「マエストロ」ジウジアーロの名作4選|フィアット・パンダ編

ここまで紹介した作品は、工業製品の美しい形の究極として歴史に残るものである。しかしながら、ジウジアーロの偉大な業績はグランツーリスモやラグジュアリーカーの分野だけに留まらない。彼の飛び抜けた才能を説明するには日常生活にも目を向けなければならない。形の魔術師としての彼の才能はミケランジェロにも匹敵するものだ。ラウレンティアーナ図書館(ミケランジェロ設計)のような荘厳な建築だけでなく、庭園の作業小屋にも目覚ましい手腕を発揮したのである。

【画像】ジウジアーロの傑作その4:フィアット・パンダ(写真5点)

ジウジアーロとフォルクスワーゲンの関係は、1972年にフェルディナンド・ピエヒがイタルデザインでインターンとして働いたことが始まりだという。ただし、これが1974年発表のゴルフのきっかけだったとは思えないが、興味深いつながりである。ジウジアーロの使命は、まったく新しい思想で既に時代遅れとなっていたビートルの後継モデルを生み出すことだった。明快な直線で構成されたゴルフは、歴史ではなく未来を感じさせるものだった。

1988年フィアット・パンダ 4×4シスレー

それでもゴルフはジウジアーロの最高傑作ではない。それはフィアット・パンダである。このプロジェクトでイタルデザインは、不必要とされた伝統的なカロッツェリアが生き残る道を提示して見せた。美しいレンダリングを「ティーポ141」のために提示し、エンジニアたちが実際の形にするのを期待する代わりに、イタルデザインはコンセプトから生産技術と設備、生産化のためのプロトタイプと20台のローリングシャシーまでを作り上げた。これぞより大きな意味での「デザイン」である。

もちろん何事にも起源はある。フィアットのそもそもの指示は「コンテナ」を作ってほしいというものだった。1976年の夏、ジウジアーロと共同創業者のアルド・マントヴァーニは、サルデーニャ島のポルト・チェルボに2週間缶詰となり、コンテナについて考えをめぐらした。彼らの頭の中にはランチア・メガガンマがあったことは間違いない。ルノー・エスパスを先取りしたような大胆なモノボリュームカーは、あまりにも野心的すぎるとしてランチアは生産化を諦めていた。

創意工夫に溢れたシンプルなコンテナは1980年、パラッツォ・クイリナーレ(大統領官邸)で当時のサンドロ・ペルティーニ大統領に贈られた。ラ・スタンパのインタビューに答えて当時ジウジアーロはパンダをジーンズと比べている。実用本位、ただし万能ではない。彼はまた軍用ヘリコプターから装飾を廃したデザインの着想を得たとも語っている。コンテナとしての要件の中には、50リットル入りのワインの大びんを2本積めることも含まれていた。そのためにリアシートは容易に取り外すことが可能で、フラットな荷室を生み出すようになっていた。庭用の椅子から思いついたというシートは7種類のポジション(ベッドにもなる)にアレンジ可能だった。今日でもイタリアの市場では、魚屋の屋台として使われているパンダを見かけることがある。

ダッシュボードは収納力がある横方向のチューブであり、計器類は筒状のポッドにまとめられていた。イタリアでは必須の灰皿はダッシュに沿って左右に動かせるようになっていた。ボディパネルはシンプルかつ平板で、ドラミングを防ぐためにドア下部のみわずかに波状に加工されていた。平面ガラスも特徴的だが、実は供給元を見つけるのに苦労し、見た目ほど経済的ではなかったという。

ラジエターへのエアインテークは非対称で、空冷2気筒版は片側だけ、4気筒版は反対側に設けられていた。 インテリアは塗装されたスチールパネルが剥き出しで、最初マーケティング部門は未完成品と判断したという。ベーシックモデルではドアハンドルもなく、くぼみとボタンが備わるだけだった。結局、パンダは最初の2カ月で7万台の注文が入るほどのヒットとなった。ジャンニ・アニエッリは、彼のすべての家に一台ずつ、計24台を所有していたという。

その比類ないキャリアを通じて、ジウジアーロは常に控えめで魅力的な人物だった。私自身、彼から孫の写真をアイフォンで見せてもらったことがある。何より彼にはユーモアのセンスがある。かつてハリス・マンがデザインしたトライアンフTR7(ボディサイドを大げさに抉ってあるあれだ)を見た時、彼はこう言ったという。「なんてことだ!反対側も同じようにしてあるのかい?」

これぞお手本にしたい生き方である。

オーナーの声:Ollie Boulton(オリー・ブールトン)

パンダはサリー・ヒルズで広告事務所を経営する34歳のオリーにとって最初のクラシックカーである。とはいえ、彼はクラシックカーとパフォーマンスカーを愛する家庭で育っているから、素質は文句なしと言えるだろう。

「最初の車はミニで、その後はルノー200カップ(クリオ)などのホットハッチが何台か、でもパンダに乗るまでの車は皆サーキット用というか、ロールケージやバケットシート付きのそういう類ばかりだった」

パンダを買ったのは3年前だという。「手に入れて、他の低く硬くバンピーな車よりもずっと乗るようになったきっかけは田舎に引っ越したことだね。それに僕はマウンテンバイカーだし、アルプスに住んでいたこともある。あの地域ではパンダのような小さな4WDをたくさん見かけた。知らないうちに刷り込まれていたのかもしれないね」

「サリー・ヒルズに引っ越して、細い道や脇道だらけなことが分かり、犬を乗せたり、コーヒーを買いに行く際に道幅やデコボコを気にしなくていい何かが必要になった。最初はもっと新しい、たとえばジムニーなどを考えたが、いやいやそれじゃあ当たり前だと思い直した。そんな時に地元でこの車を見つけたんだ。以前はイタリアのスキーリゾートで使われていたらしいから面白いよね。僕はファッションでパンダを買ったのではなく、ワークホースとして使うために手に入れた。犬を乗せるし、マウンテンバイクも積む」

「ボクシーな形が気に入っている。僕と同世代か、もっと若い連中はスクエアな車のほうが好きなんだ。インテグラーレやE30 M3とか、そういう車だね。四角い車がカッコいいと思う」

パンダをサーキットに持ち込んだことはあるのだろうか?

「いや、それは無理だよ!何というかパンダは農耕用でミニ・ディフェンダーのようなものなんだ。だいたいステアリングが曖昧だからね」

編集翻訳:高平高輝 Transcreation:Koki TAKAHIRA

Words:Stephen Bayley Photography: Charlie Magee