テレワーク実施率は低下傾向

政府はこのほど、東京、大阪、兵庫、京都の4都府県の緊急事態宣言を5月末まで延長するとともに、新たに愛知、福岡を緊急事態宣言の対象に追加、さらにまん延防止等重点措置の対象地域も拡大しました。しかし感染者数はゴールデンウイーク明けもさらに増える傾向を見せており、厳しい状況が続いています。

緊急事態宣言やまん延防止等重点措置では、飲食店の休業や時短営業と酒類提供、大型商業施設の休業、イベントの開催と人数制限などが中心となっています。これらが感染拡大を抑えるうえで引き続き重要な要素であることは間違いないでしょう。

ただその一方で、テレワーク拡大の機運が以前に比べて低下していることが気になります。感染拡大防止のためには、人の流れを抑えることがカギとなりますが、その観点から言えば飲食や旅行などだけでなく、毎日の出勤者数を減らすこと、そのためにテレワークを拡大することがもっと重要なはずです。

しかし現実には、あまりテレワークは増えていないようです。日本生産性本部の調査(全国の被雇用者約1,100人を対象)によりますと、4月時点(東京都などでまん延防止等重点措置が適用された直後)でテレワークを実施している人の割合は19.2%でした。生産性本部は同様の調査をこれまでに5回実施していますが、昨年5月の第1回調査(1回目の緊急事態宣言が出されていた時期)の31.5%と比べるとかなりの低下です。

第2回調査以降のテレワーク実施率は20%前後で推移しており、2回目の緊急事態宣言が出された今年1月でも22.0%にとどまっていました。

  • テレワーク実施率

今回の緊急事態宣言に伴ってテレワーク実施率が多少増加している可能性はありますが、それでも劇的に増加した様子は見えません。政府は「出勤者数を7割減らす」ことを目標にしていますが、ターミナル駅などの人出のデータなどから推測すると、目標には遠く及んでいないのが実態です。

「テレワーク可能な業務がない」は本当か

ではなぜテレワークが増えないのでしょうか。この点については、東京商工会議所の調査が参考になります。都内の中小企業を対象に今年1~2月に実施した同調査によりますと、テレワークを実施できていない企業にその理由を聞いたところ、「テレワーク可能な業務がない」との答えが63.5%と最も多く(複数回答)、続いて「PCや通信環境の整備状況」が34.2%で、以下、「生産性の低下」(23.6%)、「情報セキュリティ」(同)、「取引先とのコミュニケーション」(23.4%)などとなっています。

  • テレワークできない理由

大企業に比べて中小企業のテレワーク実施率が低いことはよく指摘されるところですが、この調査結果は、やはり中小企業にとってテレワーク実施のハードルが高いことを示しています。ただこれをもう少し踏み込んで考えてみると、いくつかの問題点が浮かび上がってきます。

まず、最も回答の多かった「テレワーク可能な業務がない」との理由について。たしかに、テレワークが不可能な業務があるのは確かです。しかし、そこですぐにテレワーク化をあきらめるのではなく、会社の中でも職場ごと、あるいは個別の業務を一つ一つ切り分けて検討していけば、テレワーク可能な業務を少しでも洗い出すことはできるはずです。全社員が全面的にテレワークしなくても、一部の社員が週に1日でも2日でもテレワークするといった柔軟な対応をとる余地は本当にないのでしょうか。

テレワーク経験者は「効率が上がった」

「いや、そこまでするほどのメリットが少ない。逆に生産性が落ちるなどテレワークのデメリットのほうが多い」との声が聞こえてきそうです。一般的に言って、これはよく指摘される点ですし、先ほど紹介したとおり、テレワークができない理由として「生産性の低下」が第3位に入っているのも、その表れとみていいでしょう。

しかし実際にテレワークを経験した人からは、そうしたイメージとは異なる声が寄せられています。前述の日本生産性本部の調査では、「自宅での勤務で効率が上がったか」との質問に対し、第1回調査(昨年5月)では「上がった」との答えが7.2%、「やや上がった」が26.6%で、その2つの合計は33.8%にとどまり、「下がった」「やや下がった」の合計66.2%のほうが圧倒的に多くなっていました。ところが、その後の調査ごとに「上がった」「やや上がった」の割合が増加し、第5回調査(今年4月)では59.1%に達しています。

  • 効率が上がったか

この結果からは、テレワーク移行の最初のうちは不慣れもあって効率が下がる場合は多いものの、継続していくうちに、あるいは何度か経験するうちに効率が上がってくるという傾向が読み取れます。これは、テレワークは一時的なもので終わらせるのではなく、持続させることによって効果が上がり、それを社員が実感できるようになることを示しています。

アフターコロナ時代の命運を分けるDX

また前述の調査で、テレワークを実施できない理由として挙げられていた「PCや通信環境の整備状況」や「情報セキュリティ」ですが、これは確かに高いハードルのように見えます。中小企業にとっては、このことがネックとなってテレワーク化できないという実情はわからないではありません。しかし、果たしてそこにとどまっていていいのでしょうか。

今回のコロナ禍では日本のデジタル化の遅れが浮き彫りになりました。それは行政だけではありません。企業にとってもデジタル化は急務であり、今後の最大の経営課題の一つとなっています。最近は、企業内の個別業務レベルにとどまらず、研究開発から生産・販売・マーケティング、さらには組織運営や経営の意思決定プロセスに至るまで、トータルにデジタル化を進めるDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が叫ばれています。これは、いわゆるIT企業だけの話しではなく、あらゆる業種の企業にとって不可欠なテーマとなっているのです。

このDXの成否が、アフターコロナ時代の企業の命運を分けると言っても過言ではありません。それは中小企業とて例外ではありません。したがって、通信環境を整備することや情報セキュリティ対策などをしっかり行うことは、必須なのです。「通信環境や情報セキュリティ対策ができていないからテレワークができない」ではなく、テレワーク導入を機に、こうしたデジタル化の課題に取り組むことが必要と言えるでしょう。

テレワーク促進に本格的支援策を

このようにテレワークは目の前の感染防止対策にとどまらず、企業の経営のあり方や働き方を変えるという重要なテーマなのです。企業自身もそのことを十分認識しています。

やはり前述の東京商工会議所の調査によれば、テレワークの実施効果として「働き方改革の進展」(44.3%=複数回答、以下同)、「業務プロセスの見直し」(40.5%)、「コスト削減」(22.8%)、「定型的業務の生産性向上」(12.0%)などが挙げられています。これらは、企業の競争力の基盤を強化し長期的な成長につながるものです。

  • テレワークの実施効果

テレワークの意義については本連載でこれまで何度か述べてきました(第6回「テレワークが日本経済の構造改革の起爆剤に」2020年7月8日付、第12回「ついに2度目の緊急事態宣言・もっとテレワークの拡大を」2021年1月19日付など)。今回の内容を含めて総合すると、テレワークの効果を次のようにまとめることができます。

  1. 感染拡大防止
  2. 業務効率化、生産性向上
  3. DX推進の一環
  4. 働き方改革

今回の緊急事態宣言延長決定に際して、政府は企業に対しテレワーク実施状況の公表を要請するとの方針を打ち出しました。と同時に、特に中小企業がテレワーク化を進めやすくするための本格的な支援策が必要です。これは補助金などの資金的な面だけでなく、技術的な面での支援やサポートなどを行うネットワークの構築が欠かせません。

以上のような視点からテレワークというものをもう一度見直して、その可能性を広げてほしいと思います。そのことが日本経済の再生と企業の競争力強化につながるのです。