今、特に担当からもらっているテーマがない。しかし、11月には「七五三」という、現時点でもどうにもならないことが分かっているお題が控えているので、今回はできるだけ単純なテーマにしたい。

今日はすでに11月なのだが、10月は「結婚記念日」のある月だった。一応断っておくが、玄関に飾ってあるフィギュアの誰かではなく夫との、である。

おそらく、結婚して丸7年である。その間、特筆すべきことがあったかというとないのだが、それでいい。楽しいことを追求する交際時期と違い、結婚生活というのは防衛戦だ。

どんな盛況な祭りであろうと、死人がひとりでも出れば大体終わる。だんじりのごとき夫婦でない限り、長く続けたいなら、楽しさよりも死傷者ゼロを目指した方がいいだろう。つまり、特記事項なしということは、特にいいこともなかったが死人も出なかったということだ。

だが、これは私個人の感想であり、夫側からするとすでにヒ素を入手している段階で、私の死を思って「死亡者1」という数字が刻まれるかもしれない。しかし、今のところ爪がやけに紫色になっている、ということはない。

平素は「私が部屋から出ない」という家庭の問題により、1日で夫と顔を合わせるのは5分程度なのだが、お互いの誕生日と結婚記念日だけは外で会食するようにしている。そしてその度に思うのだ。「話すことがねえ」と。

私はここ数年、仕事とソシャゲしかしていないのだ。新しい話題、まして楽しい話は皆無である。ソシャゲは楽しいが、「つい先日17万円ほど出して推しキャラを手に入れました」というのは、私にとって楽しい話であり、配偶者にとってはこの世で一番楽しくない話だ。むしろ、全力でこの話は避けなくてはならない。

仕事に関しては、会社も作家業も、いまだかつて調子が良かったことが一瞬たりともない。よって、仕事の話をすると「長患いで10年ぐらい入院している人」の話をしているみたいな空気になってしまう。

他人の仕事が不調という話なら身を乗り出して聞くが、身内の立場なら不安になる。少なくとも、祝いの席で言うことではない。むしろ、今まで何度も仕事の話をして、祝いを通夜に変えてきたので、流石に学んだ。

そうなると、本当に話題がない。何事もないのはいいことなのだが、それは同時に、「言いたいことは特にない」ことを意味する。普段暗いことばかり言うし、人を認めたり褒めたりするぐらいなら死を選ぶ私だが、家族に対してだけはポジティブなことを言いたいし、できるだけ褒めたいと思っているのだ。

私と違って、夫には褒める点がたくさんある。夫に会ったこともない編集連中にさえ、「カレー沢さんの旦那は働いているから偉い、女漫画家の旦那なんてヒモ野郎ばかりですよ(個人の感想です)」と大絶賛である。

あまりにも働いていることを褒められるので私も気を良くし、夫に「みんな、あなたが働いていることを褒めている」とそのまま伝えたら、普通に機嫌が悪くなった。やはり、あいつらの宇宙の常識で話などするものではない。結局その日は、ステーキ系の店で私はハンバーグを頼んでいたので、「ハンバーグはうまい」という発言を10回はしたと思う。

しかし、食い物がうまい以上に平和な話題はないだろう。これこそ、老若男女・国籍問わずだ。それにも関わらず、「カレーの方がうまいと思います」とか「私は嫌いです」とかクソリプがつくインターネットは、地獄以外の何物でもない。

その間、夫も無言だったわけではない。「職場にこういう人がいる」という話をし始めたのだが、半分ぐらい聞いたところで私は気づいた。「この話、前にも聞いた」と。

夫が素で忘れてたのか、あまりにも話題がなくて同じ話を繰り出すしかないと判断したかは不明だが、夫もアラフォーだ。本当に忘れていたのかもしれないし、私も知らない内に同じ話をしているかもしれない。少なくとも、この短時間にハンバーグがうまいと10回は言っている。

お互い確実に老いてきている。何事も起こらなかったのは努力の賜物ではなく、お互い健康で、仕事があって、子育てや介護などもない、言わばボーナス期間の恩恵にしかすぎないのかもしれない。そんな人生に手加減されているボーナスステージ上で、「わいら夫婦円満。お前らも見習え」なんて言ったところで、「当たり前だ、そんな状況で揉めている方がヤバイ」と返ってくるだけだ。

しかし、コレじゃいかんと、自らハードモードにいく必要はない。困難はいつかやってくる。ボーナスはボーナスとして享受すべきだろう。よって許される内は、これからも部屋から出ない生活を続けようと思う。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。
デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。