日本有数の観光地でありながらも、通過型観光による一人当たりの観光消費額の低さに悩む奈良県。奈良県観光局はこの課題の解決に向け、NTT西日本グループとともに観光DXを推し進めている。具体例として、観光データポータルサイト「みるなら」と、生成AIを活用した観光プロモーションがある。
奈良県の観光消費額が低迷する理由
1300年以上の歴史と数多くの歴史遺産を持つ奈良県は、年間約4,400万人が訪れる一大観光地だ。インバウンド訪問者数も約370万人で、2025年には全国7位となっている。
一方、宿泊観光客は約316万人で、うちインバウンドは約50万人と全国28位。一人当たりの消費額も9,894円と、全国的に低い水準にある。(出典:観光庁「宿泊旅行統計調査」および「インバウンド消費動向調査」)
観光客が奈良公園周辺に集中し、飛鳥や吉野などへの周遊や宿泊につながっていないことが課題だ。奈良県観光局はNTT西日本奈良支店、地域創生Coデザイン研究所と連携し、観光DXによる“通過型観光”から“周遊型観光”への転換を目指している。
観光DXの促進で「稼ぐ」「守る」「繋ぐ」を目指す
「奈良県の観光課題は『安い』『浅い』『狭い』という3つのキーワードで表すことができます」(栗田氏)
奈良県観光局長の栗田晃治氏によると、「安い」は観光消費額の低さ、「浅い」は滞在時間の短さ、「狭い」は観光客が奈良公園周辺に集中している状況を指す。
「課題の克服には、『稼ぐ』『守る』『繋ぐ』の実現が必要です。観光消費額を高め、文化財や景観を守りながら、市町村の横連携を強化する。『繋ぐ』には、次世代へつなぐという意味も込めています」(栗田氏)
この「稼ぐ」「守る」「繋ぐ」の実現の先に、奈良観光の形を日帰りの「通過型」から宿泊・滞在を伴う「周遊型」へ変革することを見据えている。
奈良県観光局は、2026年2月に「観光政策パッケージ2026」を策定しており、具体策として4つの柱を挙げている。『持続可能な観光の推進』『広域周遊観光の促進』『宿泊観光と消費の拡大』、そして『観光DXの推進』だ。
市町村や観光関連事業者のためのポータルサイト「みるなら」
3者が構築した奈良県観光データポータルサイト「みるなら」は、市町村や観光事業者のマーケティングを支援するツールだ。
「これまで、奈良県の観光統計はいろいろな所に分散していました。また統計があっても、市町村によっては、データを分析・活用するためのノウハウや人材が十分でないという課題もありました。ならば奈良県がポータルサイトを作りましょうと立ち上げたのが『みるなら』です」(栗田氏)
「みるなら」では、公的統計や人流、決済、交通、周遊などのデータをダッシュボードで確認できる。今年度は、AIを活用して必要なデータを探せる機能も追加する予定だ。
ある宿泊施設では、周辺を訪れる外国人と自施設の宿泊客の国籍構成を比較。外国人旅行者への訴求余地を見いだし、プロモーション強化につなげたという。
「とはいえ、データは1年、2年とたつうちに、継続的な更新が必要になります。その辺りは奈良県も投資できる範囲でがんばっていきたいと思います」(栗田氏)
一方、人流データなどの推計値を実数と捉えないよう、勉強会を通じて正しい読み方を広めることも重要だ。
グッドデザイン賞で評価されたポイントは?
この「みるなら」を設計・構築したのが地域創生Coデザイン研究所だ。同所は地域創生のコンサルティング会社として設立され、NTT西日本グループの知見を活かして課題探索から社会実装まで一気通貫で担うことが大きな特徴となっている。
地域創生Coデザイン研究所 代表取締役所長の横井幸博氏は、その工夫したポイントを3点挙げる。
1点目は、実用性の高いデータを厳選し、“一目でわかる”ダッシュボードで提供したことだ。2点目は、利用者の課題を起点としたUI・UX設計。2022年度から奈良県や関係者へのヒアリングを重ね、具体的な利用場面を設計に反映した。3点目は、公開後の伴走支援。約140名が参加する説明会・勉強会や問い合わせ窓口を設け、活用を支援している。
また横井氏は、デジタルツールの整備だけでなく、現地でのアンケート調査や、外国人旅行者への直接インタビューといったアナログな調査活動も並行して実施したことを補足。「地道な取り組みの積み重ねがいまの成果につながっている」と話した。
「みるなら」は、こうした設計や伴走支援の仕組みが評価され、日本デザイン振興会が主催する2025年度グッドデザイン賞を受賞している。
「グッドデザイン賞では『UI・UX設計のみならず、操作説明会やフォローアップ窓口といった伴走支援の仕組みまでをデザインに含めている』と評価されました。UIやUXのデザインにとどまらず、説明会・勉強会・窓口対応といった“人が関わる営み全体”をデザインとして評価していただいたことは、関係者一同が喜んだポイントです」(横井氏)
生成AIを活用した観光プロモーションビデオ
「みるなら」の活用例が、天川村の観光プロモーションだ。同村は「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産や吉野熊野国立公園を擁し、データ分析から18時以降の来訪者が大きく減少していることが分かった。
「つまり、来訪された方の宿泊・滞在には繋がっておらず、日帰りで帰ってしまっているという課題も明らかになりました。天川村周辺にあるすばらしい温泉施設をアピールする取り組みを進めたら良いのではないか、ということで、生成AIを使った観光プロモーションビデオをNTT西日本グループと協働して作らせていただきました」(栗田氏)
限られた予算で動画を制作し、若年層にも訴求するため生成AIを活用した。20~30代女性を意識した動画は、約1.5万回再生されている。
この効果を受け、奈良県観光局とNTT西日本グループは、生成AIを使った観光プロモーション第2弾「旅するなら」を奈良県観光プロモーションのYouTubeチャンネルで公開した。
アニメ調の「旅するなら」では、県内各地を南から北へ周遊する旅を描いた。その背景には、奈良県は歴史的な背景からも、南から北へ周遊することに魅力があるという、NTT西日本グループの担当者の思いがあった。
「天川村さんの取り組みで生成AI活用の手応えはありました。それでも、第2弾として『旅するなら』を全編アニメーションで制作することは、先駆的な挑戦だったと思います。生成AIを活用する上では、著作権への配慮が重要なポイントになりますので、そのあたりは最大限配慮しながら制作を進めました」(横井氏)
「動画コンテンツをSNSに載せるといっても、毎日星の数ほどの動画がアップされていくなかで目に留めてもらうというのは、勝負事でもあります。新しい取り組みに予算を投じる判断が難しいという自治体側の悩みもあると思います。有用性の検証はまだ道半ばですけれども、自治体さまの背中を押す一助になればと考えています」(横井氏)
観光産業は「外需を取り込む輸出産業」
「稼ぐ」「守る」「繋ぐ」をキーワードに観光DXを進める奈良県。すでにさまざまな施策を行っているが、今後どのように発展させていく予定なのだろうか。
「奈良県の人口は、2026年8月1日現在の1,265,337人から、2050年には95万人まで減少し、それに伴う域内消費の減少も予測されています。観光を『外需を取り込む輸出産業』と位置づけ、データに基づく観光行政を進めるためにも、基盤となる観光DXを磨いていきたいです」(栗田氏)
「今年度は『みるなら』にAI機能を実装する計画です。説明会や問い合わせ窓口に加え、AIによる自動応答も進めることで、持続可能な観光地域づくりに貢献できればと考えています」(横井氏)
また、NTT西日本 奈良支店の支店長を務める仲山久美氏は、オーバーツーリズムや地域住民との共存という課題に向き合いながら、奈良県や各市町村と観光ルートの議論を進めていると語る。
「人口減少が進む奈良県にとって、観光は地域経営の重要な柱です。現在、県と共同で奈良の南北を結ぶ観光ルートの整備を進めています。『施策は大胆に、地域への配慮は丁寧に』という二軸の両立が、観光DX成功のカギだと考えています」(仲山氏)
奈良県の世界遺産は全国最多の4件
奈良県には、「古都奈良の文化財」や2026年7月に登録された「飛鳥・藤原の宮都」など、全国最多の4件の世界遺産がある。大河ドラマ「豊臣兄弟!」の舞台としても注目され、豊臣秀長ゆかりの郡山城などを訪れる人が増えているという。
栗田氏は「世界遺産を4つ持つ都道府県は奈良県だけであり、これらの遺産を、観光振興にさらに活かしていく必要がある」と強調。最後に奈良観光への熱い想いを述べた。
「奈良県は、文化・自然遺産の魅力の磨き上げや発信が、まだ十分ではない部分もあります。世界遺産登録や大河ドラマという大きな追い風がありますが、さらに訴求していく余地があると感じています。観光局として市町村・観光事業者と連携しながら、わかりやすいストーリーで奈良の価値を伝えていきたいと思います」(栗田氏)
これからの秋の行楽シーズン、奈良県の観光地は鮮やかな紅葉に包まれる。この秋は、まだ多くの人が注目していない奈良の魅力を発掘しにいくチャンスかもしれない。









