7月10日に行われた参院選は事前の予想通り自民・公明の与党が勝利しました。今回の参院選は、安倍政権としては安倍内閣発足直前の総選挙(2012年12月)を含め4回目の国政選挙となりましたが、これで4連勝。議席数では憲法改正の発議に必要な衆参両院で3分の2以上を獲得し、政権発足以来で最も強力な政権基盤を築くのに成功したと言えます。

今回の参院選では、アベノミクスへの評価、憲法改正の是非の二つが主なテーマでしたが、安倍首相は選挙中の演説で憲法改正について触れることはほとんどなく、憲法改正は実質的には争点にならなかったと言っていいでしょう。その中で与党が勝利したことは、多くの有権者がアベノミクスの成果に一定の評価を与え、今後の景気回復の政策遂行を与党に託したことを示しています。

安倍政権発足後の景気回復

実際、安倍政権発足後の景気回復は歴然としています。安倍政権発足の出発点となった2012年11月の衆院解散直前の日経平均株価は8,661円でしたが、昨年6月には2万868円まで回復、その後は下落傾向が続いていますが、それでも1万6,000円前後と2倍近くの株価水準です。円相場も同じ期間で1ドル=79円台から一時は125円台まで円安が進み、これも現在は円高に振れているといっても100円台です。

さまざまな経済指標を見ても、例えば有効求人倍率は2012年11月の0.82倍から、最新データである今年5月には1.36倍まで上昇しています。有効求人倍率とは、「求人数÷求職者」、つまり求人数が求職者の何倍あるかを表す数字で、この倍率が高いほど求人数の割合が多い、つまり雇用情勢がよいことを示しています。5月の1.36倍という数字は実に1991年10月以来、24年7カ月ぶりの高水準なのです。1991年10月と言えば、まだバブル経済の余韻が残っていた時期です。その頃と同水準ということはいかに雇用情勢が好転しているかを示しています。

有効求人倍率の推移

これは安倍首相もよく引き合いに出している数字で、それゆえに野党は「有効求人倍率が上昇したのは非正規社員が増えたからで正規社員は増えていない。雇用は改善していない」と批判しています。たしかに正規社員だけを見ると有効求人倍率は0.87倍にとどまっています。しかしそれでも2012年11月は0.49倍に過ぎなかったのですから、徐々にではありますが着実に改善しているのです。それを「十分でない」とは批判できますが、「改善していない」と言うのは正しくありません。

アベノミクスの主な成果

この議論が象徴するように、ここ3年余りのアベノミクスによる景気回復が過小評価されている傾向があります。しかし改善点は素直に評価すべきです。アベノミクスへの評価について学問的にはまだ議論が続くでしょうが、少なくとも政治的には今回だけでなく4度の国政選挙を経て国民の信任を得たわけですから、もう答えは出たと言っていいでしょう。

しかも今回の選挙は、過去3回の国政選挙に比べてアベノミクスへの逆風が強まった中で争われました。国内では消費の停滞が続き、海外では中国経済の減速や原油下落、さらにここへきて英国のEU離脱など波乱が続いており、まだ多くの人が景気回復の実感を持てないでいることは否定できません。そうした中にあっても有権者が安倍政権に信任を与えたのですから、そこは野党も理解すべきでしょう。

当面の最大の焦点は新たな経済対策

と同時にそのことは、安倍政権にとって従来以上に責任が重くなることを意味します。現状では景気回復はまだまだ不十分ですし、安倍首相自身も「道半ば」と認めているところです。だからこそ、今後の政策が重要になってきます。当面の最大の焦点は、新たな経済対策です。

安倍首相は選挙翌日の7月11日の記者会見で「あらゆる政策を動員してデフレ脱却の速度を最大限引き上げる」と強調し、「内需を支える総合的かつ大胆な経済対策を実施する」と表明しました。その主な内容として、年金受給資格に必要な納付期間短縮、返済不要の給付型奨学金、リニア中央新幹線の開業前倒し、訪日外国人向けクルーズ船を受け入れられる港湾施設の整備などをあげています。そのほか、額面以上の金額で買い物ができる「プレミアム付き商品券」の配布、公共事業の積み増し、中小企業への支援策、子育てや介護への支援拡充なども検討されている模様です。

安倍内閣が策定する経済対策(見込みを含む)

経済対策の規模について安倍首相は「これから検討する」としていますが、10兆円を超える大規模なものになる見通しです。内閣改造・自民党役員人事を行う8月初旬までに経済背対策を策定し、その裏付けとなる第2次補正予算案の編成を開始する見込みで、秋の臨時国会に補正予算案を提出する方針です。すでに決定した消費増税の延期による効果も加えて消費を回復させるのが直接の狙いで、それを通じてデフレ脱却の流れを確かなものにするのが目的です。

これが決まれば、かなりの効果をあげることが期待できそうで、英国のEU離脱による影響も最小限にとどめることも可能でしょう。ただそれで大丈夫とは言えません。中長期的に経済をもっと活性化させるような規制改革や制度改革、将来に安心感を持てるような年金制度や子育て支援策の一段の拡充が望まれます。重要なことは一時的な景気刺激策ではなく中長期的視点で経済が持続的に成長できるような政策です。

新たに策定する経済対策ではもう一つ課題があります。それは財源の問題です。事業規模が数兆円以内なら、前年度の余剰金や税収上振れ分で賄うことは可能でしょうが、10兆円を超える規模となるとそれだけでは足りません。税収の上振れについても、最近の円高などで企業の業績が下振れしており、税収の伸びが鈍化する傾向が出ています。このため国債の新規発行を追加せざるを得ないかもしれないのです。そうなると消費増税延期も重なって、財政健全化が遠のく恐れがあります。そこをどのように歯止めをかけるか、改めて方針を示す必要が出てくるでしょう。

一方、安倍首相は今回の選挙戦で憲法改正を前面には出しませんでした。選挙後の11日の記者会見でも自分からは憲法改正について言及せず、慎重な姿勢を示しました。しかし今後は議論が進められていくことは間違いないでしょう。ただ英国のEU離脱をめぐる国民投票のように国内を二分して亀裂を深めるような事態は避けなければなりません。したがって改憲については国民の間で議論を深め、そのうえで国会の発議、国民投票という手続きに進む前の段階で、改憲を争点に衆議院を解散し総選挙で国民に信を問う必要が生じるでしょう。

その時期が、安倍首相の自民党総裁としての任期である2018年9月以前なのか、あるいは総裁任期を延長するのかどうかはわかりません。ただいずれにしても、そのタイミングでもし経済が悪化していれば、安倍政権が総選挙で勝利することが難しくなってしまいます。改憲をスムーズに進めるためにもアベノミクスは重要なのです。その意味では経済政策も改憲論議も、選挙に勝った後のこれからがむしろ勝負どころと言えそうです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。