悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、上司と部下の「板ばさみ」で悩む中間管理職のためのビジネス書です。

■今回のお悩み
「会社での役職は中間管理職クラスなのですが、いつも上司と部下の間で板ばさみになっている感じがしていて、気分的に落ち着きがありません。部下の言い分もわかる気がしますし、上司の考えも理解出来ないわけではないですし……何も考えず仕事に打ち込んでいた頃が懐かしいです」(51歳女性/その他・専業主婦等)

  • 上司と部下の板ばさみに悩んだら(写真:マイナビニュース)

    上司と部下の板ばさみに悩んだら?


以前にも書いたことがありますが、小さな広告代理店に勤めていたころ、僕はイケてない中間管理職でした。制作部でスタッフを管理していたのですが、その一方、社長や営業本部長、営業部長などの経営陣の要望にも応えなくてはならない立場にいたのです。

僕自身がクリエイティブ畑の人間でしたから、制作に携わる部下たちの気持ちはなんとなく理解できていました。ところが性格的にリーダータイプではないため、部下をぐいぐい引っぱっていくようなことができなかったのです。そのため、結果的には彼らのストレスを増やしてしまっていたような気がします。

しかも経営サイドからは、いろいろ無理難題をふっかけられるわけです。彼らは総じて、義理人情に重きを置くような泥くさい営業マンでした。つまり広告代理店とはいっても、クリエイティブの「ク」の字も理解していないということ。そのため、「そりゃ無理だろう」というようなことを平気で要求してくるわけです。

「と、これをやってもらいたいんだよ」
「いや、それは現実問題として不可能です」
「それをやってもらいたいんだよ」

いつだったか、社長とこんなやりとりをしたときには、「そうか、できないことをやるのが俺の使命なんだな」と妙に納得したものですが(自爆)。

しかし、そんなことが日常茶飯事だったので、あのころは精神的に疲弊していた気がするなぁ。上司からも部下からも理解を得られないまま、彼らの理想を実現すべく自分を追い込んでいたというか……。だから、余計につらくなっていくという悪循環。

でも、それから25年以上の時を経て、いまだからわかることがあるのです。

「別に理解されなくたって、反発されたっていいのではないか?」ということ。

逆に言えば、あのころは反発されたり嫌われたりすることを恐れていたからこそ、どんどん自分を追い込んでしまっていたのではないかと思うのです。

そもそも組織は他人の集まりなので、本当の意味で全員がわかりあえることなどありえません。ましてやそこに上下関係が絡むとなると、状況はさらに複雑になります。

理解しあえるわけがないのです。衝突して当然だし、わかる部分があってもまた当然。そうしたなかで、なんとかバランスをとっていればいいだけで、少なくとも自分ひとりでなにかを背負う必要はないということです。

「いまだからわかること」、なんですけどね。

中間管理職に必要な3つの心得

『部下からも会社からも信頼される 中間管理職の教科書』(手塚利男著、同文舘出版)の著者は、中学卒業後、いすゞ自動車にいちばん下の学歴で入社したという人物。

  • 『部下からも会社からも信頼される 中間管理職の教科書』(手塚利男著、同文舘出版)

全社風土改革推進を担当し、470億円の赤字から黒字浮上、復配に貢献したのち、川崎工場の総務部長に任命されたのだそうです。端的にいえば大抜擢だったわけですが、当然のことながら苦労も少なくはなかったようです。

実際に部下と向き合ってみると、業務上のケガや災害、異動の内示、業務指示、評価、法的な問題を起こした社員への対応など、部下の気持ちを動かす大変さをたっぷり味わいました。(中略)
こうした仕事を通じて私が確信したのは、仕事ができる人は、相手が部下であっても上司であっても、うまく「協働」できる人ということです。
人間は集団で生きる動物で、周囲の人々と想いや考えを共有し、協働する知恵を持っています。この「うまく協働していくための知恵」を多くの悩める中間管理職の人に知ってもらいたい、と思ったことが本書を書くきっかけになりました。(「はじめに」より)

こう記している著者は、まず「信頼される中間管理職に必要な3つの心得」を挙げています。

信頼されるリーダーは「聞く」
信頼されるリーダーは「結果だけを見ない」
信頼されるリーダーは「会社がやってほしいことを実行する」
(1章「信頼される中間管理職に必要な3つの心得」より抜粋)

この3つを見ると、どれも特別なことではなく、「当たり前」なことばかりだということに気づきます。すなわち小手先のギミック以前に、「当たり前」のことをきちんとこなしてこそ、中間管理職としての力を発揮できるということなのでしょう。

そうした考え方を軸に、以後の章では「部下の育て方」「部下が自ら動く伝え方」「部下にも上司にも一目置かれる仕事術」など、中間管理職としてなすべきことをさまざまな角度から解説しています。手にとってみれば、多くの悩みを解決できるのではないかと思います。

相手中心になるコミュニケーション

『部下に好かれる、嫌われる人は、ここが違う! 『愛され上司』になる方法』(堀内一人著、実業之日本社)はコミュニケーションについて書かれた本ではありますが、コミュニケーションの本ではないのだそうです。

  • 『部下に好かれる、嫌われる人は、ここが違う! 『愛され上司』になる方法』(堀内一人著、実業之日本社)

「コミュニケーションの上達」という切り口ではなく、「対象読者の欲する未来の実現」という切り口で、それに必要なコミュニケーションを紹介しているということ。

その読者対象は「部下との関係に悩んでいる上司」であり、欲する未来は「愛される上司になる」こと。その間にある「大きな壁」を簡単に登れるような段階(ステップ)にし、そこにたどりつくことを目的にしているというのです。

そんなところからもわかるように「上司」について書かれたものであり、中間管理職を対象としているわけではありません。しかし書かれていることの多くは、上司との関係にも役立てることができると思います。

さて、著者はここで、「好かれたい」などと感じている人の多くは根本のところで大きな間違いをしていると指摘しています。

「好かれよう」と無意識のうちに思っているので、それを実現するために「自分を出しすぎる」ことがままあるというのです。しかし、本当に大切なのは、その逆をすること。

つまり、
『嫌われて構わない』『見くびられてもいい』+『素の自分』。
 これが、もつべきスタンス。そう、まずは「自分を手放す」のです。
(序章「愛され上司には、『シンプルな法則』がある」より)

自分中心ではなく、相手中心になるためには、自分を手放す必要があるという考え方。人は言葉以外のコミュニケーション(ノンバーバルコミュニケーション)によって相手の気持ちや感情を察するもの。

逆に言えば、言葉でどれだけいいことを言ったとしても、「なにか信用できないな」と思われることが少なくないわけです。だからこそ、まずは自分を手放し、相手のことを中心に考えられるようになるスタンスをとるべき。著者はそう主張しているのです。

人に好かれなくてもいい

さて最後は、広く「人間関係」という観点から考えて見ることにしましょう。参考にしたいのは、『人間関係のしきたり』(川北義則著、PHP新書)。

  • 『人間関係のしきたり』(川北義則著、PHP新書)

ご存知の方も多いと思いますが、著者は出版プロデューサー、生活経済評論家であると同時に100冊を超える著作を残してきた人物です。そして本書のテーマは、ずばり「人間関係」。

人間、一人では生きられないので、死ぬまで人間関係には悩まされる。
とくに会社という組織のなかにあっては、その悩みは尽きない。サラリーマンが会社を辞めたくなる理由で、いつもトップにくるのは職場の人間関係である。仕事のつらさ、給料の安さより、人づきあいのほうが大きなウエイトを占めている。人間関係がいかに大切かということだ。(「はじめに」より)

いわば著者はここで「上司か部下か」を超え、さまざまな人間関係に通じる本質について持論を説いているわけです。個人的には特に、冒頭の「好かれる人にならなくてもいい」という項目が参考になるのではないかと感じました。

職場での人間関係のみならず、男女の関係などにも言及しているのですが、たとえば以下の文章には、今回のご質問にも通じる人間関係の本質が示されているように思ったからです。

誰からも好かれようという態度は、誰からも好かれたいという気持ちの表れだから、ある個人から見れば、自分だけに向けられたものとは思えない。特定の人間に好かれるには、差別化ということがどうしても必要なのである。
そこでどうすればいいかだが、私は「好かれようと思わない」のがいちばんいいと思う。よそよそしい態度をとれとは言わないが、「好かれよう」としていることを悟られないほうがいい。なぜなら悟られることは暗黙の強制と同じだからである。
誰もが自由意志をもっている。自分が自由に選択し、自分で判断できたと思うとき、人はその判断や選択に自信をもつ。そんな自分を好ましいと思う。この気持ちをないがしろにしてはいけないのである。(17ページより)

かなり本質に踏み込んだ内容ですが、だからこそこの考え方は、中間管理職としての振る舞い方にも応用できるはずです。


いずれにしても、上司も部下も納得させることができる特効薬などないと考えたほうがいいのではないかと思います。なぜなら、それはあり得ないからです。

大切なのは、そのことを大前提として、「では、いまの状況のなかで、関係性をよりよくするにはどうしたらいいのだろうか?」と、シンプルに考えて見ること。そうすれば、多少なりとも気持ちは楽になっていくのではないでしょうか?

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。