悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、体育会系の自分のやり方を部下にも求めて上手くいかないと、悩んでいる方へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「自分は体育会系なので教えてもらうより盗めと言う考え。そのため部下に対してなかなか上手く話し合いが出来ないです」(56歳男性/技能工・運輸・設備関連)

  • 体育会系出身の上司が注意すべきこと


率直に申し上げて、今回のご相談には少しばかり疑問を感じてしまいました。

ご相談の内容ですが、「体育会系である自分は"教えてもらうより盗め"という考えを持っているため、うまく部下と話し合いができない」ということですよね?

だとしたら、すでに答えは出ているではありませんか。つまり、「体育会系である自分」の考え方に固執されていて、部下にそれが受け入れられないからコミュニケーションが取れないということです。つまり、その考え方を変えればいいだけの話です。

そもそも「自分は体育会系なので教えてもらうより盗めという考え」という表現自体に、「他の考えは受けつけないから自分に従え」という"意味"が隠されています。そのことに、まずは気づくべきです。

ご自身が部下だった場合のことを思い描いてみてください。もし自分とはまったく違う考え方や仕事のやり方を、「これが俺の考え方だから」と押しつけられたとしたら、素直に従いたいと思いますか?

同じことで、ご相談者さんは「自分はこうだから」ということしか見えていないわけです。だとしたら、話し合いができなくて当然。客観的な視点が欠如しているので、そこを改めない限り、部下には共感してもらえないと思います。

上司に考え方があるように、部下にも部下なりの考え方があります。だから部下に媚びろという意味ではなく、それぞれ違うのだから、寄り添って接点を見つけることがまず必要だということです。

そのためには、まず「自分がどんな人なのか?」「どんな人だと思われているのか?」について考えてみるべきだと僕は考えます。

自分の考えを押し付けない

ブラック労働にも当てはまることですが、健康や命のリスクを伴い、合理的に考えると全く理解不能なことが、ニッポンの学校や会社ではごく普通に行われ、「日常化」してしまっています。なぜこうした事態が長年にわたって放置され続けるのか。私はその原因を、「体育会系思考」と名付けます。それは戦後ずっと、日本列島に蔓延し続けているのです。(「はじめに」より)

こう語るのは、『体育会系 日本を蝕む病』(サンドラ・ヘフェリン 著、光文社新書)の著者。ドイツ・ミュンヘンに生まれ、日本語とドイツ語を母国語とする「日本歴22年」の作家です。

  • 『体育会系 日本を蝕む病』(サンドラ・ヘフェリン 著、光文社新書)

著者によれば、体育会系の基本的な考え方は「やればできる」というもの。同じような思考は欧米にも存在するものの、それはどちらかといえば「私はできる」と自分を励ますような行為。いわゆる「ポジティブ・シンキング」の一環だということです。

ところが日本の「やればできる」は、学校や会社などの組織がその一員に対して命令するもの。「上の人」が「下の人」に強制しているわけで、今回のご相談の「自分は体育会系なので」も、ぴったりそれに当てはまると思います。

しかも、この押しつけは生ぬるいものではないと著者は指摘しています。外的な要素(たとえば、寒い、眠たい、まわりの人が意地悪だ、など)を完全に無視し、「本人にやる気さえあれば、どんな状況でも人は目標を成し遂げられるはず」という極端な思考が、いまなおまかり通っているということです。

「苦労は買ってでもしろ」に騙されてはいけません! ニッポンにはブラックな考えが蔓延していることを自覚してください。無自覚に生きていたり素直な性格だったりすると、この空気に流されて、自ら墓穴を掘る「奴隷根性」が身についてしまうので要注意。(250ページより)

これは強制される側、すなわち部下の立場にある人へ向けてのメッセージですが、ご自身が部下に対してこういう押しつけをしているということに、まずはお気づきになったほうがいいと思います。

強制せず向き合い方を考える

体育会系組織の特徴と問題点について、心理学の視点から検討していくと、それはとくにスポーツ系の組織に限らず、日本のあらゆる組織に通じるものがあることがわかる。言ってみれば、日本的組織のもつ特徴が、体育会系組織に凝縮されているといった感じがある。(「はじめに」より)

心理学博士である『体育会系上司 - 「脳みそ筋肉」な人の取扱説明書』(榎本博明 著、ワニブックスPLUS新書)の著者もまた、このように分析しています。

  • 『体育会系上司 - 「脳みそ筋肉」な人の取扱説明書』(榎本博明 著、ワニブックスPLUS新書)

もちろん、体育会系にもよい面はあるでしょう。その点については著者も、「達成意欲・貫徹力」や「行動力・実行力」があるなど、企業から好まれていることを認めています。

ただし、体育会系の心理的特徴は、組織の病理につながりやすいと指摘してもいます。

体育会系の組織は、一般に上意下達、上には絶対服従の世界である。それが礼儀正しさをもたらしているわけだが、何でも上の判断に任せる姿勢が思考停止を招くことになりやすい。(106ページより)

上の判断や決定に従うしかないため、いちいち自分で考えてもしようがない。自分で考えれば、なにかいいたくなる。しかし、それは許されず、上の意向を受け入れるしかない――。

そうした状況に適応するためには、思考停止状態になるしかないわけです。

「それはおかしい。『教えてもらうより盗め』という考え方は、自分の頭で考えろということではないか」と思われるかもしれません。「教えてもらうより盗む」という行為に関しては、たしかにそのとおりでしょう。

しかし問題は、もっと前の段階にあると思います。すなわち、それ(「教えてもらうより盗め」)を強制していることです。

強制されると、人は反発を感じるものです。でも、反発しても無駄だと感じたら、あとは従う以外に選択肢はありません。そこに自分の意思はなく、ただ「上司がいうから」そうしているに過ぎないわけです。

そういう空気をご自身がつくっているわけで、そこを改善しない限り、部下との距離は決して埋まらず、話し合いなどできるはずもないと思います。つまり「教えてもらうより盗め」と強制することよりも大切なのは、リーダーとしての部下との向き合い方だということ。

部下に対して対等な意識を持つ

ではリーダーとして、すなわち上に立つ人間として、どう考え、どう振る舞い、なにを伝えればいいのでしょうか? 最後にその答えを、『シンプルだけれど重要なリーダーの仕事』(守屋智敬 著、かんき出版)のなかから探し出してみたいと思います。

本書は、「新しくリーダーに任命された人」「チームに一体感がなくてもがいているリーダー」「これからリーダーを目指す人」がメンバーと最高の仕事をするために、そしてチームで大きな成果を生み出すために知っておいてほしいことをまとめたもの。

著者はここで、「信頼」の重要性を強調しています。人と人との間に生まれる信頼関係が、チームの力を生み出すのだと。そして、それは行動の積み重ねのなかからしか生まれないのだと。

また、信頼関係は対等な関係性を前提として生まれるものであり、上下関係のなかでは生まれないとも主張しています。

リーダーとメンバーの関係は上下ではありません。チームでゴールを達成するという目標は、リーダーもメンバーも同じであり、いわば同志。ただ、役割と責任が違うだけです。決断したり、他部門や上層部にかけあったりするのがリーダーの役割と責任で、具体的にやりきることがメンバーの役割と責任です。そこに上下関係はありません。対等です。(28ページより)

  • 『シンプルだけれど重要なリーダーの仕事』(守屋智敬 著、かんき出版)

なおメンバーに対して対等な意識を持っているかどうかは、使っている「ことば」でわかるそうです。

「君のためなんだから」「いいから、いわれたとおりにすればいい」「なんで君は、私のいうことが聞けないのかな」というようなことばを使っているようなら、まだまだ対等な意識が低いということ。

表現の仕方は違うものの、「教えてもらうより盗め」というフレーズもまた"上から"のことばであることは間違いありません。すなわちそれは、上下関係のなかでしか生まれ得ないものだということです。

対等であれば「○○すべき」「○○しろ」という、強制的な行動を指示することばは使わないはずなのです。


ご相談者さんは技能工・運輸・設備関連ということなので、たしかにオフィスワーカーよりは「教えてもらうより盗まなくてはならない」部分が多いのかもしれません。

しかし時代の流れとともに人、特に若い人の価値観が変化しているのも事実。それはどんな職種にも当てはまるはずですから、過去の考え方がいつまでも続くわけではないということにもなるはず。

そういう意味でも、相手の立場に立って考えてみることが、まず大切であるように思います。