次々に新しい料理や食材などが登場するとあって、『食のトレンド』は刻一刻と移り変わっていく。しかし、クライアントや職場の同僚と「あれ食べた?」という話になることはよくある。そんなときに「……聞いたこともない」というのは、かなりマズい。この連載では、ビジネスマンが知っておけば一目おかれる『グルメの新常識』を毎回紹介していく。第75回は「パネットーネ」。
「パネットーネ」って何?
パネットーネ(商品名によってはパネトーネ)は、クリスマスの時期にイタリアで食べられる、ミラノ発祥の発酵菓子だ。卵とバターたっぷりの生地にドライフルーツが入ったドーム状の菓子で、菓子屋やパン屋が独自に培養した自家製発酵種を使っているのが特徴。今ではイタリア各地でも売られており、日本でも約40年前にベーカリーチェーン「ドンク」が作り始め、ここ数年でシュトーレン(ドライフルーツやスパイスが練り込まれたドイツ菓子)に次ぐ、クリスマス菓子として認知され始めている。
日本でも、パネットーネの普及と啓蒙を目的とする「パネットーネ・ソサエティ」という団体が2020年11月に発足し、パネットーネの正しい知識を紹介しながら、日本で食べ手や作り手を増やす活動を行っている。設立者のひとり、フィレンツェ在住のディレクター、池田愛美さんによると、パネットーネの歴史はかなり古く、「中世のミラノではクリスマスをパネットーネで祝っていたようです。富裕層でもふだんは雑穀パンしか食べられなかったのですが、クリスマスイブだけは白い小麦粉、バター、ハチミツを使ったこのお菓子が許されたのでしょう」と話す。
現代に近い形になったのは19~20世紀のミラノでのことで、1930年代には大手製菓会社が紙の型を使って背の高いドーム型に焼くようになり、これが今でも定着している。名前の由来は諸説あり、池田さんがそのひとつを教えてくれた。15世紀、ミラノの領主の屋敷でクリスマスの晩餐を準備していたコックがデザートを失敗してしまい、見習い少年のトニが即興でお菓子を作り喜ばれた。それを“Pan de Toni(トニのパン)”と呼び、Panettoneになったという。
長く愛されてきた菓子だが、次第に材料や製法がアレンジされることも多くなり、伝統的な味わいや食感が失われることを危惧したイタリア政府は、2005年に規範を定め、それを守らないと「パネットーネ」と呼ぶことができなくなった。2007年にはミラノ菓子職人委員会がまとめた規範を元に「ミラノ手仕事伝統パネットーネ」が商標登録された。現在、パネットーネ・ディ・ミラノ(ミラノのパネットーネ)は、国が定める伝統農産食品リストにロンバルディア州の産物として登録されている。
材料はパン生地用の自家培養発酵種(日本では「パネットーネ酵母」という言葉が使われるが、イタリアではこのように呼ぶ)、小麦粉、砂糖、バター、卵と、中に入れるレーズン、オレンジピール、チェードロ(レモンのような柑橘)の砂糖漬け。専用の筒状の紙の型で焼き、表面には十字に切り目を入れる。これが正統な規範に則ったパネットーネだ。
「パネットーネ」はどこで買える?
「パネットーネのおいしさを日本でも広めたい」と、2019年のオープン以来、パネットーネの通年販売をしているのが東京・恵比寿のパティスリー「LESS(レス)」だ。共同オーナーシェフのガブリエレ・リヴァさんが、パティスリーを営んでいたイタリアの実家から持参した、50年以上も培養されてきたパネットーネ種を使い、同じくオーナーシェフの坂倉加奈子さんと共に、パネットーネを焼いている。
「パネットーネにオレンジの風味は欠かせません」と話す2人は、通年商品として2種類をライナップ。ひとつがオレンジピールをメインに、レモンピールと日本の柑橘ピールを加えた「アグルミ」(3850円)で、もうひとつはミルクチョコレート、オレンジピールとヘーゼルナッツペーストを入れた「GR」(4200円)だ。このほか、季節によっていちごとチェリー入りの「サクラ」、秋には「栗」などが登場する。
イタリアでもイーストを使った大量製品が出回るようになったが、本物のパネットーネ作りには時間がかかる。同店でも1日目にベースのパン生地を作って発酵させ、2日目に具材を加えてさらに一晩発酵。3日目に焼き上げたら、6時間以上冷まして店頭に並べる。「発酵時間が長いことから、消化にもいいと言われています」と坂倉さんは話す。
神戸生まれの老舗ベーカリーブランド「ドンク」では、「欧州の豊かな食文化を日本に伝えたい」という想いのもと、1985年にイタリアで数々の賞を受賞しているオリンド・メネギン氏の菓子店「サンレモ」と技術提携し、「パネトーネ」の製造・販売を行ってきた。
同ブランドの「パネトーネ」の特徴は、リエビト種と呼ばれる培養酵母を使い、卵黄とバター、サルタナレーズン、オレンジピール、レモンピールを入れている点。11月1日~12月25日の期間、「クリスマスパネトーネ」(店頭/2160円、EC/2300円)の商品名で、さまざまな欧州のクリスマス伝統菓子のひとつとして店頭、ECサイトで販売されている。
「パネットーネ」を食べてみた
11月1日に発売されたドンクの「クリスマスパネトーネ」を食べてみた。持ち手のついたクリスマス向けデザインの箱に入っており、中から取り出すとずしりと重い。開封すると、ヨーグルトのようなさわやかな発酵の香りとフルーツの甘い香りが溢れ出た。
直径は約17cm、高さは約16㎝、重さは約800gで、テーブルに置くと存在感のある大きさ。クリスマスの食卓を華やかに演出してくれそうだ。慎重にパン切りナイフで切ったのだが、レーズンやオレンジピールなどがたくさん入っているし、発酵のしるしである大きな気泡があいていて、なかなかきれいに切れない。だが切っている間も、甘酸っぱい香気が漂い、食欲をそそった。
中身は、こんがりと焼き上がった外側とは対照的な卵色。切った断面からレーズンがこぼれ落ち、フォークを使うのももどかしく、さっそく手でちぎって口に入れた。香りと同様、さわやかでフルーティな味わいだ。パン生地は軽くてとても口どけがよく、8等分、約6㎝の厚さの大きな一切れもあっという間に食べ終わってしまった。大粒のレーズンや、1㎝角はありそうなオレンジピールのジューシーな食感も合わさり、スイーツのような満足感がある。
「イタリアつながりでおいしいかも」と思い立ち、イタリア産のエクストラヴァージンオリーブオイルを少量たらして食べてみると、オイルを吸ったパン生地とレーズンがより一体感を増した。さらにオリーブオイルの香りと苦みがプラスされ、より甘みも引き立ち、スパークリングワインなどのお酒との相性もいいはず、と確信。ますますクリスマスの食卓に仲間入りさせたくなった。
大きく見映えもよく、大人数でも切り分けて食べられるパネットーネは、クリスマス時期のギフトに最適だ。ちょっとしたうんちくとともに贈れば、あなたのグルメぶりをアピールできるだろう。