新しい世代の新しいヴィンテージカーの楽しみ方|Vintage Tokyo Rally初開催

7月10日(金)、東京の街を驚かせる「奇襲」のようなヴィンテージカーの夜会が開かれた。そこに集ったのは、ミレニアル世代を中心とする若きヴィンテージカーオーナーたちである。「若者のクルマ離れ」という言葉が叫ばれて久しいが、実は水面下では、さまざまなスタイルで車を愛してやまない若者が増えている。初開催の「Vintage Tokyo Rally」に帯同し、若い世代の熱気が、東京に新たなヴィンテージカー文化の夜明けを告げているように思えた。

【画像】若者が発信するクラシックカー文化が新たに誕生!東京をナイトクルーズする姿に注目が集まる(写真18点)

2025年3月、ロンドン在住のジェームズ・ウィーラーとフェデリコ・ゲッツェ=ベーベルトが、「Vintage London Rally」という新しいクラシックカーラリーイベントを初開催した。何が新しいかといえば、まずロンドンの中心部を巡る短時間のラリーとした点である。さらに、昼間のロンドン市内の渋滞を避け、思う存分車を楽しめるよう、ナイトラリーというスタイルを採用した。参加者はSNSで募り、参加費も徴収しない。これまでのクラシックカーイベントへの参加に伴う煩わしさをできる限り排除した形である。

参加者は夕食時に三々五々集まり、交流を深めた後、時間になったらスタートする。難しいルールはなく、途中離脱も可能だ。そうした気軽さも相まって参加者は増え続け、昨年10月に開催された第3回のラリーでは、26台ものヴィンテージカーが集まったという。

このイベントの様子については、3月22日に本サイトへ掲載された「夜のロンドン市街をクラシックカーで駆ける! 人気上昇中の『ヴィンテージ・ロンドン・ラリー』密着レポート」を参照していただきたい。

この記事が掲載された翌日、ある人物からLINEが届いた。

「この記事と同じことを東京でやったら、楽しいんじゃないかと思うのです」

メッセージの主はジェイク・イトウ氏。若いながらも、この6月に山形で開催された「FAN+TOM RALLY(ファントムラリー)」を主催するなど、クラシックカー界隈で存在感を示す人物である。その後、何度か直接顔を合わせたものの、ラリーの話題が出ることはなく、私も半ば忘れかけていた。そんな折、再び一本のLINEが届いた。

「7月10日、20時開催決定です。よかったらお越しください!」

彼の熱意は本物だった。

集合場所である新宿・都庁前までは、ジェイク氏が所有する1928年製ベントレー6 1/2リッターの助手席で向かう。スタートボタンを押すと、ややゆっくりとしたクランキングの後、野太いエンジン音が住宅街にこだまする。いくつかの狭い路地を窮屈そうに抜け、首都高速道路に入ると、待っていましたとばかりに後輪が路面を蹴り始めた。

やがてエンジン音はかき消され、トランスミッションから響く「キーン」という、モーター音にも似たサウンドへと変わる。それは、いかにも歯車同士が噛み合って鳴っていることを感じさせる音だった。トンネルに入ると、Apple Watchからメッセージが届いた。

「90dBを超えています。約30分、このレベルの騒音にさらされると、一時的な難聴になるおそれがあります」

しかし、その音は全身に心地よく響くものだった。およそ100年前の車が、現代車と同じ交通環境の中を走れること自体が驚きだが、実に乗り心地が良かったことも印象的だった。

芝公園付近の連続するコーナーでもほとんどロールせず、路面を滑るように走る。路面の継ぎ目で跳ねるようなこともない。3352mmのホイールベースと、2.2トンの車重による恩恵なのだろうか。この時代から、ベントレーがレーシングカーでありながら、優秀なグランドツアラーでもあったことを改めて実感した。

都庁前に到着すると、すでに数台のヴィンテージカーが集まっていた。今回参加したのは、ベントレーを中心に、ロールス・ロイス、MG、フォードなど、1920年代から1950年代までのモデル計10台である。最も古い車両は、製造からちょうど100年を迎える1926年製フォード・モデルTだった。集合場所には、その後も1台、また1台とヴィンテージカーが集まってくる。そして遠くから近づいてくるヘッドライトを見れば、仲間だとすぐに分かる。その光は明らかに黄色く、暗い。しかし、どこか温かい。そんな瞬間も、ナイトラリーならではの面白さだ。

税金の無駄遣いではないかとの批判もある都庁のプロジェクションマッピングだが、最先端技術によって華やかに映し出される光の壁は、ヴィンテージカーが放つ弱々しい光とは実に対照的だった。100年にわたる技術の進化を鮮やかに感じさせてくれる、最適なスタート地点である。

今回のコースは、「Tokyo」という名が示す通り、東京を代表する街々を巡るように設定されている。まずは歌舞伎町を抜け、明治通りを南下し、代々木公園を経て、山手通りから渋谷へと向かう。

金曜日の夜ということもあり、歌舞伎町は大いに賑わっていた。そこへ突如として現れた異様な車列に、道行く人々から好奇の視線が注がれていることがよく分かる。手を振る人、何かを叫ぶ人、スマートフォンを向ける人。自分たちだけでなく、周囲の人々もこの光景を楽しんでくれていると実感できる瞬間だった。

突如現れたヴィンテージカーによる「奇襲作戦」は、「東京を驚かせる」という意味では大成功だったといえる。

松濤からは、1934年製ベントレー3 1/2リッターに同乗させてもらう。このモデルは、ベントレーがロールス・ロイスに買収された後に製造されたもので、当時の生産拠点の地名にちなみ、一般に「ダービー・ベントレー」と呼ばれている。この個体は、ワクイミュージアムの創設者である涌井清春氏が初めて輸入したベントレー第1号車である。その後、数人のオーナーを経て、現在のオーナーである三枝太基さんのもとへたどり着いた。三枝さんはこの個体を一から分解整備し、ウッド部分については、腕の立つヴィンテージ家具職人に修復を依頼したという。後席に座ると、中央からアームレストが現れる。そして、エンジン音はほとんど聞こえない。以前体験した同世代のダービー・ベントレーは、W.O.時代の荒々しさを残す車だったが、この個体は実にジェントルで、現代車にも勝るほど快適な後席空間を備えていた。

「この車は、排気音を変えられるのですよ」そう言って、三枝氏が車内のレバーを操作する。すると、これまでの静寂から一転し、スポーティーな排気音が響き始めた。

当時も車の「音」は、人を引き付ける重要な要素だったのだろう。ロールス・ロイス傘下にありながらも、ベントレーが持つやんちゃな一面を残したいという、エンジニアたちの信念を感じる。

夜中の道玄坂は、さながら車の博物館といってもよいほど、多種多様な車両であふれかえっている。フェラーリやポルシェといった高級スポーツカーとも数多くすれ違うが、中でも目を引くのは、日産GT-Rやトヨタ86などの国産カスタムカーが所狭しと路肩に並ぶ光景だ。まるで映画『ワイルド・スピード』の撮影でも行われているかのようである。若者たちが車を囲んで談笑し、その様子を外国人観光客が興味深そうに撮影している。日本のカスタムカー文化は、アニメやゲームと同じように、日本を象徴する独自のカルチャーとして、外国人の目に映っているのかもしれない。互いの車趣味をリスペクトするかのように軽く挨拶を交わし、私たちは人であふれるスクランブル交差点へと進入した。

世界的に知られるこの交差点で、ヴィンテージカーの一団に向けられたスマートフォンの数は尋常ではなかった。突如として現れたその姿は、まるで江戸時代から現代へ迷い込んだサムライの一団のように、異質な存在として映ったことだろう。見たこともない姿形で、聞いたこともない音を響かせる車たちは、渋谷に集う若者たちの目にも、時代を何周かして新鮮なものとして映ったのかもしれない。

今回のコースに夜の渋谷を組み込んだのは大正解だった。道行く人々の多くは若者で、その手にはスマートフォンが握られている。撮影された写真は、その日に起きた思いがけない出来事として、きっとどこかで誰かに語られるに違いない。そして、その中からこの世界観の格好よさに気付き、ヴィンテージカーに興味を持つ若者がきっと現れるだろう。

次に同乗したのは、高階桜子さんが所有する1939年製ベントレー4 1/4リッターである。オックスフォードブルーとケンブリッジブルーによるデュオトーンのボディーが、夜の街で美しい輝きを放つ。このモデルも三枝さんの車両と同じく、ダービー時代に製造されたベントレーだが、こちらは固定式のルーフを持つフィックスドヘッド・サルーンである。室内に乗り込んで、まず目を引くのがサンルーフだ。ガラスではなく、透明なセルロイドで作られている。当時としては最先端の素材であり、特に大型のものは加工が難しく、高度な技術を要する高価な装備だったという。

六本木から東京タワーを抜け、銀座へと至る道中、きらびやかなネオンの光がサンルーフから車内へ差し込み、その存在をいっそう際立たせる。

ベントレー4 1/4リッターの最高出力は、一般に約130PSといわれている。しかし、その加速力は6 1/2リッターモデルにも引けを取らない。「世界で最も静かな高性能サルーン」と評されるだけのことはある、まさに名車である。

ダービー時代のベントレーは、ともすれば意図的にその存在を隠されてきたかのように、歴史的な記述が少ない。W.O.時代のモデルが、スピード、パフォーマンス、堅牢性の象徴であるならば、ダービー・ベントレーは、そこにラグジュアリーと快適性という価値を加えた、現代ベントレーの礎ともいえる存在である。今こそ、その歴史的価値を改めて見直すときなのかもしれない。

夜中の銀座の中央通りには多くのタクシーやお迎えの黒いミニバンが並ぶ。以前とある自動車ジャーナリストがミニバンの普及で銀座の風景が変わったと語っていたことを思い出した。高級クラブの女性たちが店先でお客様をお送りする風景は以前よく見られたものだが、ここ数年背の高いミニバンに遮られ見ることができなくなくなってしまったというのだ。銀座の街が生み出す華と艶もいまでは感じることのできない情景に変わりつつある。

停車を予定していたチェックポイントには、インパラやリビエラなどローライダーの一団が並んでおり、車を停めることができなかった。渋谷ではなく銀座にこの手の車が集まっていることには少し驚かされたが、オーナーたちも年齢を重ね、落ち着いた場所を好むようになったということなのだろうか。しかし、我々のヴィンテージカー集団と同じく、「高い」「速い」「新しい」といった価値観とは異なる基準で車を選ぶ人々には、たとえそれがどんな車であっても自然とシンパシーを覚えるものだ。夜の秋葉原を楽しんでいたデロリアンも、きっとそんなオーナーの一人だったのだろう。

通常のクラシックカーラリーでは、コドライバーがコマ図を見ながら左折・右折を指示する。しかし今回のラリーでは、各セクションの走行ルートがリンクで配布され、クリックするとスマホの Google Map 上にルートが表示される仕組みになっていた。画面が見られない場合でも音声案内に従えばよいため、コドラなしの1人参加のハードルがぐっと低くなる。実に現代的ではあるが、競技ではないイベントであることを考えると、運営面でも安全面でも非常に合理的な方法だと感じた。

後半は、上野から雷門を抜けてスカイツリーへ向かうルートである。新宿、渋谷、六本木、銀座という”眠らない街”から、一気に下町エリアへと突入する。0時を過ぎ、交通量もほとんどなく、店もすでに閉まった大通りには、10台のヴィンテージカーのエンジン音だけが響き渡る。まるでその一帯を貸し切っているかのような、特別な体験だった。残念ながら雷門のライトアップは23時で消えていたが、そのぶん東京スカイツリーの光が私たちを迎えてくれた。ジェイク氏が探し出した絶好のフォトスポットで、参加者たちはつかの間の撮影タイムを楽しむこととなった。

このイベントの魅力は、ルールに縛られず自由にドライブを楽しめる点にある。一人で車と向き合う人、友人を乗せておしゃべりを楽しみながら走る人、写真撮影に没頭する人、大切な家族と同じ時間を過ごす人──その楽しみ方は実にさまざまだ。翌日に学校があるにもかかわらず、お父様と参加した高校生のお嬢さんもいた。東京ゲートブリッジから眺める、真夜中の息をひそめた東京の風景は、きっと一生心に残る思い出になるだろう。

Vintage London Rally の最終目的地は、カフェを併設したクラシックカーの情報発信基地「デューク・オブ・ロンドン」だったが、Tokyo では丸の内のイタリアンレストラン「パリアッチョ 丸の内仲通り」がゴールとなった。このレストランのオーナー、中島武さんは、飲食業界はもちろんクラシックカーの世界でも名の知れた人物である。若者の活動を応援したいという思いから、今回は特別に遅くまで店を開けて待っていてくれた。前出の涌井さんや中島さんのような経験豊かなベテランが、陰ながら力を貸してくれることも、クラシックカー文化を若い世代へ継承していくうえで大きな支えとなる。

ノンアルコールで美味しいイタリアンを堪能しつつ、深夜2時30分に初開催となる Vintage Tokyo Rally は幕を閉じた。途中、車の調子を見てルートをスキップした人や、道中でプラグ交換を行った車もあったが、それでも最後は全員が「パリアッチョ」に集合できた。参加者の笑顔と、閉店まで笑い声が絶えなかった様子を見れば、この試みが成功だったことは明らかだ。

昼間は見慣れた街の景色も、夜にはまったく違う顔を見せる。このナイトラリーは、東京という街の多様性と豊かさ、そしてそこに生きる人々の息遣いまでも感じさせてくれるイベントだった。夜を舞台に、好きな車で街を巡り、仲間と語り、周囲の人々を笑顔にする。参加への高いハードルも参加費用もなく、煩わしい人間関係や車のヒエラルキーとも無縁──そんな若者発信のクラシックカー文化が、新たに誕生した。

次回の開催を望む声も多く上がったが、主催者のジェイク氏はこの9月からヨーロッパへ活動拠点を移すことが決まっている。日本で不足しているクラシックカーのメカニックを養成する学校を設立するためだ。このイベントは、今回参加した誰かが必ずや継承してくれるだろう。そして数年後、ジェイク氏が育てた優秀なメカニックが、彼ら若いクラシックカーエンスージアストたちを支えてくれる日が訪れるのかもしれない。

Vintage Tokyo Rally 参加車両

01号車 1928 Bentley 6 1/2 Litre

02号車 1926 Bentley 3 Litre Speed

03号車 1934 Bentley 3 1/2 Litre

04号車 1939 Bentley 4 1/4 Litre

05号車 1950 Bentley Mark VI

06号車 1928 Rolls-Royce Twenty

07号車 1937 Bentley 4 1/4 Litre

08号車 1949 MG-TC

09号車 1952 MG-TD

10号車 1926 Ford Model T

文:マイルスアヘッド 写真:Vintage Tokyo Rally