西新宿の超高層ビル群、その谷間に位置する「55HIROBA」。普段はオフィスワーカーが賑やかにランチを楽しむその場所が、夏の終わりの3日間だけ、狂気と熱狂が渦巻く“戦場”へと変貌する。
「新宿三井ビルディング会社対抗のど自慢大会」。話には聞いていた。「新宿のサマソニ」と呼ばれていることも、半世紀にわたって続く伝統行事であることも。だが、侮っていた。「とは言え、ひとつのビル内の恒例イベントでしょう」と。
-

「第49回 新宿三井ビルディング 会社対抗 のど自慢大会」が8月26日~28日に開催された。写真は株式会社アイキューブ・マーケティングのパフォーマンス『ニホンノミカタ -ネバダカラキマシタ-』(矢島美容室)
しかし8月28日、決勝のステージを間近で目撃した結果、そんな固定観念はあっさりと霧散。殴りたい。過去の自分を殴りたい。ステージにいたのは“コスプレ社会人”などではない。己のプライドと会社の威信を賭けた、本気の表現者たちだったのだから。
働く大人は遊びにも本気!「新宿三井ビルのど自慢大会」
「新宿三井ビルディング会社対抗のど自慢大会」は1975年から続く、新宿三井ビルディングの夏の伝統行事だ。参加できるのは同ビルに入居するテナント企業の社員やアルバイトスタッフたち。この大会に参加したいがために、わざわざこのビルに入居するテナント企業に転職した猛者もいると聞く。
今年は参加したのは55社88組。2日間の予選を勝ち抜いた精鋭20組だけが、3日目の決勝ステージへと駒を進める。特筆すべきは、3位以内に入賞するとその後5年間は出場できないという「殿堂入り」ルールだ。この仕組みが実力者の固定化を防ぎ、常に新たなスターを生み出す新陳代謝を促している。
テナント各社から集めたというシュレッダー紙の「紙吹雪」が豪快に舞い散る光景は、昭和の頃から続く本大会の伝統で、いまや西新宿の夏の風物詩となっている。……というか、シュレッダーにかけたプリントの残骸を紙吹雪に使うとは、今でいう立派なリユースではないか。司会者が「最近はペーパーレス化で、シュレッダー紙を集めるのも大変」と話していたほどだ。
現場で見てまず圧倒されたのは、出場者たちの本気度とクオリティの高さだ。東京ソフトウェア株式会社が披露した『まつり』(北島三郎)は『令和のIT』と掲げた手作り感あふれる小道具に、ド派手なねぶたメイク、そしてその振り切れたパフォーマンスは、会社員の余興の域を優に超えていた。
また、株式会社JTBの『残酷な天使のテーゼ』(高橋洋子)では、応援団も一体となった熱のこもった応援が会場全体を巻き込み、大きな盛り上がりに。この一体感も評価され、「応援賞」に輝いた。
個人的には、前半戦終盤に登場したパイオネット・ソフト株式会社の社員が歌う『Lemon』(米津玄師)に鳥肌が立った。
圧倒的に上手い。明らかに観客席もざわつき始めている。単に音程が正しいのではない。パフォーマンスこそシンプルだが、切なさを孕んだ歌声の説得力が、まさに米津さんを彷彿させるプロクオリティなのだ。
彼らを見ていて確信したのは、「働く大人たちは、本気で遊ばせてもすごいのだ」ということ。一見、コスプレをしながらおちゃらけているように見えるかもしれない。しかし、その裏側には徹底的なエネルギーがある。
衣装のディテール、ダンスのキレ、そして観客をいかに楽しませるかというサービス精神……。仕事で成果を出す人間が持つ、あの特有のバイブスが、このステージ上でも形を変えて炸裂しているのだ。
特にそれを感じさせたのが、株式会社テクニケーションシードの『HOT LIMIT』(T.M.Revolution)だ。
あの伝説の「黒テープ衣装」を完璧に再現した本気度には、会場から大きな歓声が上がった。コスプレが本気すぎる一方で、衣装からはお腹の肉がちゃっかり浮き出ているところに、働く大人ならではの貫禄を垣間見る。
もちろん、贅肉などではない。日々の接待、会食、そして「まあ一杯くらい」と断れなかった夜の数々が生んだ、サラリーマン人生の年輪。“黒テープ”の下に隠しきれなかったその腹には、働く男の生き様が詰まっているのだ。
この、リアルに働く大人だからこそ醸し出せる愛嬌が、かえってステージに人間味という深みを与えていた。働く男の知性と貫禄、そして少々の生活感。すべてが詰まったパフォーマンスには惜しみない拍手が送られ、見事に「ベストパフォーマンス賞」を受賞した。
また、3位に入ったmilab株式会社の女性は『熱くなれ』(大黒摩季)を熱唱。毎年この大会のために3日間の有休を取り、長年にわたって予選から決勝まで見届けてきたコアファン、“三井ビルのど自慢ウォッチャー”の小僧さんによると、次のような裏事情もあったようだ。
「『熱くなれ』を歌った女性は何度も大黒摩季でこのステージに登場し、上位入賞も果たしているのですが、昨年は予選落ち。おそらく『大黒摩季の歌でまた出るべきなのか……』と相当悩んだことと思います。悩んだ末に、数年前に他社が優勝した楽曲でもある『熱くなれ』を選んだというのが、すごく覚悟を感じる選択で。僕なんかはセットリストを見た時点で『……本気だな』と呟いてしまったほどでした」(小僧さん)
栄えある優勝を飾ったのは、ベル・データ株式会社の『アゲハ蝶』(ポルノグラフィティ)だ。ステージを埋め尽くすほどの紙吹雪が舞う中、4人のチームプレイは完璧だった。優勝後のインタビューでは「半年前から準備し、世界観を考え抜いた。業務の合間にもコンビネーションを磨いた」「自分たちを信じてやってきた。本当に嬉しいが、まだ実感がない」と喜びを口にした。
それにしても、なぜこれほどまでに人は熱狂するのか。ステージ下では、会社の垣根を越えた観客たちが、見ず知らずの他社のステージに全力で手拍子を送っていた。また、「55HIROBA」に詰めかけた一般の観覧者は延べ約7,000人にのぼり、惜しみない歓声を上げていた。
この大会を主催する三井不動産の広報担当者が、別の取材で語っていた「おせっかいな大家」という言葉。その姿勢は、こうしたテナント同士の交流を育んできた大会にも表れているように思う。テナント同士の交流を目的とした身内イベントは、半世紀以上の歳月を経て、もはや社会現象に近い熱量を持つに至った。
また、若手社員たちの台頭も今大会の大きな特徴だったようだ。
「飲み会、ましてや宴会芸のようなものなどからは遠く距離を置くイメージのある若手社員の中にも、むしろこういうのが好きという人たちもいて、やる気満々で取り組んでいる姿はテレビでも取り上げられていました。そんな若手チームのひとつである三井不動産レジデンシャルリースのチーム(King Gnu『SPECIALZ』を披露)は、2年連続で決勝進出という偉業を果たしてなお、決勝における結果(18位)の悔しさに涙を流していました。
そんなふうに熱くなれることをもちろん羨ましくも思いましたし、彼らのような若手たちがこれからもこのイベントを最高なものとして継続してくれることを、心の底から願っています」(小僧さん)
実際、優勝したベル・データ株式会社のメンバーも「(若手の)パフォーマンスがすごくて、逆に勉強になりました」「(ベテランとして)負けられない、と思いました」とその影響力とポテンシャルを語っていた。
新宿三井ビルのど自慢大会。それは、プロアーティストのステージでは決して味わえない、働く大人たちの泥臭くも純粋な「本気」がぶつかり合う真剣勝負の場。くどいようだが、一流の仕事人は、人生の楽しみ方においても間違いなく一流だった。
来年、大会は第50回という大きな節目を迎える。またこの“雪”が舞う場所で、大人たちが本気で遊び、本気で泣き、会社の壁を越えて熱狂する姿を目に焼き付けたい。
















