連載『経済ニュースの"ここがツボ"』では、日本経済新聞記者、編集委員を経てテレビ東京経済部長、テレビ東京アメリカ社長などを歴任、「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーとして活躍、現在大阪経済大学客員教授の岡田 晃(おかだ あきら)氏が、旬の経済ニュースを解説しながら、「経済ニュースを見る視点」を皆さんとともに考えていきます。
2月の貿易赤字は半減
財務省がこのほど発表した2月の貿易統計速報によりますと、輸出から輸入を差し引いた貿易収支は4245億9800万円の赤字でした。赤字は2年8カ月連続ですが、赤字額は前年同月比で47.3%の減少となり、赤字縮小の傾向が続いています。
最近の貿易収支の推移を見ると、世界経済の現状や原油価格、為替相場などの変化が見えてきます。日本はもともと輸出で稼ぐ輸出大国であり、以前は貿易収支は大幅な黒字が続いていました。しかし東日本大震災以後、福島原発事故によって全国の原発操業がストップし、電力供給のほとんどを火力発電に依存するようになったことから、燃料の原油や天然ガスの輸入が急増しました。このため貿易収支は2011年4月以降は赤字基調に転落し、時の経過とともに赤字額は膨らんでいました。
一方で、輸出はあまり増えませんでした。為替相場はその間に大幅な円安が進みましたので、本来ならもっと輸出が増えてもおかしくなかったのですが、現実には輸出の伸びは小幅にとどまりました。これは、多くの日本企業が円高の時代に海外生産を拡大した結果、国内の生産増加の余地が少なくなり輸出が増えない構造になったためと指摘されていました。2013年にはいったん伸びましたが、2014年にかけては再び伸びが鈍化し、一時は減少する月もありました。そのことが2014年の景気を足踏みさせる一因にもなっていたのです。
こうして輸入が急増する一方で、輸出があまり増えない状態が続き、その結果、貿易赤字が膨らんでいったのでした。
原油安による輸入減少と米国向け輸出増加が背景
そのトレンドに変化が表れたのは昨年10月以降です。2015年2月まで5カ月連続で貿易赤字額が減少しており、しかも毎月30~50%台の大幅な減少となっています。原油の輸入量は高水準のままですが、価格下落によって輸入額が急減する一方で、輸出が増え始めたことが原因です。
原油価格は昨年10月頃から急落し、現在では1バレル=40ドル台まで下げています。これは1年前の半値以下の水準です。その結果、2月の原油の輸入額は前年同月比54.8%減と半減しました。これが貿易赤字を減少させている第1の要因です。原油価格の動向は日本の貿易構造に大きく影響することがあらためて浮き彫りになっていると言えます。
第2の要因は輸出の増加です。円安の効果がようやく表れてきて、輸出はこの6か月連続で増加しています。ここへきて景気全体も再び回復の動きが鮮明になってきましたが、輸出の増加がそれに大きく貢献しています。
輸出額を国・地域別に見ると、米国向け輸出が6カ月連続で増加しており、輸出全体より増加が大きくなっています。これは米国経済の好調ぶりを反映したもので、自動車がそのけん引車です。一方で中国向けはこのところ伸びが小さくなっており、2月は17.3%の減少でした。このため中国のシェアは低下しており、最近では米国が輸出先トップに返り咲いています。
貿易赤字縮小で円安一服?
ところで、貿易赤字の増減は為替相場と密接な関係があります。かつて日本の貿易収支と言えば「大幅な黒字」、米国は「膨大な貿易赤字」が常識でした。それが円高・ドル安という長期トレンドの背景ともなっていました。ところが前述のように日本は貿易赤字に転落したわけで、そのことは為替相場では円安要因となります。貿易赤字ということは輸出で得る金額より輸入代金として支払う金額の方が大きいわけですから、差し引きでおカネが日本から出ていくことになり、円の価値が下がることになるからです。
実は米国の方でもここ2~3年、円安となる要因が強まっていました。日本の貿易赤字転落と入れ替わるように、米国の貿易赤字が縮小し始めたことです。その原因はシェール革命です。この連載で何度か取り上げてきましたが(第5回など)、米国でシェール・オイルの生産が増加した結果、中東産原油の輸入が減り、それが米国の貿易赤字縮小につながったのです。これはドル高要因となります。こうして日米双方が円安・ドル高になりやすい貿易構造になったのでした。
そしてそのシェール革命に対抗するためにOPEC(石油輸出国機構)が減産を見送ったことが、原油価格急落のきっかけとなったわけです。原油価格急落が 日本の貿易赤字を縮小させたことは前述の通りですが、それが為替の面に微妙な変化をもたらしています。それは円安一服です。最近の円安一服は他にも要因がありますが、日本の貿易赤字縮小が一因となっています。原油価格が現在程度の水準で推移すれば、日本の貿易赤字縮小の傾向はしばらくの間は続く可能性がありますから、円安を抑える要因になりそうです。
一方、米国側にもこれ以上のドル高を抑える要因が出てきました。この間のドル高のため輸出企業の業績に悪影響が出始めていることへの警戒感が強まっているためで、ドル高が進むと米国の株価が下げるケースが増えています。またFRBの金利引き上げがやや遠のきそうな見通しとなってきたことも、ドル高を抑える要因となっています。こうした日米の状況から見る限り、今後短期間でさらに円安・ドル高が進む可能性はやや少なくなったかもしれません。
このように貿易赤字額や輸出の動きは、世界各国の景気や原油価格などの動向を反映しますし、為替相場などにも影響を与えます。逆に言えば、貿易統計を注意深く見ていれば、世界経済と市場の変化を読み取ることができるのです。今後も貿易統計から目が離せません。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。