英国クラシックカー・ジャーナリストの、ランボルギーニ・ミウラ「初体験」

40年にもわたりクラシックカー・ジャーナリストとして活躍するマーク・ディクソンはミウラをドライブした経験が一度もなかった。これまでは…

【画像】経験40年のクラシックカー・ジャーナリストが初めてミウラに試乗する(写真2点)

みなさんに告白したい。私はランボルギーニミウラを(少なくとも数週間前までは)運転したことがなかった、と。今さらなにを大袈裟にと仰るなかれ。何を隠そう私はマーク・ディクソンだ。自他ともに認めるクラシックカー・ジャーナリストのひとりとして、スーパーカーの原点とも言うべきミウラをドライブしたことがない、などということがあって良いものだろうか。

350GTや400GT、イスレロにカウンタック、そしてジャルパなど他のほぼすべてのランボルギーニ・クラシックスを運転した経験はあるのだ。どころか『Octane』の共同寄稿者であるリチャード・ヘセルタインと1970年式のステキなエスパーダをしばらく共同所有したことさえあった。しかし、ミウラのドライブ経験は一度もなかった。ああ、恥ずかしい。

とはいえ、念願叶ってミウラをドライブしてみたら、なんだかとってもかったるい車で、ひどい視界のため運転しづらく、渋滞にも巻き込まれて辛い思いをし、インスタグラムへの投稿以外には差し当たって役に立たないような期待外れの車だった…なんて結末を迎えるよりも、このまま本当のことを知らずにただ美しい姿とスペックから妄想を膨らませていた方が幸せなんじゃなかろうか。

まぁきっとミウラの本当のことなど私には永遠に分かるまい。そう思い始めたころに友人のロジャー・ウッドとの会話を思い出した。ロジャーと素敵な奥方のロージーに初めて出会ったのは数年前のこと。とあるランボルギーニのイベントだった。「もしミウラを取材したいと思ったら、電話くれよ」。彼はそう誘ってくれていた。 ずっと社交辞令だろうと思っていた。けれども勇気を振り絞って連絡してみれば、なんと即座に快諾してくれたじゃないか。

「もちろんだ!で、いつにする?」

こうして2025年12月下旬の英国にしてはめずらしく晴れわたって乾燥した日に、私はピカピカの1970年式ミウラP400S、ビアンコ(白)で内装はロッソ(赤)の右ハンドルのドアを開け、さてどうすれば上手に乗り込めるだろう、と考えていた。

正解はこうだ。まずはシートに横坐りして、左足をたたんでステアリングの下から内側へと通し、それから右足を引っ張り込む。私はもうすでに陽気なイタリアンドライバーみたいに、いかにも自信たっぷりに両手を広げて運転席に座っていた。胸元より少し下の計器類を見おろし、頭頂の髪がかすかに天井に触れている。

上々の滑り出しじゃないか。身長およそ180cm。古式ゆかしいステアリングホイールの後ろにゆったりと身を預ける。バックミラーからはリアウィンドウとルーバー越しに後方の道路が少しだけ見えていた。前を向けばラップアラウンドのフロントウインドウを通してのパノラマビューだ。両フロントフェンダーの膨らんだ曲線が官能的でユニークな雰囲気を醸し出している。

スロットルを軽く踏み込む。4基のウエバー製トリプルバレルキャブレターが働きはじめた。おもむろにキーをまわす。3.9リッターV12エンジンがいきなり唸りを上げた。スロットル、ブレーキ、クラッチをそれぞれ踏みこんでみる。フロアから生えたペダルの踏力はかなり高く、ストロークもけっこう長い。

エンジンオイルが温まってきた。レバーを1速に入れてアクセルペダルを少しだけ踏む。どれくらい踏み込めばいいのか、即断は難しい。けれどもそこは経験がものをいう。クラッチを繋ぎ、ひらけた一般道を走り出した。

少なくともイギリスの片田舎の混雑した地域としてはまだしも”ひらけた道”だった。狂ったようにバンを操る運転手や、メタボなSUVに乗ったおしゃべりママたちがうろつく狭い田舎道は、アルプスの峠を駆け抜ける『イタリアンジョブ』の舞台のようなワインディングのようにはいかない。最初の半マイルほどは路駐車両と対向車両との間をすり抜けながらのストレスのないドライブとなった。ミウラの車高はわずかに106cm。レーシングカーであるGT40(103cm)よりほんの少し高いだけ。現代の一般道を走らせるとその無防備さが際立ってしまう。

とはいえこの田舎道を”のたうち回る”ことは、ミウラのライドコンフォートを試す絶好の機会にもなった。1300kgに抑えられた車重とバルーンタイヤの恩恵であるだろう、乗り心地は驚くほど良好だ。そしてすでにミウラのドラビリがエスパーダのそれによく似ると感じ始めていた。重いステアリングとレバーストロークのあるギアチェンジのため、低速域では運転に少々手こずってしまう。けれどもひとたびあらゆる障害から解放されたなら、このうえない悦びに満たされる。ミウラでももちろん、その通りになる気配があったのだ。

私たちは2車線の幹線道路に近づいていた。これで障害物からは、完全に解放されるとは言えないまでも、少なくともドライブの自由度は増すだろう。ミウラの比喩的にもそして物理的にも心臓部はリアミドに横置きマウントされたV12 DOHCエンジンだ。メンテナンスの行き届いたエンジンは、タービンのように滑らかな回転フィールとともに、複雑な機械音が混じりあったクリーミーなサウンドを奏でている。劇的な加速フィールと同じくらいに心を揺さぶってくれるのはエンジンの合奏なのだ。その音を聴きたいがために、つい必要以上に低いギアでドライブしてしまう。

そこからエンジン回転を7000、8000、9000とどこまで上げるかは完全に貴方次第だ。なぜならタコメーターにはレッドゾーンの表示がない。誰かがかつて言っていた(ボブ・ウォレスだったような?)。「レッドラインは乗り手の恐怖心のみ」。

ミウラにスロードライブは似合わない。速く走るための車であることも疑いようがない。すべてをすっきり吐き出せる領域に至るまで、特に低速域ではエンジンが少々もたつく。ある程度の速度が出ている時のステアリングフィールは非常に快適で、スムーズにコーナーを駆け抜ける。ギアチェンジの操作系に関しては実のところそれほど重くない。けれどもストロークが長いため思い切った操作が必要になる。ミウラは決して繊細なマシンではなかった。

心配する必要などなかったようだ。ミウラは私がそうあって欲しいと願っていた通りの車だった。他の最高のクラシックカーたちと同様、ミウラを所有することもまた相当に挑戦的で興味深く、そしてその見返りもまた桁外れに大きい。

何年も前のことだ。私はハリー・メトカーフの有名なオレンジ色のエスパーダでイタリアまでドライブ旅行を敢行した。1週間で3000マイル(約4800km)をトラブルなく走り切ったのだ。ミウラで同じような旅に挑戦できれば、同じように実現可能で、同じように素晴らしいドライブとなり、そしてエンジンの後ろに”使える”トランクもあるおかげで同じように実用的であることを、今や私はまったく疑っていない。

もっともこのアイデアを肝心のロジャーに提案する勇気は今のところないのだけれど…

編集翻訳:西川 淳 Transcreation:Jun NISHIKAWA

Words and Photography:Mark Dixon