野方文化マーケットの一角で、“一国一城の主”のように、ゼロから始める覚悟を持ち、日々を生きる登場人物たち。井手上自身も今から2年ほど前、「他者を介在させた幸せは、すぐに期限が切れる」という言葉と出合ったことで、覚悟を持って自身を取り巻く環境を改めて見つめ直した結果、人生が上向きになってきたのだそう。
「自分のテリトリーに何のこだわりを持たずに生きてきちゃったな……と気付いてから、生活の質にすごくこだわるようになったんです。それ以前の私は、自分の環境自体に大きく左右されると思っていたから、友達とか恋人とか、自分以外の誰かに、すごくこだわっていた。それこそ、友達はちゃんといい人を選ぼうとか、パートナーも誠実な人を選ぼうとか。自分の幸せに、他者を介在させてしまっていたんです」
「当時の私は、夜になると理由もなく心が沈んでしまって、孤独に襲われることも多かった。でも、“他者を介在させた幸せは、すぐに期限が切れる”という言葉に触れた時、やっと不安の正体が分かりました。これからは“他人軸”ではなく、“自分軸”で生きようと、生活の質を見直すことにしたんです。たとえば、家に神棚を作って毎日祈るようにしたら、心がクリアになったし、睡眠の質を上げようと、ベッド周りをいいものでそろえたことで、“よく眠れるだけで、こんなにも1日ハッピーにいられて、人にも優しくなれるんだ!”と発見したり。この1~2年で自分の生活を心地よく整えたことで、すごくいい方向に変わった気がします」
「ギブ&テイク」ではなく「ギブ&ギブ」 見返りを求めない優しさの正体
ナレーションを読み進めながら、井手上は「cafe bar fulari」の常連で、「ギブ&ギブ」の精神を説く早川さんの考え方に、強く共鳴したという。
「早川さんと同じか分かりませんが、早川さんの言う“ギブ&ギブ”という定義は、私自身も持っているんです。一般的には"ギブ&テイク"ですけど、“テイク”というのは、見返りを求めるものじゃなく、感じるものじゃないですか。人間関係も植物と一緒で。こちらは水を与えるだけで、あちらは勝手に育っていく。そして2年後、思い返せばすごく大きくなった植物を見て、愛着が湧く。植物からは別に何も与えられてはないんだけど、その成長を感じてこちらの心が温かくなる。要は、こちらの受け取り方次第だと思うんですよね。きっと、早川さんはちゃんと“感じられる心”をお持ちだから、様々な状況でも豊かでいられるんだろうなと思いました」
“井手上流”の夢をかなえる秘けつ
派遣社員として働く傍ら、レトロ雑貨店を45歳でオープンしたあやさんが、店の2階をアトリエとして借りるアーティストの矛さんと交わす前向きな会話にも、勇気づけられたという。
「私自身も、あやさんと矛さんみたいに、お互いを高め合えるような会話ができる人を、大事にしたいと思っているんです。というのも、周りの親しい人たちと“こうなれるよ、大丈夫だよ”と高め合えた会話は、これまで全部かなってきたんですよ」
そう語るように、念願だった初出演映画『呪いのスマホ』の公開も控えている井手上。夢をかなえる秘けつをこう明かす。
「マネージャーとも15歳からずっと共に歩んできた家族みたいな関係なんですけど、“こうなりたい”とか“こうなってほしい”という言葉は、あまり使わないようにしているんです。“こうなってほしい”ということは、“今はまだこうなっていない”というのを認めることになるので。だから私たちは“絶対こうなるから”と言い切ったり、“こういう仕事をするために、今はこうしなきゃね”、“そうしていれば、ちゃんとそうなってるから大丈夫だよ”という言葉を交わしたりしてるんです」
「ギブ&ギブ」の精神でわかちあいながら生きる「野方文化マーケット」の人々に、「昔はコンプレックスだったけど、自身でボイストレーニングを行い、3年かけて作った」という“唯一無二の声”で優しく寄り添いながら、井手上も大いに刺激を受けた様子だった。
●井手上漠
2003年1月20日生まれ、島根県隠岐郡海士町出身。18年に「第31回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」でDDセルフプロデュース賞を受賞し注目を集める。モデル、タレントとしてテレビや雑誌などで幅広く活動し、21年にはフォトエッセイ『normal?―普通って何?―』を出版。22年にはジェンダーレスファッションブランド「BAAKU」をプロデュースし、25年には美容本『自信がつく美容、美容でつく自信』を刊行した。11月13日全国公開、映画『呪いのスマホ』では篠宮かおる役を演じる。
