元NMB48で、現在は俳優として活動する川上千尋さん。俳優として歩み始めたリアルな心情と、未来に向けた素直な想いを表現したオリジナルソングの配信リリースも控えている。なぜ、アイドルから俳優に転身したのか?今後は、どのようなキャリアプランを思い描いているのか?――現在の心境も含めて、マイナビニュースに語ってくれた。

「アイドルのお仕事をやり切った」卒業を決めた理由

川上千尋さんは1998年12月17日生まれ。NMB48として13年間を大阪で過ごし、2025年にアイドルを卒業、2026年1月1日付けで吉本興業に入り、同じタイミングで生活の拠点を東京に移している。

――卒業すると決めたのはいつ頃ですか?そのきっかけになった出来事はありますか?

卒業を決めたのは、卒業する1年くらい前のことですね。それまで「選抜メンバーに入って、もっと上に行きたい」って夢を抱いて走り続けていたはずだったのに、ある日、気が付いたら「もっとお芝居がやってみたい」「阪神タイガース関連のお仕事も増やしたい」って思うようになっていて。いつしか「アイドルの自分」より個人の仕事の方が、優先順位が高くなっていたんです。

実際、アイドルをしているときのワクワクより、お芝居をしているときのワクワクの方が大きいようにも感じられて「これって、もうアイドルのお仕事をやり切ったってことなのかな」って思うようになって…。それを自覚したときに、卒業を決めました。

――タレントでもなくて、俳優を目指すんですね。

タレントさんにも憧れはあります。バラエティ番組に出るとタレントの楽しさも感じるんですけど、私は「悔しい」と思える方が伸びるタイプだと思っていて。

実はアイドル時代に何回かお芝居をしたことがあって、そのときめちゃめちゃ悔しい思いをしたんです。周りの人と比べたときの劣等感というか、「なんで自分だけできないんだろう」ってことが、あまりにも多くて。

だから、そちらのお仕事に『突き詰める伸びしろ』があるってことなんだと思います。この「悔しい」「もっと挑戦したい」って思いは、アイドルの研究生だった頃にも経験しました。

――具体的に、どんなときに悔しさを感じますか?

たとえば演出家さんに『こうしてください』って言われたことをやってみても、うまくいかなかったり。周りの人が簡単にできていることを、なんで自分はできないんだろうって落ち込んじゃうんですよね。

芝居に取り組んでいるときはもう、毎舞台、泣いてます。今年に入ってからのことですが、あまりにできなくて、稽古場で大泣きしちゃいました。そのときは周りの人に慰めてもらって(苦笑)。

逆に言うと、いまお芝居ならそれくらい感情もさらけ出せる、ってことなのかも知れません。皆さんと一緒にお稽古して、泣いて笑って、やがて1つの舞台が出来上がっていく――、そんなプロセスを目の当たりに体感できるのもすごく楽しくて、本当に充実した日々を過ごしています。

――アイドル時代にも、悔しくて泣くことはありましたか?

はい、よく泣いていました。そこは変わらないなって思います。選抜に入れなかったり、自分が思っていたより下のポジションをいただいたり、悔しいことも多かったから。「自分がやってきた努力って、人から見たらその程度だったんだな」って思わされるのも悔しかったから。

「研究生に戻った気持ち」で挑む俳優人生

――俳優の仕事とアイドルの仕事に共通点はありますか?

「周りの人とのコミュニケーションが大事」という部分は同じかな、と思います。アイドル時代は、楽屋でしていたトークがMCの際に活きました。お芝居でも、休憩中に色んな出演者の方と話すことによって、その座組の雰囲気が生まれてお芝居に活きる、ということがあると思います。

でもこの業界にはNMB48時代の私を知らない人も多くて。だから、今まで自分の中でこだわってきたものがいかに大きかったとしても、世間に出てみたら、本当に1つの世界だけでやってたことなんだなって実感するんです。

「何やってた人なの?」「あ、アイドルグループでセンターやったんや」みたいに言われるので新鮮ですね。あんなにこだわってたし、それでめっちゃ悔しくなったりもしたけど、1歩、外に踏み出してみたら、それだけがすべてではなかったんだな、という気づきもあります。

アイドル時代のファンの方が舞台を見に見てくれたり、昔の私を知るスタッフの方が声をかけてくれたり、かつてステージでご一緒した方とまたお芝居で一緒になったり。そんな繋がりを感じるときもあって、「東京って広いけど世間は狭いな」って思います(笑)。そうしたご縁も大事にしていきたいですね。

――アイドルから俳優に転身するにあたり、どんな覚悟が必要でしたか?

もうそれこそ研究生時代に戻ったと思って、気持ちを新たに俳優業に取り組んでいます。何でも学んでみたい気持ちがあるし、実際にお芝居の世界ではイチバンの下っ端ですし。まっさらな気持ちで色んなことを吸収していけたら、と思います。

――東京の生活には慣れましたか?

人見知りの性格なんですが、周りの人の温かさのおかげでこの半年間を乗り切ってこれました。メンバーと離れてしまった寂しさはずっと抱いているんですが、1人でお仕事をするワクワクを追い求めていた部分もあるので、ここは乗り越えなくちゃと思っていて。

でも実はNMB48を卒業したメンバーって、東京にもたくさんいたんですよ。それに気が付いたのが7月に入ってからで(笑)。あ、こんなに東京にいたんや、1人ぼっちでやってきた気持ちでいたのに会おうと思えば会えたんや、って。いま「1人じゃないんやな」って安心しているところです。

――アイドル時代に経験したことで、いまに活きていることはありますか?

そうですね、やっぱり対応力でしょうか。当時は、新曲の振付を2時間くらいで覚えなくちゃいけないこともあったりして、そのあたりは本当に鍛えられてきたので。最近ではお芝居の現場で「このタイミングでこっちを向いて」なんて指示にも対応できるようになって、褒めてもらえる機会も増えました。

あとアイドル時代には、多少のことではくじけないメンタルも身に付きました(笑)。いま、周りの人の悩みを聞いたときに「私も同じことで悩んでいたな」って思える自分がいます。同じ悩みを早いうちに経験できたことは大きいと思いますし、過去の経験を踏まえて友人を励ましている私を客観視したとき「自分はちゃんと乗り越えてこれたんだな」って答え合わせにもなってて。

――20代、30代で転職を考えているマイナビニュースの読者にもメッセージをいただけますか?

1歩、踏み出すのって相当な勇気が必要で、場合によっては2~3年くらいかかることもあると思うんです。でも1歩、踏み出す勇気さえ持てれば。その先の世界で自分が何をしたいのか、それを優先して考えたら、きっとうまくいくと思います。なりたい自分を想像することですね――。自分のこれまでを振り返って、そんなことを思いました。

私はアイドルを13年も続けるなんて思ってなかったんです。夢が尽きるまで、ガムシャラに続けていたら13年が経っていた、という感じです。アイドル時代にお世話になった方々に、卒業を決めてからもたくさん支えてもらいました。いま、感謝の気持ちでいっぱいです。

――これから、どんなお仕事をしていきたいですか?

私の理想の俳優さんは、高畑充希さんです。舞台もされつつ、映像の世界でもお仕事をされていて。身長は私と同じくらいなのに、とても存在感があって、本当に素敵ですよね。私も、いつかはミュージカルにも挑戦したいと思っています。お芝居以外だと、阪神タイガース関連のお仕事は引き続きやっていけたら。NMB48時代にはバラエティ力も鍛えられたので、私に何かできることがあれば、何でもやっていきます。

オリジナルソングに込めた、俳優としての現在地

――新たにリリースされるオリジナルソングについても教えてください。第1弾の『あいことば』(7月22日配信)、第2弾の『ゼロから咲く』(7月29日配信)は、どんな経緯でつくられた曲ですか?

『あいことば』は、卒業コンサートのためにつくった楽曲です。これをファンの方に届けるため、配信という形になりました。でも1曲だけじゃ物足りないかな、という気持ちでつくったのが第2弾の『ゼロから咲く』です。

『ゼロから咲く』は卒業後、未来に対する不安を抱いていたときにつくった曲なので、アイドル時代と比較すると対照的かも知れません。テーマにあるのは未来への希望と決意です。卒業後の生活は思い描いていたものとは違ったので、そのギャップから暗い歌詞も出てきます(笑)。でも「いつか花咲くときが来ますように」って願いも込めました。前向きに進もうとしているリアルな私の姿をファンの方にも届けられたら、と思います。

いま、1人で色んなことにチャレンジできる環境をつくってもらえています。昔からモノを作ることは好きだったんですが、新しいオリジナル楽曲、そのリリースイベントも開催できることになりました。

リリースイベントは、基本的には歌を届けるイベントです。アイドル時代の要素も少し入れることができたら良いな、と思っていて。なじみの曲もあれば、ファンの方々と交流できるような曲もあります。もちろん新作の2曲も歌います。グッズもつくりました。実は今回、ジャケットの写真は弟に撮影してもらったんです。「もっと、こんな感じで撮ってよ」と注文しながら撮ってもらいました(笑)。

当日はサプライズも用意しています。卒業コンサートを見に来てくださった方なら「あれ!?」って思ってもらえるかな?

――ますますのご活躍を楽しみにしています。本日は、ありがとうございました。