スーパーカーで目指せ320km/hオーバー!「200マイル・クラブ」への誘い

これまでに私が記録した最高速度は、スペインのモンテブランコ・サーキットでフェラーリ849テスタロッサで到達した176mph(約283km/h)だった。これについて気取ったことを言いたいところだが、実のところ私はパブで語り草となるような”200mph(約322km/h)”という魔法の数字には、これまで一度も達したことがなかった。だからこそ、「オート・ヴィヴェンディ200mphチャレンジ」への招待は、絶対に見逃すわけにはいかなかった。「専用の滑走路」「ランボルギーニ・レヴエルト」「マクラーレン750S」「フェラーリSF90」といったキーワードに続いたのは、「ご興味はありますか?」という一言だった。

【画像】滑走路で200mphを目指してスーパーカーを走らせる!(写真7点)

当然ながらその後は、会場となるケンドルーバラックス(兵営)(別名RAFコッツモア)の天気予報が、気になって仕方がなかった。当日を迎えると、良い知らせが待っていた。空は青く晴れ渡り、路面は完全なドライコンディション。悪い知らせは、失速につながる30mphの向かい風だった。幸いなことに、ロンドンにあるスーパーカークラブオート・ヴィヴェンディの車たちは、この風をねじ伏せるほどのパワーが備わっている。少なくとも、参加したクラブメンバーたちはそう期待していた。まずは、ランボルギーニ・ウルスの助手席で高速走行を体験し、滑走路に慣れた。午前中の目標は、パワーの控えめなスーパーカーで200mphにできるだけ近づくことだ。そして午後には、全開走行に臨むのだ。

この日、用意された車両は3台。最初は610bhpのランボルギーニ・ウラカンSTO、続いて690bhpのマクラーレン・アルトゥーラ、そして819bhpのフェラーリ296GTBで、午前中のセッションを締めくくる。ウラカンに乗り込むと、インストラクターから簡潔に指示を受けた。120mph(約193km/h)まではフルスロットルで加速し、一度ブレーキングしてコースに慣れる。その後、オフキャンバーの左コーナーを抜けながらスピードを上げ、自然吸気のV10の咆哮を響かせ続けつつ、ボードの手前でブレーキを踏み込む。不利な向かい風に加えて、ブレーキもかなり控えめに踏んだにもかかわらず、私の自己最高速度記録は176mphから178mph(約286km/h)へと更新された。

ハイテクを極めたマクラーレンとフェラーリのツインターボ&ハイブリッドのV6パワートレインは、昔ながらの甲高い咆哮を奏でるウラカンのV10とは別世界だ。しかも、どちらもさらなる高速領域を味わわせてくれた。マクラーレンでは182mph(約292km/h)、フェラーリで189mph(約304km/h)まで速度を伸ばしたところで、インストラクターが各走行の終了を告げた。3回の走行を終え、3度の自己ベストを更新して感じたのは、それぞれの車が驚くほど異なる個性を持っているということだった。そしてもうひとつは、フェラーリとマクラーレンなら、あとほんの数秒間フルスロットルを続けていれば、200mphの壁は難なく越えていただろうという確信だった。一方ウラカンは、荒々しくアグレッシブで、滑走路向きの車だった。5.2リッターのV10が最高のサウンドを響かせる一方、巨大なリアウィングと徹底したエアロダイナミクスは、空気抵抗というものを身をもって教えてくれる。とりわけ、あの厄介な向かい風の中では、なおさらだった。

「さらに速さを追い求める」というテーマは、オート・ヴィヴェンディのCEO、クレイグ・ウィリアムズの心を強く捉えている。「180mphから200mphへの差は、とてつもなく大きい」と彼は語る。「実際に体験してみれば、その違いが肌でわかるだろう」クレイグは、その”200mphの世界”を誰よりもよく知る一人だ。彼が2000年代初旬に草の根レベルで始めた滑走路のイベントは、やがて「VMax 200」シリーズへと発展し、2019年にはケーニグセグ・レゲーラが245mph(約394km/h)を記録した。

オート・ヴィヴェンディは、世界屈指のスーパーカーを気軽に楽しめる、会員制のメンバーズクラブだ。そして今回のように、それらの性能を最大限に引き出すための、絶好の機会も提供している。オート・ヴィヴェンディの「200mphチャレンジ」は、クレイグが長年培ってきた経験によって支えられている。滑走路は徹底的に清掃され、ブレーキングポイントのボードは、走行する車の性能に合わせて綿密に計算されている。参加者は25名で、参加費は会員が8100ポンド、非会員が8700ポンドとなっている(VAT込み)。

レヴエルトは、200mphの大台を越えるためのもっとも有力な一台だった。ハイブリッドでアシストされた6.5リッターのV12は、1001bhpを発生させる。これは、午前中に最速だったマシンをも上回る出力だ。言うまでもないが、その加速は凄まじい。この巨大なランボは、長い左コーナーを抜けた後にステアリングを真上に戻す頃には、あっさりと140mphへと達していた。

「150…170…190」と、インストラクターが冷静に読み上げる。その数字の間隔は次第に長くなり、コンクリート舗装の継ぎ目がタイヤの下で激しく打ち鳴らされ、さらに速さを増すドラムロールのような響きを刻んでいる。最後の10mphを積み上げるまでが、一番長く感じられた。そして、絶叫するV12のサウンドさえ、風切り音とタイヤノイズの轟音にかき消されていた。そして、「200mph!よくやった」その時、メーター表示は203mph(約327km/h)に到達していた。

レヴエルトでの走行に続き、フェラーリ SF90 が200mphをかろうじて超えたものの、その先は伸びを失った。一方のマクラーレン 750Sは、向かい風とギア比に足かせとなり、最高速度は193mph(約310km/h)にとどまった。これらがそれぞれ単独の出来事なら、どちらも一生の思い出になったに違いない。しかし、あのランボの走りを経験した後では、そのインパクトは少し霞んでしまった。

今やスーパーカーは、あまりにも高性能になった。パブで自慢できるような最高のネタを仕入れるには、アクセルを踏み抜く右足と、そして2マイルほどの滑走路さえあればいい。この日に辿り着くまで、30年近くも待たなければならなかったのが辛いところだが。

文:Elliott Hughes