累計5000億円を運用してきた元ファンド・マネージャーが、その膨大な知識と経験を生かし、これまでになかったマネー小説を、Web上で執筆します。


柏木真男はホテルのベッドで目を覚ました。汗で身体が濡れている。

スイス・チーリッヒの中心街にあるサボイ・ホテル・ボーン・オン・ビル、控え目に豪華さを誇るその五つ星ホテルは柏木の定宿だった。寝汗をかいた身体を起こすと、バス・ルームに向かい冷たいシャワーを浴びた。九月の半ば、チューリッヒは快晴だった。

シャワーの後、身支度を整えるとダイニング・ルームに向かった。

柏木真男、世界的なヘッジ・ファンド『エンタープライズ・K』のCEOとして、その名は国際的に知られていた。心身ともにタフな38歳、離婚経験のある独身だ。

アメリカン・ブレックファーストを摂っていると、旧知の米国の証券会社の株式営業本部長が柏木に気付いて笑顔で近づいて来た。そして、柏木の前に無造作に座った。

「マサ! 何で今頃こんな田舎にいるんだい? さては、自分の財産の管理かな?」

「当たらずとも遠からず。でも、あなたこそ、何故チューリッヒに?」

「IPOだよ。スイスのプライベート・バンカー達への売り込みにね」

(イラスト : ミサイ彩生)

執筆者プロフィール : 波多野 聖(はたの しょう)

本名、藤原敬之。一橋大学法学部卒業後、農林中央金庫に入庫、国内及び米国株式を運用。野村投資顧問(現野村アセット・マネジメント)に移り米国・英国年金の日本株式運用を担当。クレディ・スイス信託銀行で、日本株式運用部のマネージング・ディレクターを経て、日興アセット・マネジメント社内に、業界史上初の個人名を冠した「藤原オフィス」で運用を担当。その後独立。累計5000億円を運用してきた。デビュー小説『銭の戦争』(角川春樹事務所・ハルキ文庫)を第2巻まで刊行している。