仕事にミスはつきものだ。ささいなミスならまだしも、非常にインパクトの大きい過ちを犯してしまった場合、上司や取引先に対してどのように迅速かつ誠実に謝罪するかがビジネスパーソンにとって重要となることは、自明の理と言えよう。

自らの非を詫びる謝罪にはネガティブなイメージがつきまとい、多くの人が嫌がることの一つと言える。だが、マイクロソフトで執行役員を務めたキャリアを持つクロスリバー代表の越川慎司氏は、謝罪を新たなビジネスの契機へとすることに成功してきた。いわば、マイナスをプラスに転じてきたわけだが、そこにはどのような秘密があったのだろうか。

本連載では、これまでに約600件もの謝罪をしてきた「謝罪のプロ」の謝罪におけるマナーや極意を紹介していく。最終回のテーマは「謝罪後のフォロー」だ。

  • クロスリバーの代表取締役社長の越川慎司氏

取引先に「できない」と言う勇気を持つ

――最初の謝罪を終えた後は、どのような行動をすべきでしょうか

謝罪の目的は「取引先の信頼を回復すること」と「自分が幸せになること」です。その目的は、決して1回では果たすことができません。最低3回はお訪ねする覚悟が必要だと思います。初回は誠意と再発防止策を見せる。2回目は約束した再発防止策ができているかを報告する。ここでトラブルはほぼ解決している状態になります。その後の3回目は「これからどうしていくか」という建設的な話をする場ですね。菓子折などはここで初めてお持ちするものだと思います。トラブルが解決して、「ご迷惑をおかけしてしまいましたが、これからも一緒にやっていきましょう」という気持ちの証としての手土産ですね。そういうことを言えるのも3回目からです。

――菓子折も、謝罪のために持っていくのではなく、労いと誓いのために持っていくんですね

そうです。お相手がどういう物ならば喜ぶのかをしっかり考えてお渡しすべきだと思います。トラブルによって発生した作業に奔走してくれた取引先担当者のそれぞれに行きわたるように個包装になっているものがいいのか、ご迷惑をおかけした相手のご家族にも喜ばれるものがいいのかなどを分析して選ぶと良いでしょう。

――今後のお付き合いなどを考えて行く中で、謝罪をした側が取引先から無理な提案や自社に不利益な契約を迫られるケースもあると思いますが、そのような事態への心構えなどはありますか

謝罪の目的に「自分が幸せになること」を入れている理由はそこにあるんですが、取引先の言うことがすべてではないんですね。取引先は勢いで「二度とトラブルは起こすなよ! 」などと言ってくるでしょう。ですが、その場をやり過ごすために、できないことを「できる」と言ってしまうことは、個人にとっても会社にとっても不幸です。一度信頼を失っていますから、もう二度と信頼を失うような事態は避けなければなりません。

そのためにも、勇気を持って「できる約束をすること」も必要です。経験上、大きな契約の取引先担当者には「できないことを『できない』と言ってくれたことが素晴らしい」と言っていただきました。感情のぶつかり合いで厳しい状況であっても、できることとできないことをしっかりと説明できることが、結果として評価していただけるのだと思います。

「謝罪の極意」とは

――トラブル発生後だけではなく、未然に防ぐことにもつながるかと思いますが、会社や組織の体制をどのように見直していくとよいでしょうか

トラブルの多くは非常に複雑なので、一人では解決できません。謝罪担当者の能力としては、人を巻き込む能力やコミュニケーション能力が必要でしょう。組織の中で自分がトラブルを解決したいと考えたとき、全然関係がない製品担当や顧客サポート担当の人たちを案件に巻き込みたいと考えたら、その人たちにも何らかのメリットがあるような形にしないといけないんですね。対応してくれたらきちんと感謝をして、それを評価対象にできるような仕組みを組織として作っておくといいですね。

そして、トラブルがないときの人間関係の構築がいかにできているかが大切だと思います。自分がマイクロソフトで謝罪担当だったときは、あえて自分とあまり関わりのない部署の人とランチに行くようにしていました。

――普段接点があまりない人とも積極的に関わっておくことが大切なんですね

やっぱり、メールでしかやり取りしたことのない人と実際に会ったことのある人では、協力への度合いが違いますよね。情報の共有や伝達にはチャットやクラウドは便利ですが、実際に会うのも大事なこと。普段はどうしても仲のいい人たちだけで集まってしまいがちですが、社内ではいろんな人とコミュニケ―ションを取ることが重要です。

――その姿勢は取引先に対しても当てはまりそうですね

そうですね。普段からそういうコミュニケーションができていれば、トラブル時に情報提供をしてくれるなど、協力してくれる場合はあります。何もないときに取引先にフラッと行くと「今日はどうしたの? 何かトラブルがあった? 」などと言われてしまうこともあるんですが、「トラブルが起きて一段落した後、順調かどうか気になったのでふらりと来てしまいました」と伝えると、気にかけてくれてありがたいと思っていただけたりしました。そういうやりとりが意外と次の契約につながることもあるのです。

ただ注意したいのは、トラブルが起きた際に怒りが大きくなる相手というのは、近しい関係の相手なんです。信用していたのに裏切られた、という気持ちですね。経験上、一番怒りが大きかった相手は、関係性の近い取引先なんですよ。そこは頭に入れて油断しない方がいいですね。

――そういうケースもあるんですね

トラブル後の関係で意外だったのは、例えばA社でトラブルがあって解決した後、B社でもトラブルが発生したとします。そしたら、A社の方が「助けてあげようか? 」と声をかけてくださるんですよ。それで、B社にA社の方も一緒に訪問に来てくださって、「A社でトラブルがあったときは、こう対応してくれて、むしろ社員に喜ばれるような結果になった」という感じでお話してくださったんですね。第三者的な立場でA社の方がそのようにB社の方にお話ししてくださったのは、ありがたかったですね。

――謝罪をきっかけにポジティブな仲間が増えていくというのは、つらい状況の中での希望になりそうですね。最後に、越川さんにとっての「謝罪の極意」とは何かをお訪ねしたいと思います

「謝罪の極意」とは、「伝わるコミュニケーション術を身につけて、人を動かすこと」です。プレゼン資料にしろ書類にしろ、作ることが目的ではなくて、それを使って提案する相手に理解してもらい、相手を思い通りに動かすためのものがコミュニケーションなのです。「思い通りに動かす」というと洗脳みたいに聞こえますが、怒りを理解に変えるというのはそういうことですよね。一方通行の「伝える」ではなく、双方向の「伝わる」コミュニケーションを取ることで、したい方向に持っていくことが謝罪の極意だと思います。

越川慎司

国内大手通信、外資系通信に勤務、ITベンチャーを経て、2005年にマイクロソフト米国本社に入社。のちに日本マイクロソフトで業務執行役員を務め、2017年にクロスリバーを設立。528社の働き方改革を支援し、現在は週休3日で16万人の働き方をスイッチしている。

新刊『謝罪の極意』

マイクロソフトという大企業で品質担当の業務執行役員を務めた経験を持つ筆者が、過去の自身の経験を元に、より実践的かつ戦略的な謝罪術をわかりやすく解説。新入社員から幹部社員まで、本当に役立つ謝罪の極意を指南する実用書。小学館より上梓されており、価格は税別1,300円。