今回は前回に引き続き、1583(天正11)年の様子が描かれた。以下では、最も注目されたシーン以外の見どころを紹介していく。
まずは、利家を説得するために副田甚兵衛(前原瑞樹)と2人で能登・七尾城を訪れた秀吉のシーンが挙げられる。秀吉の大胆な行動に利家は大変驚いた。秀吉は子どものいなかった自分に豪姫(福地美晴)を授けてくれた恩を伝え、互いの妻である寧々(浜辺美波)とまつ(菅井友香)が友人であることから自分と手を結ぶように願い出る。どうしても利家を味方に引き入れたい秀吉は、弟の小一郎にしか明かしていなかった織田信長の跡を継ぐという壮大な夢を語る。その場では秀吉を追い返した利家だが、その胸中には明らかな変化が起きていた。
SNSでは「正気かって言われるくらい命懸けの行動だったんだね。それだけ利家を仲間にしたかったのか」「利家も言葉の端々に秀吉を気遣っているのが分かるな」と、戦友2人のやり取りにコメントが集まった。
小一郎、田上山砦を守るため奮戦する
次に、秀吉が戻るまでの間、必死に田上山砦を守る小一郎のシーンがある。互いに機をうかがっていた秀吉と勝家。そこへ織田信孝(結木滉星)が挙兵したという報せが届き、戦況が一気に動き始める。秀吉が信孝のもとへ向かい田上山砦を離れると、中川清秀の離反の報せが届く。急速に戦況が悪化する中、秀吉から預けられた桑山重晴(住田隆)は撤退を進言。しかし小一郎は秀吉が戻ってくることを信じて防戦。進退窮まるが、秀吉が到着し羽柴軍は一気に反撃に転じた。
SNSでは「弟のピンチには絶対駆けつける兄者もすごいし、そんな兄者を信じ続ける弟もすごい」「小一郎もすっかりひとかどの将になったな」と、天下に近づく兄弟にコメントが集まった。
今回、初登場を果たした桑山重晴は、1524(大永4)年に尾張で生まれた。すでに59歳の老兵だ。丹羽長秀に仕えたのちに羽柴秀吉に仕えていた。秀長の家臣団には藤堂高虎(佳久創)、小堀正次、福智長通ら多くの有力者がいたが、その中で重晴は筆頭家老格として秀長を支える。重晴は後に出家すると宗栄と号し、秀吉から遺物金を受け取るほど信頼されていた。1585(天正13)年には紀州征伐に参戦し、61歳という高齢ながら首級を上げる手柄を挙げて感状を受けている。また、千利休に直接師事した茶人でもあった。
さらに三男の桑山貞晴は、千道安、古田織部に師事しており、宗仙と名乗って晩年は千利休の茶風を後世に伝える役目を果たした。貞晴の弟子には大和小泉藩の第二代藩主で片桐且元(長友郁真)の甥にあたる片桐石州がいる。
秀吉は田上山砦を小一郎に任せ、織田信孝を迎え撃つため美濃へ向かっていたが、大岩山砦陥落の報を受け大垣から木之本まで約13里、約52kmの距離をわずか5時間ほどで駆け抜けた。美濃大返しと伝わっている。この強行軍には街道沿いの宿場や住民への協力要請、兵糧や馬、松明、武器の配置といった極めて緻密な兵站・準備を石田三成(松本怜生)が行っていたことと、美濃への道中で、長良川と揖斐川が増水していたため大垣城で足止めを食らっていたことが成功につながったとされている。
前田利家、羽柴秀吉と手を結ぶ
最後に、秀吉のもとを訪れた利家の姿が挙げられる。長年、慕っていた柴田勝家と決別した利家。その直後現れた中川清秀を利家は討ち果たす。秀吉を見限って勝家側へ寝返った清秀だが、利家に不意をつかれあっけない最期を迎えた。その首は秀吉への手土産となり、秀吉と利家はついに手を取り合うことになった。SNSでは「利家も秀吉の夢に託したんだな」「長年のライバル同士が手を結ぶシーンはいつ見ても胸が熱くなるね」と、2人のやり取りにコメントが集まった。
きょう30日に放送される第33話「北庄城の別れ」では、秀吉に追いつめられた柴田勝家が北庄城へ籠城。3人の娘と別れを済ませた市(宮崎あおい)は、勝家と運命を共にすることを決意する。激しい戦いの後、小一郎は千宗易(吉岡秀隆)という茶人に出会う。


