歴史に残るマエストロの創造物|ジウジアーロ傑作選<ロードカー編②>

この記事は【歴史に残るマエストロの創造物|ジウジアーロ傑作選<ロードカー編①>】の続きです。後半はロータス・エスプリからアルファロメオ・ブレラまでをご紹介。

【画像】ロータス・エスプリ、BMW M1、フィアット・パンダ、デロリアンなどジウジアーロの傑作たち(写真12点)

LOTUS ESPRIT

ロータス・エスプリ

延長したロータス・ヨーロッパのシャシーとダミーのエンジンがイタルデザインに送られた。こうして生まれたショーカーは、”シルバー・ロータス”という名で1972年にトリノ・モーターショーで展示され、大好評を博す。量産バージョンは1976年に発売された。

VOLKSWAGEN GOLF

フォルクスワーゲン・ゴルフ

1974年に登場したゴルフが、フォルクスワーゲンのイメージと株価に与えた影響は計りしれない。ミニ以来の真の大衆車であり、今もこのクラスに受け継がれている雛形を確立した。VWではパサートとシロッコもジウジアーロの作品だ。

AUDI 80

アウディ80

イタルデザインは、中型サルーンであるアウディ80の 2代目のデザインを託された。1978年に誕生した新型は86年まで販売が続き、アウディを高級車市場へ引き上げることに大いに貢献した。クワトロの開発もアウディを助けたのはいうまでもない。

BMW M1

BMW M1

ジウジアーロは、1972年にポール・バラックがデザインした2台のコンセプトカー、BMWターボの精神を引き継いでM1をまとめ上げた。生産は1978年に始まり、トリノのイタルデザインでボディシェルをフレームに接着したあと、シュトゥットガルトへ運んで、バウアーで駆動系を搭載した。

LANCIA DELTA

ランチア・デルタ

ジウジアーロの”キュービズム時代”の作品で、1980年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。フィアット・リトモ(英米ではストラーダ)のDNAを受け継いでいるが、物理的な流用はほとんどない。裕福なミラネーゼのショッピングカーとして生まれながら、のちにインテグラーレ仕様がラリーステージを席巻した。

FIAT PANDA

フィアット・パンダ

この車が実社会に与えた影響は、どんなスーパーカーをも上回る。初代は平面ガラスを使い、ボディコンポーネントもライバルより18%少なくして、徹底的にコストを抑えた。1980~2003年に、500万台近く生産された。

ISUZU PIAZZA

いすゞ・ピアッツァ

1978年、いすゞは再びジウジアーロに接触し、117クーペの後継車を依頼した。79年に東京でコンセプトカーのアッソ・ディ・フィオーリが展示され、早くも80年から生産に入る。パッとしないシャシーは1987年にロータスが調教して生まれ変わった。

DELOREAN DMC12

デロリアンDMC12

ジウジアーロは、ガルウィングドアを採用しないよう雇い主を熱心に説得したのだが、結局はそれが代名詞となった。フロントエンドは、コンセプトカーのマセラティ・メディチ IIを思わせる。いくつも検討された姉妹モデルは、残念ながら実現しなかった。

SUBARU SVX

スバル SVX

SVX(スバル・ヴィークル X)は 1989年の東京モーターショーでコンセプトカーが発表され、2年後、独創的なスタイリングはほぼそのままに、フラット6を搭載して発売された。4ドア・エステートも提案されたものの、製品化には至らなかった。

FIAT UNO

フィアット・ウーノ

パンダでシティカーの定義を書き換えたジウジアーロは、そのすぐ上のセグメントのウーノでも同じことを達成した。1984年に欧州カー・オブ・ザ・イヤーを受賞したこのモデルは、国外も含めれば 2014年まで生産が続いた。ジウジアーロは後継モデルのプントも手がけている。

MASERATI 3200 GT

マセラティ3200 GT

1998年の発売当初、3200GTが称賛を浴びたことは忘れられがちだ。ジウジアーロがデザインしたこのクーペによって、名門が復活したと評価された。今となっては不思議だが、”ブーメラン”と呼ばれたテールライトは賛否が分かれた。

SAAB 9000

サーブ 9000

プラットフォームを共有する”ティーポ4”プログラムから、サーブ9000、ランチア・テーマ、フィアット・クロマ、アルファロメオ164が生まれた。ピニンファリーナが担当したアルファを除いて、すべてをジウジアーロが手がけ、9000ではサーブのデザイン責任者、ビョルン・エンヴァルと手を組んだ。サーブ、ランチア、フィアットはドアも共通だった。

ALFA ROMEO BRERA

アルファロメオ・ブレラ

2002年のジュネーヴ・ショーでブレラ・コンセプトが発表されると、賛辞が津波のように押し寄せた。ただし、スタイリング要素の一部はアルファのデザイン部門が既に決めていた。残念ながら、量産バージョンは期待したほどの成功を収められなかった。

編集翻訳:伊東和彦(Mobi-curators Labo.) 原文翻訳:木下恵

Transcreation:Kazuhiko ITO (Mobi-curators Labo.) Translation:Megumi KINOSHITA

Words:Richard Heseltine Images:Giorgetto and Fabrizio Giugiaro archive