1台のプジョー403から始まった、ヴァンセンヌの第一日曜日|40年目の冬空

もう20年以上前、まだ日本に住んでいた頃の話だ。パリを頻繁に訪れていたその頃、ヴァンセンヌ城の前には毎週金曜日の夜になるとバイクが集まってきた。誰が呼びかけたわけでもない。エンジンの音に誘われるように1台、また1台と増え、城の前はいつしかバイク好きのたまり場になっていた。けれどその集まりは長くは続かなかった。騒音が問題になり、気がつけば跡形もなく消えていた。

【画像】フランス・ヴァンセンヌ城の前に集まるクラシックカーたち(写真31点)

パリの東の守りとして築かれたこの城は、それ以来、僕にとってバイクや車と結びついた城として記憶に残ることになる。そして同じ城の前で、40年にわたり途切れることなく続いてきた集まりがある。ヴァンセンヌ・アン・ナンシエンヌ(ヴァンセンヌ旧車会:Vincennes en Anciennes)が主催する、毎月第一日曜日の定例ミーティングだ。自然に生まれた集まりが静かに消えていくのを見ていたからこそ、40年という数字の重さがよくわかる。

1台のプジョー403から

始まりは1台のプジョー403だった。現在の名誉会長ミシェル・ルモワンヌは403の愛好家で、同じ車のオーナーと知り合い、そこからさらにもう1人の403好きを紹介された。1985年、彼らは403カブリオレのクラブを立ち上げ、毎月第一日曜日に集まるようになる。やがてイル=ド=フランスの旧車クラブにも声をかけようと思い立ち、LVAやAuto Rétroといった専門誌に告知を出した。条件は25年以上前の車であること。こうして1986年12月、ヴァンセンヌ城のエスプラナード・サン=ルイで最初の集まりが開かれた。並んだのは30台ほどだったという。この日も、白とゴールドの403カブリオレが2台、原点を確かめるように城の前に並んでいた。

「責任者を立てなさい」

それから12年、この集まりには主催者がいなかった。告知を見た者、噂を聞いた者が、第一日曜日の朝に思い思いに集まってくる。言ってみれば、あの金曜夜のバイクと同じ自然発生の集会だった。ところが台数は口コミで膨らみ続け、ついにパリ警視庁が動く。ヴァンセンヌの森も城も警視庁の管轄だ。何かあったときに話のできる責任者を立てること、そして保険に入ること。ルモワンヌ兄弟に突きつけられたのは、解散ではなく組織化の要求だった。

1998年11月20日、兄ジャック・ルモワンヌを初代会長として協会が正式に発足する。警視庁の許可を取り付けたのは、仲間から「カナール(鴨)」と呼ばれていたパトリック・ドゥヴクー。発足時の会員は180人だった。

その後も道のりは平坦ではない。2004年には、パリ市の環境政策の影響で城前での開催が隔月に制限された時期もある。それでも主催者は市や行政との話し合いを重ね、現在は城を管理する国防歴史局(SHD)と有償の協定を結んで、毎月の開催を守り続けている。騒音で消えたバイクの集会と、40年続いた旧車の集会。その差は、こうした地道な交渉の積み重ねにある。

パリ横断という発明

協会が生んだもうひとつの名物が、年に2回のトラヴェルセ・ド・パリ(パリ横断)だ。冬の部は2000年1月、夏の部は2007年8月に始まった。早朝のヴァンセンヌ城を出発し、乗用車もバイクも、軍用車もトラクターも自転車も入り混じってパリの名所を巡る。町を旧車で横断するというこの発想は、その後フランス各地の都市へ広がっていった。

僕が初めてパリ横断を撮ったのは、いまは会長を務めるティエリー・ブリエのシトロエン5CVトレフルに乗せてもらったときだった。100年前の速度で流れていくパリの街並みを、夢中で追いかけた。それ以来、DSの助手席や後席からファインダーを覗く冬と夏を重ねてきた。30台から始まった集まりは、いまや会員1100人を超える、フランス最大のマルチブランド旧車クラブになった。

40年目の第一日曜日

11月1日。ピリピリと肌をさす冬の空気の中、エスプラナードはいつもより早くから埋まり始めた。前の晩はハロウィン、そしてこの日はトゥッサン(諸聖人の日)。フランスの人々が花を抱えて墓地を訪れる祝日の朝に、40年目の第一日曜日が重なった。

いつもと違うのは台数だけではない。普段は昼で終わる集まりが午後4時まで延長され、会員には記念プレートが配られ、アペリティフが振る舞われる。MCの声が広場に響き、4人編成の楽団が第二次大戦のジープの荷台に陣取って、ディキシーランドを奏でながら会場をゆっくりと巡っていく。いつもは隅に集まっているバイクたちも、この日ばかりは一段高い”お立ち台”に並べられた。100歳を迎えた車たちも顔をそろえ、その中には、僕のパリ横断の始まりとなったあのトレフルの姿もあった。

それでも、広場の本質は変わらない。入口では受付役のミレーヌが1台1台を笑顔で迎え、クラブの役員リシャールは、モロッコの砂漠を走り切った自慢の4Lでやって来る。ボンネットを開けて愛車自慢が始まったかと思えば、手のひらに小さな部品を載せての即席の修理相談だったりもする。工具を貸し、部品を分け合い、知恵を出し合う。この広場は展示の場であると同時に、互いに支え合う整備工場でもある。

午後の陽が傾くと、冬の低い光が城の塔に斜めに差し込み、クロームの縁を淡く光らせる。40年前に30台の車が並んだのと同じ石畳の上で、エンジンが1台ずつ目を覚まし、それぞれの家路へと散っていく。来月の第一日曜日も、この城はきっと同じ音で朝を迎える。

Vincennes en Anciennes(ヴァンセンヌ・アン・ナンシエンヌ)

定例ミーティング:毎月第一日曜日(原則)午前中、ヴァンセンヌ城 エスプラナード・サン=ルイ(Avenue de Paris, 94300 Vincennes)

https://www.vincennesenanciennes.com

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI