漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは「一番好きなパン」である。

どんなお題が出ても基本的には「乗り気じゃない」のだが、今回のテーマに関してだけは「良い質問だ、気に入った。家に来て妹と優勝して良い」と言った感じだ。

ちなみに「優勝」は隠語なので意味は各自考えてほしい。

私がここで良く言う好物は「ペペロソチーノ」「飲むヨーグルト」そして「甘いパン」である。

しかし、ここ数年で情勢は大きく変わった。

別に年を取って芹や薺の美味さがわかってきた、というわけではない。未だに「草www」としか思わないし、ハンバーグと聞いたら襟を正す。

食の好みは肥満児のままである。しかし「食べる量」だけが確実に老人化してきている。

どれだけ「今日はやってやるぜ」という気合いで焼肉屋に行っても、チョレギサラダの時点で腹が「次が終点です」と言い出す。最初からクライマックス状態になってくるのだ。

満腹が早くなるというのは、食べ物をおいしいと感じられる時間が減ったということである。

つまりただでさえ少ない人生のプレシャスタイムがさらに時短されたということだ。

単純に考えて絶望なのだが、加齢の悪い面ばかり見て嘆いているようでは、人生無駄に100年時代は生き抜けない。

世の中には何のとは言わないが「熟女」を売りにした店がある。

来る客は「とても40代には見えない、20代と言っても通用する熟女」などそんなに求めていないのだ。

だったら最初から20代が出てくる店に行けば良い。

むしろ20代にはない、若さと引き換えに得た、熟女の「良さみ」を求めてきているのである。

よって「とても40代に見えない、60代と言っても通用する熟女」になら価値がある。

つまり「食べる量が減った」ことによる「良さみ」もあるはずなのだ。

それは、食う量が減った分「質」を求められるということである。

収入は尿酸値のように年齢に比例しない。しかし50円のパンを2つ食わなければ餓死していたところを、1個で満足できるようになれば100円のワンランク上のパンを買えるようになる。

ただし、今の世の中、加齢とともに収入が減るという超展開も稀に良くある。

その場合は50円のパンを1個食うことになるのだが、これが若い頃と同じように2個食わないと満足できないとなったら一大事だ。

つまり「食欲が減っていて命拾いした」ということである。

性欲は現役選手のままなのに、下半身は軟式野球部OBという状態はつらいだろう。

つまり、年を取っていろいろ失うのは、衰えではなく、それはそれで「年齢に対しちょうどいいバランス」なのである。

では、食べる量が減ったことにより、昔より質の良いパンを食うようになったかと言うと、相変わらずコンビニパンが主食である。

しかし高まるのは質だけではない、パンに対する意識も同様だ。

つまり20代の頃に比べ「パンに対する面構えが違う」のである。

昔であれば、食いたいパンが3つあれば4つ買うという行動が取れたが、今は1つということも少なくない。

つまり「選ぶ」という行為が発生するため、パンとの向き合い方が真摯になってくる。

ただでさえ1日の内、食い物を美味いと感じられる時間が減っているのだ。失敗は許されない。

食う量が減った分、食物に対する「雑さ」も減っていき、1回1回を大切にするようになるのだ。

よって「一番好きなパン」という質問への取り組み方も「人生とは何か」を問われた時のように真剣である。20代の時はこんなにも本気でパンと向き合えなかっただろう。

40代になったらもっと真剣になり、8000年過ぎた頃からもっとマジになるはずだ。

そう思えば、雑にパンを食い散らかしていた時より、年を取った今の方が「良くなった」と思える。

つまり「一番好きなパン」という質問にはそう簡単に答えられない。

正直言って今まで好きと言っていた「甘いパン」に対しても「本当に好きなのか」と問い直す段階に来ている。

確かにコンビニでは甘いパンを買うことが多いが、逆にパン屋では買わない。

甘いパンと言うのはいわば菓子パンである。よってコンビニで買うには相応しいが、パン屋の甘いパンは菓子パンの領域を超えてしまっている気がする。

過ぎたるは及ばざるがごとしだ。

よってパン屋に行く時は、いつもシンプルな、塩味のパンを買っているような気がする。

だが、ここで気をつけなければいけないのは、シンプルでもフランスパンや、バケットのような固めのパンだと、口内が弱いため、人でも食ったのかというぐらい口が血だらけになってしまうのだ。

よって、シンプルかつ、口にも優しいクロワッサソなどが好ましい。

しかし、食い方の汚い人間がクロワッサソとルマンドを食う時は、その場がそれなりの「惨劇」になることを覚悟しなければならない。

つまり、パン屑が飛び散らないジューシーさも重視されるということである。

答えは「塩バターパン」だ。

わかったなら買ってこい、ヴィドフランスだぞ、わかったか。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。