共和・民主の対立は一段と激化、部分的には協力も?
米国の中間選挙は、上院ではトランプ大統領の与党・共和党が過半数を維持したものの、下院では野党・民主党が多数を奪回し「ねじれ」となりました。米国議会はこれまでもたびたび「ねじれ」はありましたが、政治的対立は従来になく激しくなりそうです。今後のトランプ大統領の出方や政治動向によっては、日米関係や日本経済にも影響をもたらしそうです。
高まったトランプ批判、その一方で根強い支持
まず選挙結果ですが、女性や若者を中心にトランプ大統領への批判が強まったことを背景に、民主党の女性候補者や左派色の強い候補者が共和党の現職を破って当選するなどのケースが目立ちました。これが下院での民主党勝利の原動力となりました。米国の中間選挙は、時の大統領に対する信任投票のような性格を持っていますが、その意味では「不信任」がやや勝ったと言えます。この流れを背景に、民主党はトランプ政権への攻勢を強めそうです。
中間選挙では「大統領の与党が負ける」というジンクスがありますが、今回もそのジンクスは生きていたと言えます。ただ共和党の下院での議席減少は当初予想に比べると比較的小幅にとどまり、上院では選挙前と同様に過半数を確保しました。これは依然としてトランプ支持層が根強いことを示しています。選挙戦では各地で民主党優勢が伝えられたことから保守層の間に危機感が生まれ、終盤戦で共和党が盛り返した要因になったとみられます。
これに関連して今回の選挙戦で特徴的だったことがあります。それは共和党が「トランプ支持」で固まったことです。もともと共和党の内部にはトランプ大統領に批判的な議員が少なからず存在していて、議会指導部とトランプ大統領の関係も決して良好なものとは言えませんでした。
しかし今回の選挙では、トランプ大統領との確執が伝えられていたライアン下院議長をはじめ、トランプ大統領に批判的だった多くの共和党議員が引退したこともあって、共和党が丸ごとトランプ大統領と一体化していった印象があります。当選した議員のほとんどは「親トランプ」と言われています。つまりトランプ大統領の与党内での基盤は強化された格好なのです。
再選に向けて「3つの戦略」~第1は民主党に秋波
米国の政治は中間選挙が終わると、2年後の大統領選に向けて動き出します。トランプ大統領のこれからの政策と発言はすべて再選を目指したものとなるわけですが、その政権運営には3つの戦略が考えられます。
第1は、下院で多数派となった民主党との部分的な“妥協”です。トランプ大統領が望む予算や法案を成立させるには、民主党の賛成を得なければなりません。そのために個別政策では、民主党の主張を一部取り入れるなどの協力を模索するとみられます。トランプ大統領は選挙直後にさっそく民主党トップで次期下院議長と目されているペロシ議員を持ち上げる発言をしていました。以前は「ペロシ氏はギャングの味方だ」などと罵っていたのに、まるで手のひらを返したような豹変ぶりです。
実際、トランプ大統領が掲げるインフラ投資などは民主党も前向きなので、協力の余地があるかもしれません。しかしメキシコ国境の壁建設などの移民対策やロシア疑惑など、基本的な部分ではトランプ大統領と民主党の対立は大きいため、協力する場面があるにしても個別政策で部分的なものにとどまるでしょう。
またトランプ大統領は民主党に協力を呼びかけて、もし交渉がまとまらなければ「民主党のせい」と非難する腹づもりのようです。例えば、予算や国債発行などをめぐって協議が不調に終われば政府機関の閉鎖という事態もあり得ます。これは実際に過去にも起きていることであり、そうしたリスクも抱えながら駆け引きが展開されることになりそうです。
通商政策で強硬路線エスカレートの可能性
第2の戦略として考えられるのは、通商政策で対外的な圧力を強めることです。外国との通商交渉は議会の審議・採決を経なくても大統領の裁量で行えますので、議会が「ねじれ」で思うようにならなくなる分、通商政策でトランプ色を出そうとするとみられます。対外圧力を強めて成果を出せば支持率アップにつながりますし、特にコアの支持層の心に響く効果があります(同じ観点から、移民政策でも大統領選に向けて強硬姿勢をエスカレートさせる可能性は高そうです)。
通商政策の最大の焦点は米中貿易戦争です。これまでに米国は第1~3弾にわたって、中国からの輸入品2,500億ドル分を対象に高関税を課し、中国もその報復として米国からの輸入品1,100億ドル分への関税を発動しています。トランプ大統領は今後、さらに関税の対象を中国からの輸入品全部に拡大するとの考えも表明しており、その圧力を背景にして中国との交渉を行い、貿易赤字削減の具体策などを引き出そうとしています。
日本に対しても圧力を強める可能性があります。今までのところ安倍首相との信頼関係に配慮する姿勢を示していますが、それでもトランプ大統領は日本への不満をあからさまにする発言をしています。これから本格的に始まる日米物品貿易協定(TAG)で米国がどのような要求を出してくるか要注意です。
政権の体制固め~さっそく司法長官を更迭
第3は政権の体制固めです。中間選挙が終わるや否や、トランプ大統領はセッションズ司法長官を更迭しました。司法長官はロシア疑惑の捜査を監督する立場にありますが、セッションズ司法長官は「ロシア疑惑の捜査には一切関わらない」との態度を表明していたため、特別検察官による捜査を事実上容認しているとしてトランプ大統領はいらだちを強めていたと言われています。トランプ大統領が再選を意識するうえで、ロシア疑惑を抑え込むことは最優先テーマの一つでしょう。
このほか、ロス商務長官やケリー大統領首席補佐官なども辞任するのではないかとの報道も出ていますし、マティス国防長官の辞任の噂も絶えません。これまでもすでに数多くの閣僚やホワイトハウス幹部が更迭・辞任していますが、さらに2年後を見据えて、もっと自分に忠実な顔ぶれを揃えて政権の“純化”を図ろうとすることは十分ありうることです。
こうしたトランプ大統領の戦略に対し、民主党は部分的には協力する場面もあり得ますが、基本的には対決色を強め、特にロシア疑惑などのスキャンダルの追及に力を入れる展開が予想されます。ロシア疑惑については、下院で民主党が多数となったことから弾劾を求める声が高まりそうです。
ロシア疑惑で弾劾の声~しかし高いハードル
ただ弾劾のハードルはきわめて高いのが実情です。米国の憲法の規定では、下院が過半数の賛成で弾劾訴追を発議し、これを受けて上院が弾劾裁判を行い、3分の2以上の賛成で弾劾が決定、罷免されます。今回の選挙で下院は民主党が多数過半数を占めたため下院での訴追決議までは実現可能な状況ですが、上院では共和党議員のうち20人近くが賛成しなければ弾劾は成立しません。これは現状では実現の可能性は低いと言わざるを得ません。
実は過去に大統領の弾劾裁判は2回ありましたが、2回とも弾劾は否決されています。1回目は1868年のアンドリュー・ジョンソン大統領。この人はリンカーン大統領の下で副大統領を務め、リンカーン大統領が暗殺された後に大統領に就任したのですが、南北戦争後の奴隷制廃止をめぐって与党・共和党内で対立が激しくなり閣僚を罷免したことから、下院が弾劾訴追を決定し、弾劾裁判となりました。しかし上院の採決で3分の2に達せず、弾劾を免れました。
2回目は、1998~1999年のビル・クリントン大統領です。まだ記憶に新しいところですが、ホワイトハウスの実習生との「不適切な関係」など女性スキャンダルに関する偽証と司法妨害を罪状として、下院が弾劾訴追を決定しました。しかし与党・民主党はまとまって大統領を擁護し、上院では弾劾賛成が3分の2に達しませんでした。結局、弾劾は成立せず、クリントン大統領は任期を全うしました。
このほか、弾劾が決まる前に自ら辞任したニクソン大統領の例があります。同大統領はウォーターゲート事件で偽証と司法妨害の証拠となる録音テープの存在が明らかになるなどで、下院司法委員会で与党・共和党議員からも賛成が続出して弾劾が可決される事態となりました。そのため「下院本会議で弾劾訴追・上院でも弾劾必至」という情勢となり、辞任を表明したのでした。
こうしてみると、ロシア疑惑でトランプ大統領の弾劾が成立するには「疑惑」だけでは不十分であり、司法妨害や偽証などの明確な「証拠」が必要なのです。それによって与党議員も「もう大統領をかばえない」「大統領をかばうと自分の選挙が危なくなる」と考え弾劾に賛成するという情勢になるわけです。
このように、弾劾はそう簡単ではありません。言い換えれば、今後の捜査によって、トランプ大統領のロシア疑惑への関与を示す証拠などが出てくれば、新たな展開があるかもしれません。逆に疑惑が疑惑のままで政治的対立の激化が長引くという展開も考えられます。
いずれにしても、トランプ政権・共和党と民主党の対立、あるいは米中貿易戦争や保護主義のエスカレートは、世界の市場と経済にとってリスクとなる懸念があります。この点は次号で詳しく見ていきます。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。
オフィシャルブログ「経済のここが面白い!」
オフィシャルサイト「岡田晃の快刀乱麻」