すでに旧聞に属する話になっているが、外国為替証拠金取引の公設市場である「くりっく365」が、10月30日付(東京時間10月31日午前4時33分)の取引で、市場実勢から大幅に乖離した水準で南アフリカ・ランドのレートを提示した。

これによって大幅な損失を被った個人投資家も多かったようで、11月21日には損失を被った投資家が、くりっく365を運営している東京金融商品取引所を集団提訴するという。ロイター伝によると、金融先物取引協会には50件以上の相談が寄せられ、そのなかには700万円もの損失を被った人もいたという。

大証がFX市場を開設した7月までは、日本で唯一のFXの公設市場ということで、税制面の有利さと、店頭FXにはない信用力の高さを売りにしてきた「くりっく365」だけに、この一件は、これまで築いてきた信用力を一気に失墜させるだけのインパクトがある。

今回の南ア・ランドの暴落がどういうものだったのか、簡単に整理しておこう。

まず、市場で11円台だった南ア・ランドが一気に8円台で約定されたということで、これを「暴落」と表現する報道も少なくなかったが、これは暴落というよりも、スプレッドが急拡大しただけのことのようだ。

11月23日現在、南ア・ランド / 円のレートは、Bidサイドが1ランド=11.845円。Askサイドが11.865円となっている。Bidは投資家が外貨を売る際のレートで、Askは外貨を買う際のレートだ。つまり、上記のBidとAskでは、投資家は「11.865円で1ランドを買うことができ」、「11.845円で1ランドを売ることができる」ということになる。両者のスプレッドは1ランドにつき0.02円だ。

10月30日の時も、投資家が南ア・ランドを買う際に適用されるAskサイドのレートは、11円台で推移していた。ところが、投資家が南ア・ランドを売る際に適用されるBidサイドのレートだけが、8円台まで急落したのだ。これによって、BidとAskのスプレッドは、一気に3円にも拡大してしまった。

なぜこのような事態が生じたのか。このレートを提示したマーケットメイカーはコメルツ銀行であり、現在、事実関係を調査中とのこと。いずれ、何があったのかが白日の下に晒されることになるだろうが、それにしても非常に不思議な出来事だ。

そもそもくりっく365には、複数のマーケットメイカーが参加しており、それぞれが提示しているレートのなかで、最も投資家にとって有利と思われるレートをアレンジして、くりっく365が投資家向けに提示するという流れになっている。

複数のマーケットメイカーが存在しているのに、どうしてコメルツ銀行が提示していたBidレートが採用されたのか。同じ時間帯にOTC業者が提示していた南ア・ランド / 円のBidレートは、1ランド=11.5円前後で推移している。ということは、この時間帯(東京時間10月31日付午前4時59分33秒)にくりっく365のマーケットメイカーとしてレートを提示していたのは、コメルツ銀行だけだったのか。仮にそうだとすると、「複数のマーケットメイカーが参加することにより、その競争原理で投資家にとって有利なレートが常に提示される」とされるくりっく365のメリットは、絵に描いた餅だということになる。

それとも、複数のマーケットメイカーが、まるで口裏を合わせていたかのように、このような異常値ともいうべきレートを提示したのだろうか。もし本当にそういうことが行われていたとしたら、それは単なる談合であり、マーケットの信頼性を著しく失墜させる陰謀ということになる。

どう考えても、後者の可能性は少ないだろう。となると、やはりこの時間帯にマーケットメイカーとして参加していたのがコメルツ銀行のみであり、何らかの理由で、市場実勢から大きく乖離したBidレートを提示してしまったと見るのが妥当だ。

この問題を、「マイナー通貨には、常にこういうリスクがある」という一言で終わらせてはいけない。確かにマイナー通貨は常に流動性リスクを抱えているが、それとこれは全く異なる問題だ。流動性リスクで南ア・ランドが暴落したのであれば、BidレートだけでなくAskレートも暴落するべきだし、他のOTC業者でも、同じように南ア・ランドの暴落が起こっていなければおかしい。

つまり、今回の南ア・ランドを巡る事件の元凶は、マーケットメイカーとしてこのような異常レートを提示したコメルツ銀行と、その異常レートを看過した東京金融商品取引所にある。両者が今すべきことは、迅速に事実関係を確認し、分かりやすい言葉で、投資家に伝えることだ。それを怠れば、投資家からの信頼を著しく失うことになる。

執筆者紹介 : 鈴木雅光氏(JOYnt代表)

主な略歴 : 1989年4月 大学卒業後、岡三証券株式会社入社。支店営業を担当。 1991年4月 同社を退社し、公社債新聞社入社。投資信託、株式、転換社債、起債関係の取材に従事。 1992年6月 同社を退社し、金融データシステム入社。投資信託のデータベースを活用した雑誌への寄稿、単行本執筆、テレビ解説を中心に活動。2004年9月 同社を退社し、JOYntを設立。雑誌への寄稿や単行本執筆のほか、各種プロデュース業を展開。