米国と中国の貿易摩擦をめぐる交渉が長期化する気配を見せてきました。このほど米中閣僚による初の公式交渉が北京で行われましたが、双方の主張に隔たりが大きかった模様です。これをうけてトランプ政権は今後の対応を検討しているとみられ、中国へのさらなる対抗策を打ち出す可能性もありそうです。

米国の貿易赤字額は年間7962億ドル(2017年、モノの貿易収支)にのぼりますが、この半分近くの3752億ドルを中国が占めています。このためトランプ政権は以前から対中赤字額を1000億ドル減らすよう中国に要求していました。

ただ従来はまだ具体的な行動には出ていませんでしたが、今年3月、トランプ大統領が安全保障を理由に鉄・アルミの関税を引き上げると表明したことから米中貿易摩擦に火がつきました。これ自体は全ての国を対象にしていますが、事実上、中国を標的にしたものであることは明らかです。3月下旬には、一部の国を適用除外したものの中国を対象国に含めたまま関税引き上げを発動しました(これには日本も適用対象となっていますが……)。

これに対抗し中国は報復関税を発動しました。対象豚肉やワインなど128品目で、米中双方ともに対象となる金額規模は約30億ドルとされています。

続いてトランプ政権は中国の知的財産権侵害への制裁関税を課す方針も表明しました。年間500億ドルに相当する中国からの輸入品に25%の関税をかけるというもので、4月に入って米通商代表部(USTR)は1300品目におよぶ制裁対象品目を発表しました。その内容は産業用ロボットや生産用機械などで、品目数でも金額規模でも鉄・アルミの関税よりはるかに大規模です。

これにも中国はすぐに報復関税の方針を打ち出しました。大豆、牛肉、自動車など106品目を対象に25%、金額規模500億ドルの関税をかけるという内容です。中国が選んだ品目は、農業と基幹産業が中心です。この分野は米国中西部のトランプ大統領支持の大票田で、特に大豆は米国の輸出の約6割を中国が占めており、中国としてはそこに揺さぶりをかけようとの狙いがうかがえます。

これは双方ともまだ発動していませんが、中国の報復関税の方針表明に怒ったトランプ大統領は直ちに「中国の的財産権侵害への報復関税に1000億ドルの積み増しを検討する」と表明しました。当初方針の500億ドルと合わせれば1500億ドルとなります。現在、中国から米国へのモノの輸出額は約5000億ドルですので、その約3分の1が制裁関税の対象となる計算です。もし中国も同じように報復関税を拡大すれば、まさに米中は全面的な貿易戦争に突入することになってしまいます。

幸い、こちらはまだ両国とも発動しておらず、崖っぷちで踏みとどまっている形です。このようなタイミングで米中は貿易摩擦をめぐる初の正式交渉を開いたわけです。出席者を見ると、米側からはムニューシン財務長官とライトハイザーUSTR代表、中国側は習近平国家主席の側近で経済ブレーンを務める劉鶴副首相が責任者となっています。この顔触れは米中の首脳に次ぐレベルで、それほどに重要な交渉だったことがわかります。

しかし初会合では単なる顔合わせという以上の、激しい応酬が交わされた模様です。報道によれば米国は中国に対し、2020年までに対中貿易赤字を2000億ドル削減するよう要求したとのことです。従来の赤字削減要求額1000億ドルを2倍に拡大したことになり、米国の要求水準がぐんと上がったことを示しています。

一方、中国は米国に対し、ハイテク製品の対中輸出制限の緩和や中国企業の米国内の投資で差別しないよう要求したと伝えられています。また米国は中国政府が実施している自国企業育成をねらった補助金をやめるよう要求し、中国側が反発したとの報道もあります。交渉の詳細は明らかではありませんが、かなりの対立点が埋まらなかったとみられます。

これまでの両国の応酬を見ると、チキンレースの様相を呈しています。もし米国が中国の知的財産権侵害への制裁関税、そして中国がその報復関税をそれぞれ実際に発動するようなことになれば「米中貿易摩擦」から「米中貿易戦争」へと発展してしまうことになりかねません。そうなれば、米中だけではなく、日本や世界にも大きな影響を与える恐れがあります。

ただ、今回の初会合で対立が目立ったのは、第1回の交渉としてはむしろ当然という見方もあります。最初はジャブの応酬のようなもので、まず高めの球を投げ入れて、それを今後の交渉を有利に運ぼうというテクニックはよく使われることです。特に「ディール(交渉・取引)」を得意とするトランプ大統領の場合は、なおさらのことというわけです。

中国は実は、対抗策一辺倒ではなく、多少の“譲歩”姿勢も示しているように見えます。例えば、一定の輸入拡大に応じることや自動車の外資規制を撤廃するなどです。もちろんその程度では米国の要求水準に達しないことは明らかですが……。

トランプ大統領としては今年11月の中間選挙までには何らかの結果を出したいところでしょう。そのため今後はトランプ政権がさらなる強硬策に出てくる可能性もあります。

今後の展開はなかなか読めませんが、交渉が長引く可能性が高くなっていると言えそうです。最近、中国は1980~90年代の日米貿易摩擦について研究しているそうです。当時の米国の出方や日本の対応などを参考にして長期戦に備えようとしているのでしょうか。

中国は北朝鮮問題でも存在感を誇示しており、貿易問題と北朝鮮問題が微妙に絡み合う構図も見えます。当面は、トランプ大統領がどんな次の手を打ち出すかが注目です。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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