悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、親からの「孫の顔が見たい」プレッシャーにまいっている人へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「親からの結婚してほしい、孫の顔が見たいという催促にまいっている」(39歳男性/営業関連)


僕には息子と娘、2人の子どもがいるので、今回のご相談に関しては思うところがあります。つまり、「孫の顔が見たい」という親御さんの気持ちも理解できるということです。

なにしろ僕だって、早く孫の顔が見たいと思っていますからね。うちは上の子と下の子の年齢が離れているので、娘の結婚はまだまだ先だと思われますが(なにしろ、これから高校生)、息子はそろそろ適齢期だしなー。

ただ、そんな息子も「俺、結婚は遅いよ」と宣言しているので、まだ期待できなさそう。だからなおさら、「そうそう、見たいですよねー、孫の顔!」と共感してしまいたくもなるわけです。

しかしその一方、親からの催促にプレッシャーをお感じになる気持ちも理解できます。とくに、子どもが生まれる前にやっておきたいことがあったりした場合は、なおさら精神的につらいかもしれませんし。

でも、親子が親子である以上、それは仕方のないことでもあると思うのです。“孫が欲しい親”と“自分の子が欲しい子”、両者の思いが必ずしも合致するとは限らないのですから。

親子とはいえ、考え方が違うことも充分にありうるわけです。

だから、催促されるのはキツいでしょうが、まずは「そういうものだ」と受け入れることが必要だと思います。受け入れたくないと思ったとしても、親の思いを否定することはできないからです。

そうしたうえで、「どういう精神状態でいるべきか」を考え、実行することが重要なのではないでしょうか?

親が望むのは幸せそうに生きる子どもの姿を見ること

『50代からのちょっとエゴな生き方』(井上裕之 著、フォレスト出版)というタイトルには"50代限定"であるような印象がありますし、実際、ターゲットになっているのは"40代までとは違い、あきらかに多くのストレスを抱える危険がある"50代です。

  • 『50代からのちょっとエゴな生き方』(井上裕之 著、フォレスト出版)

とはいえストレスがストレスである以上、ここに書かれていることは、他の年代の方々にも無理なく当てはまります。

著者が強調しているのは、自分を大切にして、人生を楽しみながら生きる権利があるということ。たとえば親の問題に関しては、「両親には『やってあげよう』『与えてあげよう』と考えなくていい」と断言しています。

あなたの両親が一番望んでいることは何か。それは、子供の成長と健康だけです。つまり、子供の幸せを望んでいるのです。(中略)
子供が成長している姿、健康ではつらつとしている姿、幸せそうにしている姿、これを見ることが唯一の喜びなのです。
だからこそ、両親に何かしてあげようと考える前に、自分が幸せな生き方ができているか、または、幸せになっていこう、と考えるべきです。(「はじめに」より)

補足するなら、「孫の顔を見たいというのも望みではあるけれども、それは二次的なことであり、なにより大切なのは、幸せそうに生きる子どもの姿を見ること」だということなのではないでしょうか?

まずそれが重要で、孫の問題はその次。孫の顔を見せることができようができまいが、先にあるべきは、自分自身が幸せな毎日を送ることだという考え方です。

だからこそ、孫に関する親の要望はひとまずサラッと受け流し、親のためにも、きょうという日を有意義に過ごすべき。明日になったら、明日を有意義に過ごすべき。"いま、すべきこと"を大切にした日常を繰り返していけば、いろいろなことについての答えは見えてくるものだからです。

孫の問題も、いまは現実的に考えられないかもしれません。でも、それはそれでOK。やがていつか自然に、"すべきこと”“進むべき方向"が明らかになってくるタイミングが訪れるはずなのですから。

多くの人は、自分が満たされる前に、自分以外の人を満たそうと考えるから、心が苦しくなります。
人の心を満たすことに対して強迫観念を抱き、ストレスをためこんでいく。
世の中は、個々が生きて、関係性を持つことで成り立っているのです。個(自分)が幸せではなかったら、他の人も幸せにはできません。
特に、両親との関係ではそうなのです。(98ページより)

重要なのは、この部分ではないかと思います。

だいいち、孫の顔を見せることだけが親孝行ではありません。それが親孝行であることは間違いないとはいえ、他にもできることはあるわけです。

親が元気なうちに「親孝行旅行」を

では、なにをするべきなのか? たとえば『そろそろはじめる親のこと』(大澤 尚宏著、自由国民社)の著者は、親が元気なうちに「親孝行旅行」をしようと提案しています。

  • 『そろそろはじめる親のこと』(大澤 尚宏著、自由国民社)

親孝行というと、帰省して孫の顔を見せる、食事に連れて行く、プレゼントを贈る、旅行に連れて行くといったことが一般的だ。なかでも旅行は、環境が変わることで普段できないような会話ができ、親孝行としては定番である。儒教の影響が色濃い韓国でも、子どもが親に旅行をプレゼントする「孝道旅行」というものがあるそうだ、(234ページより)

孫の顔を見せることがそうであるように、親子での旅行もまた孝行になるということ。

最近は旅行会社も「ユニバーサル旅行」「バリアフリー旅行」などと銘打って、シニア向けの旅行に力を入れているものです。だからなおさら、こうした機会を利用しない手はないわけです。

しかも重要なのは、親に旅行をプレゼントするだけではなく、親を誘って一緒に旅行するという点です。そうすれば親子水入らずの時間ができ、旅先で自然にいろいろなことを話せるはず。

つまり、普段話しづらいこと、たとえば「孫の問題」についての自分の考え方なども無理なく話すことができる可能性が大きくなるわけです。

「自分は役に立つ存在だ」と思えるように

さて最後に、『もう迷わなくなる最良の選択: 人生を後悔しない決断思考の磨き方』(アルボムッレ・スマナサーラ 著、誠文堂新光社)をご紹介したいと思います。

  • 『もう迷わなくなる最良の選択: 人生を後悔しない決断思考の磨き方』(アルボムッレ・スマナサーラ 著、誠文堂新光社)

1945年のスリランカに生を受けた著者は、スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老。13歳で出家得度し、国立ケラニヤ大学で仏教哲学の教鞭をとったのち、1980年に国費留学生として来日。駒澤大学大学院博士課程で道元の思想を研究した実績の持ち主です。

現在は宗教法人日本テーラワーダ仏教協会で初期仏教の伝道と瞑想指導に従事し、ブッダの根本の教えを説き続けているのだとか。

ただし、本書は仏教について書いたものではないのだそうです。普通に市井で生活している方々に向け、論理的思考の方法をアドバイスすることを目的とした実用教養読本。

したがって仕事への取り組み方などについてもページが割かれているのですが、今回のご相談に対しては「かけがえのない」ものについての考え方を参考にしたいところです。

ここで強調されているのは、「かけがえのない」というのは、愛と同じように、自分の感情の押しつけであるということ。

親は子どもをかけがえのない存在であると思うものですが、思うのは勝手だとしても、それを子どもに言うべきではないというのです。

「あなたは私のかけがえのない存在なのよ」とずっと言われつづけたら、どうですか? 重苦しいでしょう。負担になります。負担から抜け出したくて反抗するか、さもなくばそこにどっぷり依存する体質になるか、どちらかです。(123ページより)

これは、孫の問題とも共通する部分がありますね。

著者はここで、親の過剰な愛に溺れて人生を失敗する子どもがいることを指摘しています。そして、子どもがそんな思い違いをしないようにするためには、「特別な存在」であるかのように思わせないことが大切だとも説いています。

かけがえのない大事な存在ではなく、必要な存在、欠かせない存在というのは、別の言い方をすると「役に立っている」ということです。「大事にされる存在なんだ」ではなく、「自分は役に立つ存在だ」と思えるようにしてあげればいいのです。(124ページより)

なお、これは親に対して向けたことばなので、「自分は役に立つ存在だ」と思えるようにしてあげればいいという表現が用いられています。

しかし、これを以下のように自分ごととして置き換えてみると、今回の問題にも通ずる答えが見えてきます。

「大事にされる存在なんだ」ではなく、「自分は役に立つ存在だ」と思えるようになればいいのです。

つまり、孫の顔を見せること以外にも、「役に立つ存在」としての自分にできることはあるのです。だから、いまはできる範囲で、そこを目指せばいいということ。

これはこじつけでもなんでもなく、非常に大切な視点だと思います。