累計5000億円を運用してきた元ファンド・マネージャーが、その膨大な知識と経験を生かし、これまでになかったマネー小説を、Web上で執筆します。


「株の売り出しですか。あぁ、オメガ・テレコムですね? 御社が主幹事に決まったと、先週ウォール・ストリート・トリビューンに出ていましたね。それにしても、もう売り込みへの行脚とは、さすがにフットワークが軽いなぁ」

「どうだい、マサ。君も、ひとくち乗ってくれないか?」

「申し訳ない。僕は昔からIPOには食指が伸びなくて……上場して暫く値動きを見てから考えますよ」柏木は人懐っこい笑顔でそう答えた。

「頼むよ。それじゃぁ、また」ウィンクをして本部長はテーブルを離れた。

アメリカ人は相変わらずだ、と思いながら柏木はコーヒーを飲み干した。

清潔な純白のテーブルクロスの端にはスマート・フォンが置いてある。

メールが入ってきた。今日の予定の詳細の内容に目を通すと柏木は立ち上がった。

窓の外はアルプスから放たれた陽光で満ちている。柏木はそのままホテルの玄関を出た。タクシーではなく路面電車にしようと、石畳の道を歩き出した。

(イラスト : ミサイ彩生)

執筆者プロフィール : 波多野 聖(はたの しょう)

本名、藤原敬之。一橋大学法学部卒業後、農林中央金庫に入庫、国内及び米国株式を運用。野村投資顧問(現野村アセット・マネジメント)に移り米国・英国年金の日本株式運用を担当。クレディ・スイス信託銀行で、日本株式運用部のマネージング・ディレクターを経て、日興アセット・マネジメント社内に、業界史上初の個人名を冠した「藤原オフィス」で運用を担当。その後独立。累計5000億円を運用してきた。デビュー小説『銭の戦争』(角川春樹事務所・ハルキ文庫)を第2巻まで刊行している。