笑顔あふれるフランス車の集い「アロンフランセ2026」開催|今年はルノースポールスピダーに注目!

毎年、長野県茅野市の車山高原で開催されているフランス車の祭典、アロンフランセが今年も10月18日に開催された。

【画像】およそ700台のフランス車が来場!ルノースポールスピダーは30台以上が集まった(写真12点)

今年のフィーチャーはルノースポールスピダー

アロンフランセと聞いてもピンと来ないかもしれないが、フレンチブルーミーティングといえばお分かりいただけるだろう。休止してしまったフレンチブルーミーティングの思いを受け継いだのがアロンフランセだ。これまでと変わらずボランティアスタッフが事務局として様々な準備や手続き等を行い、今回で4回目を迎えた。

日焼けするほど好天の車山高原一帯はフランス車で埋め尽くされ、その数約700台。事前にエントリーした車両のみが入場可能で、その申し込みもあっという間に定員に達したそうなので、その人気のほどがうかがえる。

さて、アロンフランセでは初回から周年車をフィーチャーして来ており、これまでもルノー 8 ゴルディーニ 60周年、シトロエン ID / DS 生誕70周年などがあり、それぞれの車にちなんだゲストとともにトークショーが行われてきた。今年はルノースポールスピダー30周年ということで、30台以上のスピダーが集合。その開発や輸入に大きく貢献した藤井照久さんを招き、当時のエピソードなどが語られ大いに盛り上がった。非常に貴重な話なので以下にまとめてみたい。

スピダーが生まれたわけ

Sifoの藤井さんといえば車好きの多くの方はご存じだろう。1986年にホンダに入社したものの暫くして退社。その頃からルノーの車作りに魅せられクリオウィリアムズなどの輸入に携わるとともにルノースポールやアルピーヌと縁の深い方である。

スピダーはルノーが長年続けて来たワンメイクレース用のマシンを公道用に仕立てたものだ。1992年、それまでホンダがフォーミュラ1を席巻していたが、その勝利をもぎ取ったのがルノーだった。そこから1997年までコンストラクターズチャンピオンを獲得する。その時の監督で、ルノースポールのゼネラルディレクターだったクリスチャン・コンツェン氏が企画。

その発端を藤井さんは次のように語る。「ルノーは1960年代からワンメイクレースを開催しており、その世界ではルノーが最も長い歴史を誇っていました。けれども、バブルの時に日産がザウルスという、スピダーに似ているワンメイクレース専用の車を作ったんです。それを見たクリスチャン・コンツェン氏は、出し抜かれたなという気持ちだったそうです」と述べ、これがきっかけでスピダーの開発が始まったとのこと。

藤井さんがルノースポールの門をたたいたのは1994年。ルーテシアのパーツが欲しくて再訪。実はホンダ入社直前にも一度訪れていたが、敵であるホンダの人間に中を見せてくれるわけもなく門前払いだったが、今度は無事に訪問が叶った。

そのときにはスピダーの計画がすでに始まっており、そこでの課題はワンメイクレース用だけでなく、市販も視野に入れたい、そうすることで必要な投資を回収しようというものだった。そうすると台数を稼げるマーケットが必要になる。そこで日本に白羽の矢が立ったのだ。「当時の日本は、グループAのラリーカーのホモロゲーションが2500台に対して、1万台も2万台も売れる市場で、そういった国は日本しかなかったんです。同時に日本車がグループAでラリーを席巻もしていたので、ヨーロッパのメーカーとしてはじくじたる思いがあったみたいですね。そのうえワンメイクレースも出し抜かれちゃったので、なんとか上層部を説得して企画を立ち上げたということなんです」と当時を振り返る。

そのタイミングで藤井さんが訪れたことから、「僕からいろいろ情報を得て、これをぜひ日本で売りたいと企画がどんどん進行していったんです」と述べた。

藤井さんはもともとアルピーヌA110に魅力を感じていた。「アルピーヌの工場といえばディエップです。ここは少量生産ができるので、ワンメイクレース用の工場に変わっていきました。その流れでスピダーもディエップの工場で作られたんです。つまり僕にとっては名前こそ変わりましたけれど、新しいアルピーヌという位置付けになるんです。この車でGT選手権にも出ましたし、そういう思い入れのある車なんです」とコメントした。

1995年のジュネーブモーターショーで発表されたルノースポールスピダーはその翌年から市販開始し、1736台生産された。その最大の特徴は、空力の最適化のために、ソットヴァンと呼ばれるフロントスクリーンのない仕様が挙げられる。リアミッドに搭載されるエンジンはクリオウィリアムズと同じ150馬力を発揮する4気筒16バルブエンジンで、アルミ製のシャシーが奢られた。また、軽量化のためにパワーステアリングや、ABS、ヒーターといった装備を省き車重は930kgに抑えられた。藤井さんによると、「目標は790kg」だったとのことなので少々目標よりはオーバーしたようだ。

そしてスピダーのワンメイクレース用のトロフィーは、ロールケージを備え180馬力のエンジンを搭載され90台が生産された。こちらも「700kgの予定が790kgになった」と藤井さん。

また藤井さんによると、「アルピーヌA610の足回りなどのパーツをふんだんに使われていますし、A610のホイールが最初は標準でついていたんです」とのことだった。

また、トークショーの中で、藤井さんからクリスチャン・コンツェン氏のメッセージが代読され、コンツェン氏はスピダーについて、「ドライビングの喜びのために設計された車、ミニマルなスタイルがスピダーを、時代を超えた存在にしています」と述べていた。

新旧分け隔てなく

そのアロンフランセの会場の一角には新旧アルピーヌがずらっと並ぶ姿も見ることができた。ちょうどWECが開催された折に、現アルピーヌCEOのフィリップ・クリエフ氏が来日し、A290を年内に日本で発売予定だとコメントしており、これからの盛り上がりが期待できそうだ。

そのほかにもRRのルノーが3台並んでいたり、なかなか見ることができないシムカも今回は8台もそろい、しかもラリーだけでなくクーペやセダンも現れたのには驚いた。

早朝から続々と集まって来るフランス車を眺めていると、なぜか心が温かくなってくる。それは何だろうと考えていてふと気づいたのは、そのドライバーや同乗者が笑顔で楽しそうに来場しているのだ。それは古いシトロエン2CVやDSだけでなく、新しいプジョーリフターやルノールーテシアであっても同じで、皆がフランス車が好きで、このイベントを愛していることが伝わってくるのである。この雰囲気が未来永劫続くことを願わずにはいられない。

文:内田俊一 写真:内田俊一、内田千鶴子

Words: Shunichi UCHIDA Photography: Shunichi UCHIDA, Chizuko UCHIDA