理不尽なクレームや言いがかりに、思わず心が折れそうになったことはありませんか。いま「カスタマーハラスメント(カスハラ)」は、多くの職場で深刻な悩みのひとつになっています。怒鳴られたり過度な要求をされたりする体験は、働く人なら誰もが他人事ではありません。
実際のカスハラ体験を描いた大人気漫画『本当にあったカスハラ』(斉田直世作)をもとに、弁護士監修で対応を考える本シリーズ「カスハラ相談所」。
今回お送りするのは「味が不満で商品交換要求」です。
■カスハラ体験談「1本だけ薄味ポテト」
ある日の、ファストフード店のカウンター 。 店員は、いつも通りに客の対応をしていた。すると、カウンター越しに声がかかる。
「ちょっとねえちゃん」
呼びかけたのは、中年の男性客だった。
手にポテトの箱を持ち、残り少ない中から1本をつまみ上げていた。
男性客「1本だけ、塩味薄いよ」
→✅この続きを漫画で読むほぼ食べ終えた状態での申し出に、店員は思わず目を丸くする。
さらに平然と続けた。
男性客「全部交換して」
あまりの要求に、思わず声をあげてしまった。
店員「えっ」
困惑しながらも丁寧に答えようとする。
店員「それはちょっと……」
しかし眉をひそめ、声を荒げる男性客。
男性客「なんでできねえんだ!?」
理不尽な剣幕に、店員は汗を浮かべながらも心の中でつぶやくのだった。
店員 ――なぜできると思ったのか、こっちが聞きたい。
✅『本当にあったカスハラ』第2話エピソードより作成
■カスハラ相談所のアドバイス「毅然とした対応でOK 記録と報告を」
食べ終わりかけのポテトを前に「全部交換して」と迫られたら、誰だって戸惑ってしまいますよね。断ろうとすれば怒鳴られ、受け入れればモヤモヤが残る…。接客の現場では、こんな“正解の見えない瞬間”が突然やってきます。では、こんなとき実際にはどう動くのがいいのか。ここからは弁護士による監修でアドバイスをお届けします。
理不尽な要求は「カスタマーハラスメント」に当たるか
本件の場面は、いわゆる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」と呼ばれる典型例に近いといえます。
男性客はポテトをほとんど食べ終えた状態で「1本だけ塩味が薄い」と主張し、商品全体の交換を要求しています。通常の感覚からすれば、これは過剰な要求です。民法や消費者契約法などに照らしても、契約上の債務不履行に該当するほどの「不良品」にはあたりません。したがって、店側が交換義務を負う根拠は存在しません。
ここで重要なのは、「対応しなかったからといって法的責任を問われることはない」という点です。サービス業に従事する方は、理不尽なクレームに直面すると「こちらに落ち度があるのではないか」と不安になるものですが、このケースでは法的に正当な対応をしていると考えられます。
現場で取れる対応の「法的リスクを避けるコツ」
では、実際に店員としてどう振る舞うのが望ましいのでしょうか。法的な観点からの「コツ」を整理します。
(1)毅然とした説明を行う
「商品は既に召し上がっているため交換はできません」と、冷静にかつ事務的に伝えることが基本です。ここで曖昧な表現をすると「では一部は可能なのか?」と揚げ足を取られる恐れがあります。
(2)記録を残す
クレーム対応の場面では、後に「店員が不適切な発言をした」と逆に訴えられるリスクもあります。可能であれば、やりとりの日時や内容を簡単にメモしておく、店の上司や同僚に同席してもらうなど「証拠化」を心がけると安心です。
(3)一人で抱え込まない
法的に問題がない要求であっても、現場で感情的に対立するとトラブルが拡大します。したがって「店長や責任者に確認します」と一旦預かるのも有効です。組織として対応する姿勢を示すことで、個人への圧力を和らげられます。
「できないことはできない」と言う勇気
法律家の立場から強調したいのは、サービス業に従事する方が「お客様の言うことには全て従わなければならない」という固定観念に縛られる必要はない、という点です。契約上の義務を超えた過剰な要求にまで応じる義務はありませんし、むしろ安易に応じることが「前例」となり、今後の店舗運営や他の従業員に不利益を及ぼす場合もあります。
今回のケースでは、店員が一瞬たじろぎながらも「それはちょっと……」と拒否の意思を示したのは、むしろ正しい判断です。その場で完璧な説明ができなくても、「拒否の姿勢」を示すこと自体が重要なのです。
まとめ
理不尽な要求に直面したとき、最も避けたいのは「感情的な言い争い」と「不必要な譲歩」です。
ポイントは、
・冷静で簡潔な説明
・記録を残す習慣
・組織の支援を仰ぐこと
この3点です。
現場で働く方にとって、こうした場面は精神的に大きな負担ですが、法的には「できないことを断る」ことは正当です。むしろ毅然とした対応が、あなた自身と組織を守ります。どうか胸を張って、安心して現場に立っていただければと思います。
監修:弁護士 森田雅也(Authense法律事務所)
漫画:斉田直世

