今回のテーマは「習い事」である。

私の両親は子供に無関心というわけではないが、そんなに教育熱心というわけではなく、周りの同級生に倣って「ピアノを習いたい」「スイミングに通いたい」などの申し出は軒並み却下されてきた。

今思えば、親がドブに捨てた金の量が少しでも減って良かったと思うが、習字を習わせなかったことに関しては完全な親の采配ミス。未だに「マリリンマンソン」と手書きすると「アソソソソマソソソ」になる。ただ、日常でマリリンの名を書にしたためる機会があまりないのと、親が私に「カレー沢マリリン」と名づけなかったのは良かった。これだけは親のナイスプレーである。

しかし小学生の時「そろばん」だけは習わせてもらった。多分「カイゲンを飲めば大体のものは治る」と同じノリで、そろばんは全ての能力を伸ばすというような考えがあったのだろう。結果から言うと何も伸びなかったし、今も数字は三つ以上は「たくさん」である。このように、子供への投資は時として通いもしないジムの会費を払い続けるのと同じぐらい無駄になるということを親御さんは留意していただければと思う。

だが、このそろばんは私の人生の大きなターニングポイントとなった。そろばん自体はどうでもいい。10歳の私はこのそろばん教室へ通う道で「猫」と出会ったのだ。

「猫」とは何か。知らないという情弱のために教えてやるが、猫とは神である。

つまり私は神と出会ったのだ。もし私のドキュメンタリー番組が作られるとしたらここで「カレー沢 はじまった」と言うナレーションが入る。作られることはまずないので、ここで言うしかないのだが、とにかくこの時はじまったのだ。

もちろん、猫という存在は知っていたが、その時までどちらかというとワンさん派であり、猫のことを意識したことはなかった。猫と同じ地球上に住みながら、猫の魅力に気づかないとは、感性が死んでいるとしか言いようがなく、もしかしたら私は生まれてから10年間眠っており、ずっと夢遊病状態で、この時はじめて目が覚めたのかもしれない。

ともかく私はそろばん教室に通う道すがら、神という名の子猫と出会ったのだ。その神は、ずっと私について来て、とうとう家まで来てしまった。そして、そのまま神は我が家に住まうことになったのである。

しかし、神との別れは突然であった。あまりに、突然で、悲しく、悔いの残る別れであった。この時のことは悲しすぎて、とても書くことができないし、今でも思い出して泣く。というかすでにこれを書きながら泣いている。

その日以来、猫に対する感情がウェットティッシュのように常に湿ってしまい、ツイッターなどで会ったこともない他人の猫の訃報を見ただけで泣くし、アニメ「妖怪ウォッチ」も主役級であるジバニャンの設定が「トラックに轢かれて死んだ猫の自縛霊」というだけで、見ることができない。

もちろん猫は大好きだが、感情が揺さぶられすぎてその日一日が終わってしまいかねないので、リアル猫には必要以上に近づけないという本末転倒状態になっている。飼うことはおそらくもうないだろう。

だがリアル猫に近づけない代わりに、おキャット様の存在、概念、偶像を崇拝するようになり、自分の漫画にはほぼ必ず猫を登場させ、このようなコラムでも隙あらばテーマを無視して猫の尊さを啓蒙する文章を書くようにしている。むしろ今まさにテーマを無視して猫のことを書いている真っ最中だ。

そもそも、あの時神と出会っていないければ私は漫画家になれていない。デビューのきっかけになった投稿作ももちろん猫が主役の漫画だったからだ。

あの時、神に出会わなかったら、そしてあのような別れをし、偏執的な愛を持つようにならなければ、私は猫の漫画を描かず、俺が考えた最強のイケメンが出てくる雰囲気漫画を描いて、箸にも棒にも引っかからなかったと思う。あの時出会った子猫が私の夢を叶えてくれたのだ。

もう完全に号泣しているので(私が)話を家族と習い事に戻すが、うちの実家の家業は塾だ。

どちらかというと人が習い事にくる側だったのである。しかし、うちの恐ろしいところは、中学生になった私に進研ゼミを習わせたところだ。完全に商売敵、マイクロソフトの社員が、新型アイフォンの列に並んで取材カメラに向けてダブルピースをかましているに等しい。

勉強なら自分が教えればいいのに(両親とも教員免許を持っている)と思うだが、もし私に子供ができて漫画や漫画家という職業に興味を持ち始めても、絶対に自分の漫画は読ませないだろうし、何も言わずにベルセルクとか渡すと思う。

きっとそれと同じことなのだろう。

<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全三巻発売中。