連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。


ロシアの輸出の7割は燃料・エネルギーで、原油は3割を占めるという現実

先週は原油価格の下落がロシアに波及しました。ロシアの通貨・ルーブルが暴落し、それが各国の株価急落につながり世界中をヒヤリとさせました。なぜこのようなことになったのでしょうか。

それはロシアがサウジアラビアと並んで世界トップクラスの原油の生産国だからです。今では"死語"のようになってしまいましたが、「BRICs」の一角に数えられるほど経済発展を遂げることができたのも原油生産と輸出で稼いだからです。ロシアの輸出の7割は燃料・エネルギーで、原油は3割を占めています。その原油の価格がこの半年間でほぼ半値になってしまったのですから、ロシアへの打撃は並大抵ではありません。

それが最も深刻な形で表れたのが通貨・ルーブルの暴落でした。ルーブル相場は今年7月頃までは1ドル=30ルーブル台前半でしたが、10月に40ルーブル台に、そしてOPEC総会で原油減産が見送られた11月末には50ルーブル台に下落していました。それが12月中旬になってさらなる原油価格の下落とともにルーブルも下げ足を速め、60ルーブル台をつけました。

ロシアの中央銀行はルーブル安に歯止めをかけるため大幅利上げに踏み切りましたが、効果なく、ルーブルは一時1ドル=78ルーブル台まで暴落する場面がありました。その後は少し戻しましたが、それでも60ルーブル前後で不安定な動きが続いています。

ル-ブルというと私たちには普段なじみが薄いのでピンと来ないかもしれませんが、これを円相場に例えるとわずか5か月間で1ドル=100円から200円ぐらいまで円安になったようなものです。ルーブル安の激震度がいかに大きいかが分かることと思います。

ロシア経済に深刻な影響、物価上昇・対外債務…

これは当然、ロシア経済に深刻な影響をもたらします。まず物価の上昇です。単純化していえば、これまで1ドルで輸入した物を30ルーブルで売っていたものが、一気に60ルーブルとなるわけですから、大変な値上がりになります。報道によりますと、今年の物価上昇率は10%との予測が出ているそうです。

一般市民の間には手持ちのルーブルをドルに交換しようとする人が増え、一部の金融機関では外貨交換業務を停止するとことも表れたということです。

さらに深刻なのが対外債務、つまり外国からの借金です。例えばロシアがドル建てで1億ドル借金している場合、ルーブルが1ドル=30ルーブルから60ルーブルに下落すると、借金額は30億ルーブルから60億ルーブルへと倍増した計算になるわけです。そうなると借金を返せなくなる恐れがあります。

1998年の危機再来か!?

実はロシアにはそのような経験があるのです。1998年にロシアは経済危機に陥り、ついに借金が返せなくなる「デフォルト(債務不履行)」となってしまいました。その影響は世界中に及びました。アメリカではそれが原因で大手のヘッジファンドが破たんして株価が急落し、世界同時株安となりました。当時、ちょうどアジア通貨危機が広がっていた時で、しかも日本では前年から金融機関の経営破たんが相次いでいましたので、日本への影響も大きかったのです。

今回も「その1998年の危機再来か!?」との連想が浮上しました。これが先々週末から先週前半(12月12~16日)の世界的な株価急落の原因です。こうしてルーブル暴落の影響はロシア一国にとどまらず世界に広がったのでした。

実際には98年の危機当時とは経済環境などが違うので、「再来」の可能性は少ないと思いますが、ロシア経済の先行きは厳しさが予想されます。プーチン大統領はルーブル暴落直後の記者会見で「経済回復には2年程度かかる」と述べ、危機が長期化するとの見通しを明らかにしています。

"米国とOPECの我慢比べ"による「とばっちり」!?

このコラムで先日、「原油価格下落は米国とOPECの我慢比べ」と書きましたが、ロシアにしてみれば「そのとばっちり」と言いたいところではないでしょうか。現実に、米国とOPECの駆け引きがルーブル危機の引き金を引いたことは間違いありません。

もう一つ、実は今回のルーブル危機にはウクライナ問題が影を落としています。EUや米国はウクライナ問題で対ロシア経済制裁を実施しており、その効果がじわじわと表れて、すでにロシア経済は低迷が始まっていたのです。うがった見方をすれば、今回のルーブル暴落も一種の"経済制裁"と言えなくもありません。実際、米国の大統領経済諮問委員会(CEA)のファーマン委員長は「自業自得であり、国際ルールに従わなかったからだ」と発言しているあたり興味深いところです。

欧州経済にとっては懸念材料、日本も株安・円高というリスク

米国はロシアとの経済関係は小さいため影響は少ないと思われますし、原油輸出をめぐってはライバル関係ですので、このような突き放した発言になるのでしょう。ただ米国と違って、欧州はロシア経済との関係は深いため、影響は少なくありません。ただでさえ経済低迷が続いている欧州経済にとっては懸念材料が増えた形です。

では日本への影響はどうでしょうか。経済的には全体としてはそれほど大きくありません。ただ株価が再び世界的に動揺する場面があれば当然、日本の株価も影響を受けるでしょう。特に要注意は為替への影響です。先日もそうでしたが、世界的に株価下落などがあると、米国などの大手投資家は「リスク・オフ(リスク回避)」の行動をとるようになります。具体的には、投資資金を最も安全とみられる円に移すのです。これが円買いとなって円高となるわけです。したがって株安・円高というリスクは頭に入れておいた方がいいでしょう。ただ先ほど「98年の危機再来の可能性は低い」と書いたように、過度に恐れる必要はないと思います。

安倍政権はウクライナ問題などで欧米と足並みをそろえていますが、同時に対中関係や北方領土問題をにらんで、ロシアとは一定の関係維持も探っています。

日本政府は今のところ、「日本への影響を注視する」との態度ですが、外交面でもロシアの経済混乱の収束を期待したいところでしょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。