仕事にミスはつきものだ。ささいなミスならまだしも、非常にインパクトの大きい過ちを犯してしまった場合、上司や取引先に対してどのように迅速かつ誠実に謝罪するかがビジネスパーソンにとって重要となることは、自明の理と言えよう。
自らの非を詫びる謝罪にはネガティブなイメージがつきまとい、多くの人が嫌がることの一つと言える。だが、マイクロソフトで執行役員を務めたキャリアを持つクロスリバー代表の越川慎司氏は、謝罪を新たなビジネスの契機へとすることに成功してきた。いわば、マイナスをプラスに転じてきたわけだが、そこにはどのような秘密があったのだろうか。
本連載では、これまでに約600件もの謝罪をしてきた「謝罪のプロ」の謝罪におけるマナーや極意を紹介していく。今回のテーマは「謝罪までの準備」だ。
対会社だけではなく、対個人への謝罪も
――トラブル発生後の初動対応を終えて、実際に取引先に伺って謝罪をする場面になった際、準備すべきことはなんでしょうか
謝罪訪問に行く場合には、「誠意」と「再発防止策」を持っていくことになります。そのために何が必要かを考えていくとよいでしょう。決して「謝罪に行くこと」や「頭を下げること」が目的ではありません。正しい目的から、そのための手段を考えて行くことですね。
そう考えると、謝罪にあたり必要になってくるのは取引先の情報だと思います。謝罪する相手に具体的にどういう被害が起きていて、今どういう状況にあるのか。取引先を担当している営業部署の社員などを駆使して、あらゆる情報を集めることです。
――あらゆる情報ですか
そうですね。例えばクラウドサービスが止まってしまったら、取引先から普段やり取りしている営業担当者が怒鳴られるわけですが、その対応にあたるエンジニアらは自分が何かしでかしたわけではないのに、怒号をぶつけられながら徹夜で対応するわけです。
謝罪をするにあたっては「共感」と「労い」をしなければなりません。ですから、時には取引先担当者の家族構成まで調べますね。我々が起こしたトラブルのせいでその方の土日が潰れて、お子様との時間が失われたり、家族の時間が無くなったことで奥様に怒られたりしているかもしれませんから。
トラブルが起きたことに対する謝罪と、それによって関係者の皆様やそのご家族の方にもご迷惑をおかけしてしまったということへの謝罪も考えなければなりません。謝罪をする相手は、会社だけではなくて個人も含まれますからね。
――会社でのトラブルは「会社」対「会社」という付き合いの中での損害についてばかり考えがちですが、対応に奔走した個人のことも慮るということですね
そうですね。ですから、いかに多く情報を集めるかが重要になります。謝罪の当日のギリギリまで情報を集めたいので、謝罪に行くチームで1時間ほど前に訪問先の近くにあるファミレスで集まって、情報をシェアしていますね。
謝罪の場での無理な要求への対処法
――謝罪の場では、もしかしたら無理な要求をされてしまうかもしれませんが、そのような場合はどのようにされていましたか
起きてしまったトラブルの再発防止策を考える際、起こした側である私たちがコントロールできるものとできないものがあるんですね。そこをしっかり区分けをして事前に備えておくことが大切です。コントロールできないことを「できる」と軽はずみに約束してしまうことは、取引先にとってもよくありません。ですから、苦しいながらも「絶対にもう問題は起こしません」とは言ってはいけないのです。
「できる」「できない」の線引きがあいまいだとプレッシャーも大きくなってくるので、「できないものはできない」という部分をしっかりと認識しておくことが必要ですね。できることの中から再発防止策を講じることが重要です。その方が取引先にとっても現実的ですし、謝罪に向かう個人にとっても余計なストレスがかからず心が折れにくくなります。
――謝罪でくじけない対策のためにも、その線引きが重要になるんですね
僕は幸運にもくじけずにやってこられましたが、くじけそうな人をたくさん見てきました。同行する人に対して、「心が折れてしまうようだったら来なくてもいい」と僕は思っていましたね。謝罪によって心を病んでしまうのは避けたかったのです。なぜなら謝罪訪問の目的は「自分の幸せ」を確保することでもありますから。
――トラブル対応の間は、どうしてもずっとストレスがかかり続けるわけですが、心が折れないためにどのような工夫をされていましたか
一番不安なのが「見えない」ことなんですね。謝罪訪問をしたら、どんなことが起こるのかが「見えない」ことが怖いんです。「わからない」と同義と考えてもいいです。
だから、まずちゃんと謝罪の場がおぼろげながらも「見える」ようにしていました。「ボールペンやコーヒーが飛んでくることもあるからね」などと、同行するメンバーには事前にちゃんと伝えていました。ペンが飛んでくることを頭に入れておいた方が、サプライズは少なく心的ストレスも低くなるのです。
――そう聞いてしまうと、私ならより怖くなってしまいそうです……
だから、その先もきちんと伝えるようにしていますね。感情を出す取引先の方と出さない取引先の方がいて、後者の方が苦労するんです。謝罪訪問は3回ほど行くのですが、だいたい初回で感情的になられた取引先は、2回目の訪問はメチャクチャ優しいんですよ。「だから大丈夫、しっかり受け止めよう」と話しますね。
これまでに約600件の謝罪訪問をしましたが、結果的に取り引きが停止しまったケース1件しかなくて、反対に契約を増やしてくれた取引先は約30%もいた……という情報を同行するメンバーに教えたら、メンバーたちも「頑張ろう」と思えますからね。
――謝罪はネガティブなことに目が行きがちですが、その先のポジティブな面も見せてあげることで心が折れないようになるんですね
トラブルを起こして失意の底にいる担当者を暗闇から救い出すことができるのはもちろん取引先ですが、同行する私たちにも可能なんです。謝罪は「習うより慣れよ」の部分も大きいのですが、できるだけ恐怖を少なくしてあげるためにも、いろいろなものを見えるようにしておくことが大事なのではないでしょうか。
社内で誰も謝罪には行きたがらないですよね? だから、謝罪が無事に済んで問題が解決しようものなら、会社に戻ったら皆が大拍手で迎えてくれ、もうヒーローなんですよ(笑) そういう姿を周囲に見せられると、次に別のトラブルが発生したときは周りが全力で支えてくれるんです。いいことも悪いことも、きちんとシェアして分かち合う。そういう人間関係の構築も大事だと思いますね。
越川慎司
国内大手通信、外資系通信に勤務、ITベンチャーを経て、2005年にマイクロソフト米国本社に入社。のちに日本マイクロソフトで業務執行役員を務め、2017年にクロスリバーを設立。528社の働き方改革を支援し、現在は週休3日で16万人の働き方をスイッチしている。
新刊『謝罪の極意』
マイクロソフトという大企業で品質担当の業務執行役員を務めた経験を持つ筆者が、過去の自身の経験を元に、より実践的かつ戦略的な謝罪術をわかりやすく解説。新入社員から幹部社員まで、本当に役立つ謝罪の極意を指南する実用書。小学館より上梓されており、価格は税別1,300円。