悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、先輩や後輩とのコミュニケーションに悩む人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「コミュニケーションがうまく取れない先輩後輩との接し方」(47歳男性/営業関連)
職場でのコミュニケーションに関するご相談も、この連載では定番ネタ。そんな定番はないほうがいいに決まっていますが、つまりはそれほど、この問題についてお悩みの方が多いのでしょう。
ましてや、ただでさえ"正解"の出しにくいことなのに、相手が先輩であるか後輩であるかによっても対処法は違ってくるはず。今回の「コミュニケーションがうまく取れない先輩後輩との接し方」というご相談内容は、まさにそれにあたるのではないかと思います。
しかもご相談者さんは営業関連の47歳ということですから、おそらく中間管理職ではないかと思われます。だとすれば、さらに難しい問題が絡んできそうでもありますね。
たとえば後輩や部下と接する際に、相手に対して過度な期待感を抱いてはいないでしょうか? 「自分にできるのだから、相手にもできて当然」だと考えたりするように。
しかし、それでは相手との関係がこじれてしまっても無理はありません。なぜなら「できて当然」という思いは、相手のことを無視した一方的な考えにすぎないからです。
相手への期待を捨て、コントロール権を渡す
『100%得する話し方』(新井慶一 著、すばる舎)の著者はこのことに関連して、興味深いエピソードを紹介しています。
明らかにされているのは、著者が実際に接したNさんという方のケース。彼はパワフルなスーパーサラリーマンであり、自分が優秀であるぶん、できない人への当たりが厳しかったというのです。
常に部下を上から責め、できない部下から仕事を取り上げては自ら残業してカバーするような毎日。そんな状態なので部下がついてくるはずもなく、管理職になって人を育てることができないことがわかってくると、社内で孤立してしまい、辞めざるを得ない状況に追い込まれたというのです。
また同じタイミングで奥さんとも離婚することになってしまったため、心身ともにボロボロの状態だったそう。
そこで、私はNさんに言いました。
「人は、過大な期待をして、自分をコントロールしようとする人から逃げるものです」
この言葉を聞いたNさんは、思い当たる節があったのか、とても神妙な面持ちで私の言葉を聞いていました。そして大いに反省したそうです。(66〜67ページより)
それがきっかけで改心したNさんは、思い込みを捨て、相手への期待を捨て、コントロール権を相手に渡せるようになったのだそうです。すると、やがて相手は想像を超えるパフォーマンスをしてくれるようになり始めたのだとか。
そして次々と小売業の会社を立ち上げては成功させ、いまでは13の会社を経営するビジネスオーナーとして大成功。さらにはプライベートでも素敵な女性と巡り会って再婚し、お子さんにも恵まれたのだといいます。
著者が「『舞台のど真ん中でしゃべり続けてきた人』ほど、『得する話し方』をマスターすると人生が変わる」と断言しているのは、そのようなケースを実際に目にしてきたからこそ。
思い込みを捨て、相手への期待を捨て、
コントロール権を手放して話す(68ページより)
つまり、そんな姿勢が大切なのでしょう。ここでは部下に対する姿勢としてそのことが語られていますが、目上の人に対する接し方にも十分応用できそうです。
「アサーション・トレーニング=自己表現の訓練」を知る
コミュニケーションは、話す人と聞く人がいて初めて成り立つのであり、一人ひとりが両方の役割をしっかりとることで、心地よい人間関係がつくられ、安定した社会生活が続いていくことになると考えられます。(「はじめに」より)
『相手の気持ちをきちんと<聞く>技術』(平木典子 著、PHP研究所)の著者もまた、このように述べています。
長年にわたって「アサーション・トレーニング」(自己表現の訓練)を実施してきた人物。「アサーション」(assertion)とは、お互いを大切にしながら、素直にコミュニケーションをするための考え方と方法。本書ではそのような観点から、相手の話を<聞く>立場、<受けとめる>側になったときの自己表現について考えているわけです。
ところで、コミュニケーションは大きく分けて、次の3つのタイプでとらえられるといいます。
(1)自分のことだけ考えて、他者を踏みにじる表現
(2)他者を優先し、自分を後回しにする表現
(3)自分のことを考えるが、他者をも配慮する表現
(22ページより)
そしてアサーティブ・トレーニングでは、
(1)を攻撃的(アグレッシブ)、
(2)を非主張的(ノン・アサーティブ)
(3)をアサーティブ
(22ページより)
というのだそうです。当然ながら望ましいのは、自分も相手も大切にしたアサーティブ。
では、「聴く」という観点からみた場合、「アサーティブな会話」とはどんな会話のことを指すのでしょうか?
著者によればそれは、相手に対して「聞いていますよ」というサインを出し続けている会話。つまり視線、表情、姿勢、うなずきなどによって、「あなたに関心があります」というさまざまなサインを出すということです。
もちろん、ことばを使うことも大切。
「◯◯ということですね」
「ずいぶんがんばってこられたのですね」
というように、相手から受け取ったことを自分のことばによって返すということ。そうすれば相手は、聞いてもらったことがよりはっきりわかるわけです。
こうした、当たり前であるからこそ忘れてしまいがちな配慮も、常に意識すべきなのでしょう。
話し方に"小さな配慮"を
次に、話し方について考えてみたいと思います。参考にしたいのは、『なぜか好かれる人の話し方 なぜか嫌われる人の話し方 新装版』(ディスカヴァー・コミュニケーション・ラボラトリー 著、ディスカヴァー携書)。その冒頭には、次のような記述があります。
わたしたちがかかえる、いわゆる「人間関係の問題」は、それがどんなに複雑で、根の深い、解決のむずかしいものであったとしても、その発端は、ちょっとした「ひとこと」、そのひとことに対する、ささやかな仕返しとしての、ちょっとした「言い方」の問題ではなかったでしょうか。(「はじめに」より)
事実、世の中には"その人といるといい気持ちになるので、自然に人が集まってくる人"がいます。しかしその一方、"悪い人ではなく、本人に悪気もないのだけれど、一緒にいてあまり楽しくない人"もいるものです。
そうした違いは、ちょっとした「いいかた」によるところが大きいというのです。そこで本書には、そんな、ちょっとした「ひとこと」が集められているわけです。
例をひとつ挙げてみましょう。
×「ところでさ」「それより」などと、勝手に話題を変える
↓
◯話題を帰る前に、一度相手の話をすべて受け止める
(27ページより)
「ところでさ」「それより」といったことばの問題は、知らず知らずのうちに、相手との違いを強調し、競争してしまっている点。相手の話をいったん受け止めることなく、勝手に別の話題に変えてしまっているわけです。
それは結果的に、「あなたの話には興味ありません」「あなたの話はおもしろくありません」というメッセージになってしまいます。いいかえれば、「私はあなたを受け入れません」という意思表示になってしまうのです。
しかも厄介なのは、自分ではそんなつもりはなく、"ただ会話を弾ませているつもり""会話のキャッチボールができているつもり"の人が多いこと。
けれども、キャッチボールというのは、相手のボールをいったん受け止めてから返すもの。相手の話に、ろくに答えもせず、勝手に話題を変えるのは、相手にすれば、野球のボールを投げたら、サッカーボールが戻ってきたようなものです。話したほうは、「わたしが話していた、あの話は、どこへ行ったの?」と宙ぶらりんの状態になります。(28ページより)
問題は、その宙ぶらりんの状態が、相手に孤立感を味わわせる要因になってしまうこと。こちらのエゴとプライドを、満足させることはできるかもしれませんが、そのぶん相手のエゴとプライドは傷つくことになってしまうわけです。その結果、相手は「この人に話しても無駄だ」と感じてしまい、円滑なコミュニケーションがさらに困難なものになってしまうかもしれません。
些細ではありますが、しかし、とても大切なこと。相手が先輩であれ後輩であれ、そうした"小さな配慮"は忘れたくないものです。