連載:アナログ時代のクルマたち|Vol. 84 エルヴァ Mk7

エルヴァという社名を聞き慣れない人は多いだろう。もし60年代にスロットカーで遊んだ経験の持ち主なら、その名はマクラーレン・エルヴァとして記憶にとどまっている人がいるかもしれない。

【画像】フランク・ニコラスが創業したエルヴァ社のレーシングスポーツモデル、Mk7(写真8点)

本題であるMk7に辿り着く前に、エルヴァについて話をしたい。創業者はフランク・ニコラスという。彼は1955年当時、イースト・サセックス州ベクスヒル・オン・シーのロンドン・ロードという場所で、小さなガレージを営んでいた。この地が後にエルヴァ・エンジニアリングへと発展するのである。当初は車の部品を開発製造していた。

その後、車の製造にコマを進めるのだが、オリジナルモデルは、近隣のヘイスティングスという場所で、マイク・チャップマンという男が製造していた、CSMというモデルをベースに独自の改造を加えたモデルだった。ニコラス自身がこれでヒルクライムなどに参戦して成果をあげると、需要はそれなりに高まった。こうして1955年、エルヴァと名付けられたモデルが世に出るのである。エルヴァMk1と名付けられたモデルは、その後年次改良が行われながら、1958年にはMk4にまで発展する。この頃、北米市場でエルヴァの販売を手掛けたのは、今やF1にも手を広げたアメリカのレーシングチーム、ハースを率いるカール・ハースであった。

イギリス・バックヤードビルダーの例に漏れず、ニコラスもロードカーの製作に手を染めた。ロードカーといっても、あくまでそれがレースにも使えることが前提だったが、1958年に制作されたクーリエの名を持つモデルは、小さな会社にとって拡張を迫られるに十分なオーダーを受けた。だが、アメリカの代理店(ハースではない)が、代金を支払わなかったことで、エルヴァは資金難に見舞われる。結局エルヴァ・エンジニアリングは清算の憂き目にあうのだが、したたかなフランク・ニコラスは、1961年に再びエルヴァ・カーズを立ち上げ、イースト・サセックス州ライに小規模な工場を建設し、そこからレーシングカーを生み出していったのである。

1965年には大規模な生産設備を持たないマクラーレンから同社の最新鋭マシン、M1の製作委託を受け、このマシンをエルヴァが生産したことから、マクラーレン・エルヴァの名がついた。もっとも正式にはM1と呼ばれる。

フランク・ニコラスはライの工場で、エポックなモデルを作り上げている。Mk7登場前夜のモデル、Mk6は、いわゆるレイダウンタイプと呼ばれる、超低重心モデルの先駆けともいえるモデルで、工場を作り上げた1961年末に完成、その年12月、ブランズハッチでデビューを飾った。そして1962年シーズンを通じて、大活躍したマシンである。しかもヨーロッパのみならず、アメリカでも活躍し、エルヴァの名を高めるのに大いに貢献したモデルだが、ライバルも黙ってはおらず、ロータスは1962年シーズンから23を投入してきた。当初はエルヴァMk6には及ばなかったものの、後半からはその実力を発揮して、エルヴァはMk6ではロータス23に勝てなくなっていた。こうして、対ロータス23対策ともいえるMk7が、1963年シーズンから投入された。1962年末には完成されていたMkは、ライバル、ロータス23にスタイルまで似ていた。

Mk7は、ライに工場が移って以降、最も多く生産されたレーシングスポーツモデルで、その構造自体はMk6を踏襲しているものの、ポルシェ製のエンジンを搭載する目的で、リアセクションを作り直している。

実はポルシェが、他のブランドにエンジンを供給するのは極めて稀なことだったそうで(例外はアバルトのみ)、ポルシェ自身もエルヴァMk7を2台購入している。そしてそのうちの1台には、2リッター空冷フラット8を搭載し、エドガー・バースのドライブで、1964年6月の南ドイツ・ロスフェルトで開催された、ヨーロッパ・ヒルクライム・チャンピオンシップ初戦を優勝で飾っているほか、1964年8月にスイスのシエール・モンタナ・クランで行われた最終戦では、ヘルベルト・ミュラーが優勝している。また、ポルシェはエルヴァ・ユーザーが4気筒ポルシェエンジンを搭載することを許可し、ポルシェエンジンでレース(ヒルクライムも)に出場したいユーザーに対し、エンジンを供給したそうだ。

もっとも、全部で69~71台が生産されたといわれるエルヴァMk7の多くのユーザーは、BMW製M10エンジンを搭載しており、他にはライバルのロータスツインカムを搭載したものもあった。

ロッソビアンコ博物館に収蔵されていたマシンは、残念ながらシャシーナンバーがわからず、フォードのエンジンを搭載しているということだけがわかっているが、それがクライマックス製なのか、あるいはロータスツインカムなのかはわかっていない。

文:中村孝仁 写真:T. Etoh