▼「以上でよろしかったでしょうか」
今どきの話し言葉で、不快に思われる表現として、頻繁に取り上げられる言葉癖に
「以上でよろしかったでしょうか」
「こちらでよろしかったでしょうか」
がありますが、これもよく聞くアルバイト敬語です。現在の状況を過去形に直すことで、丁寧さを表そうとする意図があるようですが、現在のことを過去形で表現するのは、不自然極まりない印象を与えます。
「以上でよろしいでしょうか」
「こちらでよろしいでしょうか」
このように表現はできるだけシンプルにすること、それが会話の基本です。こういったアルバイト敬語は間違いに早めに気づいて、自分で正していくことが肝心です。
▼「させていただく」
最近「させていただく症候群」という言葉が生まれるほど、「~させていただく」を多用する人が急増しています。
先日、あるセミナーに参加した際、司会の方が冒頭のたった1分の間に何回も「させていただく」を繰り返していました。
「本日司会を務めさせていただきます、鈴木と申します。まずお手元の資料について、確認させていただきます。不足がございましたら、座席後方にて配布させていただきますので、お申し出ください。それでは添付の書類について、ご紹介させていただきます」
さらにはその次に出てきた代表の挨拶が「この度、〇〇代表という大役を務めさせていただきます中村です」ときたので、愕然としました。
元来この「~させていただく」の適切な用途は、自分の行動が相手の許可を得て行われる場合の、謙譲のニュアンスを含む言葉です。しかしながら、これらの場合、いったい誰に対してへりくだっているのか、誰に対して許可を求めようとしているのか、まったくわかりません。もしかしたら、自分を指名してくれた誰かに対して感謝の気持ちを込めているつもりなのかもしれませんが、この場合は、いずれも
「本日の司会進行を務めます鈴木です」
「〇〇代表という大役を務めます中村です」
で構いません。
拝見しますと拝見いたします、正しいのは?
上司から書類に目を通すように渡されたときも「拝見させていただきます」と言っていないでしょうか。「拝見」は「見る」の謙譲語ですから、「拝見させていただきます」は二重敬語になっています。
では「拝見いたします」はどうでしょうか。「いたします」も「する」の謙譲語であるため、2つを重ねてしまうと二重敬語になってしまいますから、文法上正しいのは「拝見します」になります。
しかし、実際のビジネスの現場では「拝見いたします」は日常的に使われています。文法的には正しくありませんが、慣習的によく使う表現なので、ほとんどの人にとってそこまで違和感のある表現ではありません。ただ、実際には「拝見します」が正しい使い方であることを覚えておきましょう。
さらに、「来週、お休みさせていただきます」という言い方もよく耳にします。たしかに休暇に許可は必要ですが、このような言い方は受け手に押しつけがましく、くどい印象を与えます。あえて「~させていただく」を使わなくても、「お休みをいただいてよろしいでしょうか」と表現した方がずっと敬意が伝わります。
先輩としてきちんと言葉の指導をしましょう
ここまで、たくさんの間違った言葉づかいの例をご紹介してきました。 これほどまでに多いのは、正しい言葉を教えてくれるところがないからかもしれません。本来こういった言葉づかいは家庭で教えるべきところですが、すでに親の世代も正しい言葉が使えるかあやしくなってきた現代においては、やはり共に働く上司や先輩が、自社の威信をかけてしっかり指導しなければならないでしょう。
そうはいっても、「いちいち言葉の使い方を指摘していると、部下から煙たがられてしまうかもしれない」――。そう思われたくないという「逃げ」と「面倒くささ」から、誤った言葉を放置してしまっている点も否めません。しかし、誤った言葉、見当違いの言葉を使っていると、「言葉を知らない人」という評価を下され、その人自身の、ひいては会社全体の印象の悪化につながってしまいます。
心づかいが完璧にできたとしても、たった一言、言葉の使い方を間違えてしまっただけで、すべて台なしになってしまうかもしれないということは、ぜひ心に留めておきたいと思います。
「言葉づかい」は、「第一印象を高めるための五原則」のうちの1つです。心を配り、美しい言葉を話すこと、正しい日本語を話すことが、その人の印象を大きく左右します。言葉はそれほど大切なものだと認識して、ご自身はもちろん、いずれ後輩や部下ができたときには、先輩としてきちんと指導していきましょう。
著者プロフィール: 江上いずみ(えがみ・いずみ)
筑波大学客員教授・札幌国際大学客員教授・Global Manner Springs代表。東京生まれ。筑波大学附属高等学校から慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1984年日本航空入社。客室乗務員として30年間で約19,000時間を乗務。オリンピック・パラリンピック教育担当講師として全国の小中高校で「おもてなしの心」をテーマに講演。国内外での年間講演数は250回に及び、「おもてなし学」の構築に取り組む。主な著書は「幸せマナーとおもてなしの基本」(海竜社)、「"心づかい"の極意」(ディスカバートゥエンティワン)