「お客様は神様」という言葉の陰で、現場の従業員が理不尽な要求や暴言にさらされる――。いま、そんな“カスタマーハラスメント(カスハラ)”が、誰にでも起こりうる労働課題として広がっています。

接客や顧客対応の現場で働く人なら、「怒鳴られた」「何度も同じクレームを繰り返された」といった経験を持つ人も少なくないのではないでしょうか。

厚生労働省の最新調査によると、企業のうち過去3年間に「顧客等からの著しい迷惑行為」について相談を受けた割合は27.9%。さらに、そのうち86.8%が「実際に該当する事案があった」と回答しています。つまり、カスハラは一部の特殊なケースではなく、社会全体が直面する構造的な問題なのです。

実際のカスハラ体験を描いた大人気漫画『本当にあったカスハラ』(斉田直世作)をもとに、弁護士監修のもと「法的にどこまでが許されるのか」「企業や働く人がどう備えるべきか」を整理するシリーズ「カスハラ相談所」。“我慢するしかない”という思い込みを解き、安心して働ける職場をどう守るかを一緒に考えていきましょう。

今回の舞台は「ゲームセンター」です。

カスハラ体験談「傷ついた! お金返して」

  • ※画像はイメージです

    ※画像はイメージです

ゲーセンでアルバイトをしていたときのことだ。その日もいつも通り、景品の補充をしていると、背後から呼び止められた。

「ちょっと店員さん」

振り向くと、若い女性のお客さんが困ったような顔で立っていた。

「このゲーム、壊れてるんじゃない?」

彼女が指さしたのは、ピンク色の星占いの機械。画面には「あなたの未来は…? 星占い」と表示されている。私は少し首をかしげながら尋ねた。

「どんなふうにですか?」

すると、彼女は不満そうにプリントアウトされた紙を突き出してきた。

  • ゲーセンでの“占い結果”に女性客が激怒し、返金を要求……どうする!?

    斉田直世作『本当にあったカスハラ』より

「こんなひどいこと書かれて傷ついたわ…」

占い結果の紙には「短気な性格が災いして男性には敬遠されがち。新しい恋人ができる可能性は低いです」と書かれていた。

彼女は真剣な顔で言った。
「お金返して」


✅この後、店員は何と答えた? →この続きを漫画で読む
※『本当にあったカスハラ第5話』エピソードより作成

カスハラ相談所 弁護士の見解「占い結果へのクレーム、ポイントは“受け止め”と“線引き”」

占いの結果にショックを受けて「返金して」と言われる――まさかの展開に戸惑う店員。理不尽とまでは言わないけれど、「それはさすがに…」と思う瞬間です。けれど実際のところ、こうしたケースでお客さんが「返金を求める権利」はあるのでしょうか? 一方で、店側がどこまで応じる義務があるのかも気になるところです。感情的なクレームと、法的に認められる正当な要求。その境界線はどこにあるのか――。ここからは弁護士による監修でアドバイスをお届けします。

「不満な結果」は“契約不履行”ではない

このケースは一見ユーモラスですが、サービス業で実際に起こりうるトラブルです。 お客さんは「占いの結果に傷ついた」「お金を返して」と主張していますが、法的に見ると、この要求には根拠がありません。

占い機も、占い師の鑑定も、基本的には「結果を保証しないサービス」であり、「内容の正確さ」や「気に入る結果」を保証しているわけではありません。
つまり「結果に不満」「当たらなかった」「気分を害した」という理由で返金を求めても、契約上の債務不履行にはあたらないのです。

例外は、機械が作動しなかった、印刷が途中で止まった、または人間の占い師が侮辱的な発言をした――など、サービス提供のプロセス自体に瑕疵(かし)がある場合です。今回のように「内容が気に入らない」だけでは、法的な返金義務は発生しませんし、お客さんを侮辱しているわけでもないので、慰謝料の支払義務も発生しません。

「占い師」が同じクレームを受けたら?

もしこれが人間の占い師だった場合でも、法的な構造はほとんど同じです。
占いは「結果を保証しないサービス」であるため、外れた・悪いことを言われたという理由で返金請求されても、基本的には応じる必要はありません。

ただし、ここに「人の心」が関わる分、機械よりも難しいのが実際です。
占いは“カウンセリング的側面”を持ち、お客さんが心理的に弱っているケースも少なくありません。
そのため、結果を伝える際には、
・相手が受け取りやすい表現を選ぶ
・ネガティブな結果でもフォローを添える
・「占いは参考の一つであり、人生を決めるものではない」と明示する

といったトラブル予防の言葉がけが非常に有効です。

これを怠ると、「傷つけられた」「精神的苦痛を受けた」と主張され、SNSでの炎上や悪評拡散につながるおそれもあります。法律的には問題がなくても、「印象の悪さ」が reputational risk(風評リスク)として跳ね返るのです。

対応のコツ:「事実」と「気持ち」を分けて扱う

アルバイト店員でも占い師でも、クレーム対応で最も重要なのは、“感情を受け止めつつ、要求は線引きする”ことです。

たとえば、
「驚かせてしまったようで申し訳ありません」「気分を害されたのですね」
と一度受け止めたうえで、
「占い結果はランダムに出る仕組みのため、内容そのものについての返金はできません」
と丁寧に説明する二段構えが理想です。

これによって、相手は「理解してもらえた」と感じ、要求がエスカレートしにくくなります。逆に、感情を無視して正論だけを伝えると、「冷たい」「誠意がない」と受け止められ、紛争が長引くリスクが高まります。

法的には“正しい”、でも「伝え方」がプロを分ける

接客の現場では“正しさ”だけでは解決できません。

たとえば、
「申し訳ありませんが、こちらは占い結果そのものについてはご返金の対象外なんです」
と一歩やわらかく伝えるだけで、印象は大きく変わります。

占いのように「心」を扱うサービスでは、法的な防御と同時に、“感情をほぐす言葉の使い方”も欠かせません。結局のところ、占いマシーンも占い師も、“動いていた”かどうかよりも、「相手の心にどう響くか」がトラブルを左右するのです。

法律監修:弁護士 森田雅也(Authense法律事務所)
漫画:斉田直世