沸く川崎市の武蔵小杉駅周辺は略称の"ムサコ"が定着。オシャレタウンの仲間入りを果たした。スターダムにのしあがった武蔵小杉を横目に、活気のある商店街で知られる目黒区の武蔵小山駅も"ムサコ"を譲らない。2つの"ムサコ"が脚光を浴びる中、それよりも早い時期から"ムサコ"を自認してきたのが中央線の武蔵小金井駅だ。
武蔵小金井は、武蔵小杉や武蔵小山に比べると華やかな存在ではなかった。しかし、その歴史は古い。1924年には仮の乗降場が開設され、1926年には正式な駅になった。地上を走っていた中央線は、2009年に三鷹駅−国分寺駅間の完全立体交差が完了。2015年には高架下に複合商業施設がオープン。南北の駅前ロータリーも綺麗に整備された。それに伴い、武蔵小金井駅は生まれ変わった。
武蔵小金井駅が新しくなったことで、その効果は駅前にも波及。現在、駅前は開発が急ピッチで進行中だ。武蔵小金井駅の一帯はタワーマンションなどが続々と建設されているが、その一方で駅前には広々とした歩道や広場などが整備されている。そうした広々とした公共空間があるために、武蔵小金井駅一帯を歩いていてもビルに挟まれているような感覚には陥らない。
また、小金井市が"緑と水に恵まれた街"をスローガンに掲げていることもあり、街のあちこちでさりげなく屋敷林が残され、地域住民によって花や緑が植栽されているのを目にできる。駅前にある複合商業施設「nonowa」は、屋根が設けられているものの、太陽の光を目一杯取り入れられる構造が採用されている。「nonowa」のプロムナードは買い物客や地元住民が散歩道としても利用しており、ここでも色とりどりの植物を楽しめる。「nonowa」の一画には子供が遊べる公園もあり、駅併設という立地から汽車を模した滑り台が設置。保育園からの帰りに寄り道している母子が集まり、夕方には井戸端会議をしている風景も馴染んでいる。
駅南口ロータリーから商店街が連なる農工大通りが東へと延び、商店街を約15分歩くと、東京農工大学の広大なキャンパスが見えてくる。農工大のキャンパスは学生が闊歩していることは言うまでもないが、青々と茂る木々に囲まれているので地域住民の憩いの場にもなっている。キャンパス内の池を泳ぐ鯉にエサをあげにくるご近所さんもいる。
駅から農工大と逆方向に足を向ければ、小金井市役所が見えてくる。小金井市役所の敷地内にはいくつか高木が植えられているが、特にヒマラヤスギは圧倒的な存在感を放ち、庁舎の主のように鎮座している。農工大に隣接した道路には巨木が生長したままになっているが、市役所のヒマラヤスギも雄大で青々と葉を茂らせている。その姿から、小金井市や市民たちが自然とともに暮らし、そして大事に育んできたことを感じさせる。
市役所の近くには、黄金の水が湧くとされる井戸もある。小金井という地名は、黄金の井戸が黄金井→小金井と転じたことが由来とされる。黄金井は現在も飲用水として利用されており、平日でも近隣住民がひっきりなしに水を汲みに訪れる。黄金井の水は、近隣住民の生活に欠かせないが、それらは住民たちの善意と喜捨によって管理・運営が賄われている。
小金井は明治期から桜の名所として東京市民には広く知られていた。シーズンになると、多くの観桜客があちこちから押し寄せていた。早い段階から小金井に駅が開設された理由は、この観桜客の利便性を図るためとされている。
その名高い小金井の桜並木は、駅から北へ約15分の距離にある玉川上水の河畔にある。現在、玉川上水は側道が整備されて、ひっきりなしに自動車が往来している。河畔には遊歩道も整備されているが、静かに桜を鑑賞できる環境とは言い難いかもしれない。それでも、春にはヤマザクラで一面はピンク色に染まり、多くの花見客でにぎわう。
そして、玉川上水河畔を東へ歩くと、都立小金井公園がある。都立小金井公園は広大な公園でもあるが、特筆すべきは園内にある江戸東京たてもの園だろう。明治・大正・昭和の民家や商店などを移築・保存した同園は多くのファンや建築を専攻する学生などを集める。また、最近は外国人観光客の来園も増えており、日本古来の文化を広く発信する場にもなっている。
開発が進む駅前は高層ビルが増えているものの、武蔵小金井駅は緑と水に恵まれ、そして桜に彩られるなど、どこか懐かしい風景を残している。