前回は、イノベーターは「いつどこで」思いつくのかという視点から、非日常の経験がイノベーションのきっかけとなることを紹介しました。今回は、イノベーションの元となるコトについて紹介します。

現代はモノがあふれ、モノ単体で価値を生むことが難しくなっています。そして、インターネットを介してモノ同士がつながり価値の連鎖も起きています。

こんな状況下では、モノという手段ではなく、コトという目的で考えるべきです。手段を磨いても目的は見えてきません。モノづくりからコトおこしへ。それはいったいどういうことでしょうか? 具体例を考えてみましょう。

  • モノづくりからコトづくりの意味とは?

掃除行動というコトを変えた商品

「新しい掃除行動を作る」というコトおこしを主導してイノベーションをおこしたライオンの竹森征之氏は、正にイノベーターです。彼が統括していたルックというブランドの商品は、お風呂やトイレ、キッチンのカビなどの汚れを落とす洗剤などで広く知られています。

竹森氏はブランドマネージャに就任して早々に、ブランドステイトメント(その商品が実現する約束)を変えることを実施しています。これがいわばコトです。

本来なら、「汚れを根こそぎ取り除く」とか、「カビのない爽やかな世界を作る」といった内容になりそうですが、竹森氏は別のことを考えました。掃除という行動に注目し、今までにない「新しい掃除行動を作る」ことを約束したのです。掃除行動というコトに焦点をあてることで、価値の主体が洗剤自体から汚れを落とす行為やその実践者にまで広がることを企図したのです。 

ものよりコト。機能より意味。ブランドステイトメントを通じて、コトや意味を考え抜くことを、自ら考え、日々部下たちにも問うたのでした。

そして、そこから「ルックお風呂の防カビくん煙剤」という新商品が生まれます。この商品は、中外製薬から事業譲渡を受けたバルサンの技術を活用しています。くん煙によって、殺菌成分を浴室の隅々まで行き渡らせることで、黒カビの胞子を殺す。それによってカビ自体を生えなくする商品です。

こうして、竹森氏は掃除行動というコトを根本的に変える商品を作り出しました。この商品は「掃除をしないこと」を促進します。カビを生えさせない、つまり掃除をする必要がない世界を作ろうというのです。

極端にいうと、既存のルック商品が売れなくなることを、自ら促進しているのです。自らが自社を『ぶち壊し』ているのです。しかし、それが成功へとつながりました。モノづくりではなく、コトおこしを考え抜いた結果、生まれたイノベーションということができます。

原点に立ち返る

イノベーションを育む発想法や思考法は世の中にたくさんあります。デザインシンキング※1、UX(ユーザー経験)※2……。大型書店にいけば、この類の本が余りにも多過ぎて、どの方法が効果的なのか分からなくなってしまいます。
※1デザインシンキング:人間中心デザインに基づいたイノベーションを起こすための発想法。
※2UX:User Experienceの略称。ユーザー経験とも。

そんなときに、私は原点に立ち返ります。マネジメントの神様、ドラッカーに聞いてみましょう。彼は、イノベーション創出には7つの機会を活用せよ、といっています。

  • イノベーション7つの機会

(1)から(7)は難易度の低い順番になっています。つまり、予期せぬことから変化をつかみ、イノベーションをおこすことが一番容易で、発明や発見からイノベーションを興すのは一番困難ということです。

想定外の失敗を生かす

ドラッカーでいうところの、イノベーション創出の難易度が一番低い、想定外の成功や失敗を活かす方法について考えてみます。当初の予想を裏切ってうまくいったことや、逆にうまくいかなかったことを、単なる偶然として片付けるのではなく、「もう一度、再現できるか?」「この成功(失敗)の背景には何があるのか?」「大きなニーズが眠っているのではないか?」と考えてみるのです。

広く知られている例として、3Mのポストイットがあります。

・元々は、接着力の強い接着剤を開発しようと試作を重ねていたが、剥がれやすい接着剤ができてしまった
・研究者は失敗作として棄ててしまうのではなく、「何かに使えるのでは?」と社内の各部門にこの発見を紹介し、見本を配っていた
・5年後、教会の聖歌隊のメンバーであった別の研究員が讃美歌集のページをめくった際、目印に挟んでいたしおりが滑り落ちた。その瞬間、剥がれやすい接着剤の用途を思いついた

これが、ポストイットの誕生ストーリーです。想定外の失敗作としての剥がれやすい接着剤が大きなイノベーションを生むことになったのです。

このような思いもかけぬ失敗や成功例は、皆さんの身の回りにもたくさんあるでしょう。まず失敗か成功かの認識をする。次に、それを再現するにはどうすればいいかを考える。

特に失敗を他の用途に応用できないかを考える。それを既に違う用途で使っている人を探し出して対話してみる。こうやればイノベーションの兆しとなるコトを手にすることができるのです。

執筆者プロフィール : 井上功(いのうえ・こう)

リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント
1986年リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。2001年、HCソリューショングループの立ち上げを実施。以来11年間、リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。2012年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材の可視化、人材開発、組織開発、経営指標づくり、組織文化の可視化等に取り組む。