トランプ米政権は23日、鉄鋼・アルミに追加関税を課す輸入制限を発動します。今回の方針は米国に輸入される鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の追加関税を課すというものです。ただカナダとメキシコからの輸入は適用除外するとしており、その他についても4月末までに適用除外国を確定する方針です。トランプ大統領はこれに先立つ22日には、中国の知的財産権侵害に対し中国製品に高関税を課す方針も正式に表明しました。

中国を標的に、米国内の支持低下や政権内部の混乱も背景に

トランプ大統領は従来から保護主義的な政策を掲げ強硬な姿勢を示してはいましたが、言葉ばかりが先行して実はあまり実行を伴っていなかったのが実態でした。ところがここへきて保護主義政策を具体化するという強硬路線に一気に舵を切った形です。

これは、対外的には貿易赤字縮小、中でも最大の貿易赤字国である中国を標的とすることが狙いです。と同時に、国内的には国民の支持の低下や最近の政権内の混乱が背景にあります。特に今年11月には中間選挙を控えており、支持率アップと政権浮揚に迫られているのです。

  • トランプ大統領が鉄・アルミの輸入制限発動 - 世界経済を危うくする保護主義の強硬路線

実際、今月13日にペンシルベニア州で行われた連邦下院の補欠選挙で与党・共和党候補が民主党候補より600票の僅差ながら下回る結果となりました。この結果に対し、共和党候補が疑問があるとして敗北をまだ認めないという異例の事態となっています。

今回の補選が行われた選挙区はペンシルベニア州の中心都市であり鉄鋼の街であるピッツバーグの郊外地域で、白人労働者が多いところです。まさにトランプ大統領の支持基盤で、同州では2016年の大統領選でトランプ氏は大差で勝利しています。それにもかかわらず今回の補選で与党が事実上の敗北を喫したのですから、トランプ大統領の危機感は並大抵ではないと思われます。

今回の鉄鋼の輸入制限は補選前から方針を表明していましたので、選挙の結果が影響したとは言えませんが、すでにそうした政治情勢になっていることが今回の強硬路線の背景になっていることは間違いありません。

米国にとってもマイナス、世界貿易縮小の恐れ

しかしトランプ大統領の強硬な保護主義政策は、米国経済にとっても世界経済にとってもメリットよりもデメリットの方が大きいと言わざるを得ません。それは3つの問題点があるからです。

第1は、米国にとってむしろマイナスになりかねないことです。鉄鋼とアルミの関税を引き上げれば、米国内での鉄とアルミの価格が上昇します。鉄とアルミというのは産業の基礎資材であり、自動車やIT製品、機械、建設など、幅広い産業で使われます。つまり鉄やアルミのユーザー企業は従来より高い鉄やアルミを買わざるを得なくなるのです。トランプ大統領の最も大事な支持基盤であるはずの製造業を助けるどころか、コストアップとなり業績悪化につながることをやろうとしていることになるわけです。

米国のある試算によると、鉄とアルミの輸入制限によって米国の鉄鋼業は一息つけて雇用が増えるものの、鉄とアルミのユーザーである自動車など製造業全体では差し引き14万6000人の雇用が減るということです。

鉄とアルミのコストアップ分が最終製品の価格に転嫁されることになれば、物価が上昇し、最終的には米国の消費者の負担が増えることになります。トランプ大統領は「米国第一」を掲げていますが、こうした「保護主義」は実は米国の利益にならないことを、トランプ大統領は知るべきでしょう。

第2の問題点は、保護主義が世界経済を危うくする恐れがあることです。今回の鉄とアルミの輸入制限について、トランプ政権は国や品目によっては適用除外する方針も打ち出しており、カナダ、メキシコ、EU、韓国、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンの7か国を適用除外としました。

日本は適用除外の対象となりませんでした。米国は鉄鋼・アルミ製品の品目ごとに適用除外を最長90日かけて審査するとしており、その中で日本製品が適用除外になる可能性は一応あります。しかし今後の二国間交渉で、トランプ政権はその見返りに別の譲歩を求めてくる可能性があります。トランプ大統領の姿勢を考えると、鉄とアルミ以外でも同様の方針を打ち出してくる可能性も否定できません。

特に中国に対しては鉄とアルミだけではなく、前述のように知的財産権侵害への報復関税の方針も打ち出しましたが、中国も報復関税を準備をしていると表明しました。GDPで世界第1位と第2位の米国と中国が貿易戦争のような事態になれば、世界経済だけでなく安全保障の面にも影響が及ぶことが心配されます。22日の米国市場と23日の東京市場で株価が大幅急落したのは、そうした懸念が噴出したからにほかなりません。習近平体制によって政治的にも経済的にも超強大になった中国をどう抑えるかは大きな課題ではありますが、それでも貿易戦争のようなやり方は取るべきではないでしょう。

お互いが関税を高くする競争のようなことになれば、世界の貿易全体が縮小してしまうことになりかねません。2016年時点ですが、OECD(経済協力開発機構)は、各国が関税などで貿易コストを10%引き上げた場合、世界貿易を6%減少させ、世界のGDPを1.4%押し下げると試算しています。現在の世界のGDP成長率は3%台後半程度ですから、この押し下げ率はかなり大きいと言えるでしょう。それほど影響は大きいのです。

世界大恐慌の苦い教訓

これには、歴史の苦い教訓があります。1929年に米国の株価大暴落に端を発して大恐慌が起きましたが、この時、米国は自国産業を保護するため「スムート・ホーリー法」を制定し、2万品目以上を対象に40~50%の輸入関税を課しました。米国内では1000人以上の経済学者が「かえって経済を悪化させる」とそろって反対したそうですが、時のフーバー大統領は実施に踏み切りました。その結果、欧州各国もただちに報復関税を導入し、米国の貿易は半分に減ったということです。欧州も経済的な打撃を受け、大恐慌が世界に広がり深刻化したのでした。このことが第二次世界大戦の経済的な原因の一つとなったと言われています。

  • ■大恐慌時代のNYダウ平均株価
    1929年10月に株価暴落が始まったが、翌年6月のスムート・ホーリー法により株価下落に拍車がかかり、1932年にはピーク時の7分の1以下となった。1933年に就任したフランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策でようやく景気は回復し始めたが、1937年以降は再び低迷が続いた。株価が大恐慌前の水準を回復したのは戦後の1954年になってからだった

今回とは時代背景が違いますし、今のところ中国以外は鉄とアルミだけですので同列には論じられませんが、トランプ政権の強硬な保護主義政策が今後、世界経済を危うくする恐れがあることは強調しておきたいと思います。

第3は、そもそもトランプ大統領が目の敵にする「貿易赤字」はそんなに悪いことなのかということです。たしかに貿易赤字は、その分「損失」を出していることになり、米国の場合は多額のドルが海外に流失していることになるわけですから、好ましくはないでしょう。これはどこの国でも同じです。しかし米国の場合に限っては、実は必ずしもそうとは言えない側面もあるのです。

それは米国のドルが基軸通貨であるということです。世界の多くの国が貿易の決済をドルで行っていることは周知のとおりで、それがドルの信用の背景となっています。そして貿易などによってドルを受け取った国(例えば中国、日本など)や企業、金融機関などが、その資金で米国の株式や国債に投資をしています。つまり、貿易赤字によって海外に流失したドルが投資という別の形で米国に還流しているのです。

それによって米国は大量の国債を発行して財政赤字を穴埋めし経済を持続させているわけで、ドルが米国に還流することでドル相場を支える役割も果たしています。トランプ大統領はそうした側面にも目を向けて、もっと広い視野で通商政策を考えてもらいたいものです。

以上の3つの問題点に加えて、トランプ政権そのものが一段と混迷の度を深めているのも気になるところです。経済政策の司令塔だったコーン国家経済会議(NEC)議長が鉄・アルミの輸入関税に反対して辞任を表明したのに続いて、ティラーソン国務長官が解任されました。両人とも経済界・実業界から政権入りし、いわば穏健派と言える立場でしたが、その後任には強硬派と目される人物が指名されました。さらにトランプ大統領が中国の知的財産権侵害への制裁関税を表明した22日には、マクスター大統領補佐官(国家安全保障担当)を解任しました。国家安全保障担当の大統領補佐官は外交・安保政策の要となる立場で、軍人出身の同氏は現実路線でしたが、後任にはこれもタカ派のボルトン元国連大使が指名されました。

今後、経済政策や通商政策がどのように変化していくのか、果たしてトランプ政権がまともに運営されていくのか、その行方が世界経済の波乱要因となりそうな雲行きです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

オフィシャルブログ「経済のここが面白い!」
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