漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「新人時代」である。

毎年4月頭になると、新品のスーツと革靴に付き合いが長そうなリュック、というフォーマルな山下清画伯みたいな集団をよく見かけたのだが、何せ私自身が、会社や俗世、固定給料や厚生年金などから卒業して久しいため、入学や入社などという行事とも無縁になってしまった。

言わなくてもわかると思うが、作家業は年度末とか年始始めとかあまり関係ない仕事である。

「キリ良く3月末までの連載終了」などという慈悲はなく「4月中旬」とか俺たちの戦いも今年度もまだ始まったばかりのところで打ち切り、ということが日常的に起こる。

ただ現在は掲載がWEBということも多く、そしてWEB媒体の命というのは意外に儚い。よって「3月末で掲載媒体もろとも連載終了」ということも決して珍しくない。

つまり我々の仕事は年中終わっているということだ。

会社員なら、1年に3回勤めている会社が倒産したとなれば、呪われている、もしくは自分で放火をしているなど、とにかく異常なことが起こっているが、作家の場合はそこまで異常なことではない。ただ才能もないのに作家になるという己の判断と、それをデビューさせた編集の目がどうかしていただけである。

しかしどんなに順調にいっている作家でも、クッキングパパ的なものを開発しない限りは、定期的に連載終了し、また新しい連載を開始するの繰り返しになる。

会社員で言えば数年に1回会社が倒産し、また新しい会社で一からやり直すようなものである。ちなみに新しい会社にはいつ入れるかわからない。

そんな生活、病(ビョウ)になるだろうと言われたら全くその通りなのだが、なぜか世の中には一度入社すれば余程のことがない限り辞めさせられることがなく、固定給や社会保険が受けられ、辞めた後も条件さえ揃えば失業保険を受けられる会社に所属していた方が病むという人間がいるのだ。

そういう人間にとって仕事というのはDOTCHの病気SHOWでしかないため、どうせなら他人を巻き込まない病(ビョウ)の方が良い、という理由で作家などのフリーランスを選んでいたりする。

ただ、同じ病(ビョウ)でも「腕が20度しか上がらないのがデフォルト」など、それが当たり前になりすぎて何も感じなくなる場合もある。

対して「内臓が破裂して3年になるが未だに辛い」など、いつまでも慣れないし悪化する病(ビョウ)もある。

つまり、仕事は全て病(ビョウ)だが、付き合っていける病(ビョウ)とやってられない病があり、下手をすると命に関わるものもある。

よって、どこに行っても何をやっても同じ、とは思わずに「この病気自分に合わないな」と思ったら悪化する前に別の病気に罹った方が良い。

入った仕事をすぐ辞めるというのは根性がないように見えるかもしれないが、場合によっては病気を根性で治そうとするぐらい無意味な行為であり、最終的に「なんでもっと早く来なかったんだ」と、頑張ったことすら否定される結果になりかねないのである。

フリーランスの病(ビョウ)は圧倒的不安定さにあるが、会社員の病(ビョウ)は、決められた曜日決められた時間に会社に存在しろという規則、そして会社という組織の中で他人とやっていかなければいけない、という気疲れから起こる場合が多いと思われる。

しかし、コロナウイルスの影響によるリモートワークの普及により、働き方がフリーランスと大差なくなった会社員も多いのではないかと思う。

つまり、いよいよフリーランスのいいところが何一つなくなり、もはや趣味でフリーランスという名の病(ビョウ)を抱えているみたいな状況になってきたが、全員がリモートワークで楽になった訳ではないという。

リモートで楽になったのは、仕事が自己完結できるタイプのもので、さらにそれを自己完結できる能力がある人間なのだそうだ。

よって楽になるかどうかは職種が大きく関係するし、ボンクラはどこにいても辛いという悲しい結果である。

しかし、それよりも辛いのは新入社員なのだそうだ。

確かに、余程しゃらくせえ会社でなければ、入社してすぐに「君のセンスに任せる」とは言われない。

大体最初はパイセンがつき、わからないところがあればパイセンに聞き、何かあればパイセンを呼び、パイセンがそのパイセンを呼ぶパイセンリレーが起こり、とりあえず自分の手からは問題が離れていくのだが、コロナ時代の新人はいきなりノーパイセンからのスタートなのである。

ある程度仕事に慣れているなら良いが、全くの新人がすぐに質問ができる人間がすぐそばにいないというのはなかなか大変である。

しかし、本当のボンクラは、すぐそばにパイセンがいても質問ができないので安心してほしい。

むしろリモートワークにより、自分のホウレンソウのできなさが目立たなくなって楽になったというボンクラもいるかもしれない。

仕事は全部病(ビョウ)だし、ボンクラはどこへ行ってもボンクラである。

だが「ボンクラが目立たない場所」というのはある。

仕事ができる場所ではなく、仕事ができないことが目立たない場所を探すというのも大事だ。