エキゾチックカーでエキゾチックな旅を|マセラティで中国西域シルクロードを行く!

2026年の今年、マセラティがユーラシア大陸横断のグランドツーリングを企画した。イタリアはボローニャにあるネプチューン広場で、かの海神の像が携える三又の鉾をマセラティがロゴとして採用し、その100周年を記念したものだ。

【画像】悠久のシルクロードをマセラティで巡る、壮大なグランドツーリング(写真25点)

中国・上海からイタリア・モデナまでグーグルマップで検索しても、車での陸路の総距離ははっきりと出てこない。ひとまず歩行では1万4000㎞強で約3200時間。さすがに個人がすべての道のりを走破するのは難しいため、各地のマセラティの顧客やメディア、ジャーナリストが1区間ずつ代わる代わるドライブして繋ぐという、リレー形式のグランドツーリングと相成った。いずれにせよ「グランドツーリング」の名にふさわしいスケール感の旅であることに間違いはない。

日本のメディアは他のアジア・パシフィックの顧客やインフルエンサーらとともに第5の区間、ウルムチからサイラム湖を経てイーニンまで、約700㎞を担当した。ウルムチあるいはイーニンと聞いて、どこにあるかピンと来る人は少ないと思う。日本からウルムチまでは北京で飛行機を乗り継いでまだ4時間先、西安や敦煌よりさらに西にある。大昔のシルクロードでいえば、天山山脈の上を通る天山北路だ。

ただし今では、中国の新疆ウイグル自治区に属する同地には、高速道路が通っている。元はオイラート系モンゴル語で「緑豊かな牧場」という意味だったウルムチは、砂漠のオアシスどころか摩天楼の街並みに姿を変え、地上にはBRTが走っている。地元の交通警察局で運転免許証の申請に然るべき手続きをした翌日、グレカーレ・モデナと同トロフェオ、グラントゥーリズモ・クーペとグラン カブリオという、マセラティの現行4車種が10数台連なって、出発地点のホテル・コンラッド・ウルムチを後にした。

中国の高速道路は走り易いか? といえば、イエスでもありノーでもある。周囲の車のペースは一定せず、追越車線に居座る車が少なくない。対して、本来なら走行車線である右側から抜いていく、せっかちな車はさらに多い。ただ我々、日本のジャーナリスト2名には当初、グレカーレ・トロフェオが割り当てられた。市内のストップ&ゴーと高速道路で前が開けたときの中間加速では、トルクフルなV6の恩恵もあって、順風満帆の序盤となった。

かくして高速道路に入り、エキゾチックな看板を時折目にしながら、西へ進む。途中のサービスエリアで最初の車両スイッチをし、グラントゥーリズモ・トロフェオに乗り込んだ。すると乗り換えて早々、この時期の西域では珍しいという雨に見舞われた。前走車や周囲の水煙に巻かれるのみならず、水はけのよくない路面はたちまち分厚い、べっとりとしたウェットになった。GTモードで走らせていたが、こうした状況でもグラントゥーリズモ・トロフェオの駆動制御は、フルタイムAWDのようでいて実際は限りなくパートタイムAWDのはず…だが、むしろ純FRに近い制御であることを、まざまざと見せつけられた。アクアプレーニングに注意しながら車線変更あるいは加減速を強いられる、そんな緊張感の高いドライブが続く中、手元のコントロールパネル上でトルクが前輪側に配分されたことを確認できるのは、ほんの一瞬、しかも数%のみ。きっちりと適切な分だけアクセルを踏み続けている限り、グラントゥーリズモ・トロフェオはリア2駆だけで安定して路面を蹴り上げていく。650Nm・550psのトルク&パワーを抱えて雨の中を走っていると、競合他車のような「ウェットモード」が欲しくなる気もするが、あえて機械任せの制御やモードを潔しとせず、一定のスタビリティを備えたシャシー能力ありきで、直線路でさえもドライバーに操らせるところがマセラティらしさともいえる。

実際、雨が小降りになって路面が乾いてくると、グラントゥーリズモ・トロフェオはグランドツアラーとしてさらに本領を発揮し始める。大陸の高速道路で解き放つグラントゥーリズモ・トロフェオは、力強い悍馬のようだ。西に向かうにつれて標高が高くなる高速道路、つまり長く緩やかな登り坂では、息を切らせたトラックが路肩あるいは走行車線上に突然、現れる。強烈な速度差ゆえ、多かれ少なかれブレーキングや、右に左に車線シフトを強いられる場面で、パワフルで扱い易いエンジンと同じぐらい、強靭なハンドリングとしなやかなシャシー能力がものをいう。だからネットゥーノV6ツインターボの鼓動としなやかなレザーシートに身を任せつつ、必要とあらば強くアクセルを踏み込む、そんなペースの早駆けがこの上なく心地よい。ステップの草原が左右に広がる高速道路で、グラントゥーリズモは雄大な景色、そして距離を軽々と呑み込んでいく。グランドツアラーの資質をこの上なく示してくれた。

この日はサイラム湖手前のホテル・インディゴ・サイラムリゾートに投宿。夜はこの地の少数民族、モンゴル族が客人をもてなす風習で、「仔羊の丸焼き」がふるまわれた。切り分けのナイフを入れたのは旅のホストであるマセラティ・チャイナのマーケティング・ディレクター、アレクサンダー・ガオ氏だ。

ところで天山山脈の周辺といえば昨今、味わいが評価され始めた中国ワインの産地で、中国国際航空(エアチャイナ)の機内食にも採用されている。しかしマセラティのマセラティたるゆえんは、この西域の地でもハウスワインである「マルケーゼ・アンティノーリ」の提供にこだわったことだ。馥郁たるアロマにほどよいフルーティさ、包み込むような酸味のバランスはさすがで、仔羊の丸焼きとも意外なマリアージュを見せていた。

翌朝は初夏というのに、周囲の山々の頂上はうっすらと雪化粧をまとっていた。だが陽射しも強烈で、出発時刻になると山はすっかり緑色に戻っていた。いよいよ我々の区間のハイライトであるサイラム湖に向けて出発する。サイラム湖は中国政府が定める「国家重点風景名勝区」として最上級の5A級に指定されている。水面の標高は2000mを超え、天山山脈をはじめ周りの山々の雪解け水が流れ込むが、流れ出す河川がないという、新疆随一の高山湖だ。

岩に含まれる塩分のため、汽水湖でもあり、そのせいか、独特の青々とした水面をたたえている。90㎞あまりの周辺道路に縁どられた外は、すり鉢状に草原が広がり、山脈の麓へと繋がっていく。内需喚起の一環だろう、今や中国全土の各省のナンバーを付けた自家用車や観光バスの渋滞する箇所もなくはないが、その混雑を吸収してなおも広がる、中央アジアで屈指の絶景は圧巻としか言いようがない。

その脇、一段高い場所に現代のシルクロード、高速道路G30号線が通っていて、相変わらず家畜や崩れそうな荷を積んだトラックが、呻吟するように行き来している。湖沿いの道で、しばしのクルーズや休憩を楽しんだ後、伊寧(イーニン)に向けて湖を後にした。この区間、日本メディアは折よくグラン カブリオを駆ることができ、晴天も手伝って幌を開け放ってのオープンドライブを味わうことができた。高速道路の上からはその昔、チンギス・ハーンが各部族の首領をサイラム湖に集め、モンゴル族の会合を開いたという伝説のある小島の上に、東屋のような建物が認められた。建物の真偽はともかく、伝説は伝説としてうなずける、それほどまでに窓越しではなく、直に見下ろすサイラム湖の水の青さは、独特だった。

伊寧までの道のりは約150㎞ほど、天山山脈を左手に回り込むようなルートで、サイラム湖を後にして早々、シルクロードの難所である果子溝大橋にさしかかった。ここは中央アジアと西域を結ぶ峠の馬の背に架けられたループ橋で、高速道路がヘアピン状に曲がった後、360度のループを描いて、急峻な谷間の標高に合わせて高速道路が下っていくという、見るからに難工事きわまる地形だ。100mあたり数百億円の建設費を要したという、この橋が架けられる以前は、険しい峠道で転落事故が絶えなかったとか。今日的なグランドツアラーの最先端にしてGTの粋を集めた1台であるグラン カブリオで、この歴史的難所の橋を渡るのは、驚きと充実感に満たされるような、何ともいえない感情が胸をよぎった。ただ純粋に走ること、移動するために運転することの喜びが、日常生活にかき消されてしまっていることに否応なく気づかされたのだ。

高速道路を降りて、おもにカザフ族が住む街である伊寧での滞在は、わずか数時間と短かった。驚くべきはかくも険しい天山山脈を越えてきたのに、街の南側にはその支脈である烏孫山脈が聳えていることだ。その先はモデナの方面と少し異なるが、タクラマカン砂漠に崑崙山脈、そしてチベットだ。帰りの飛行機の時刻が迫ってもなお、まだ走り足りないと感じさせる何か。それこそがマセラティというGTの本懐といえるだろう。

文・写真:南陽一浩 Words and Photography: Kazuhiro NANYO