コンコルソ・デレガンツァ・ジャパン2026|薬師寺に集いし、時を超えた旅人たち

陽春薫る奈良・薬師寺。その金堂の前に、一台のロールスロイスが佇んでいる。それはかつてマハラジャの下で愛され、海を越え世界を巡ったのち、再びインドの土を踏んだ稀有な道程を持つ。そしていま、遠く離れたこの奈良の地に座す薬師三尊像と深く響き合う。大陸を越えた鋼の芸術と、シルクロードを渡った信仰が、1300年の時を越えて向かい合った。

【画像】19世紀の文化遺産から21世紀のハイパーカーまで。世界遺産の薬師寺に集った新旧の名車(写真17点)

美と崇高の対峙

"コンコルソ・デレガンツァ・ジャパン"が今年も開催された。2016年京都・二条城での初回から数えて5回目を迎えるこのイベントは、名実ともに日本を代表するクラシックカー・コンクールと云える。昨春に行われた前回に続き、舞台を世界遺産の奈良・薬師寺に移しての開催となった。

このイタリア語の響きを持つイベント名は、名高いコモ湖畔のヴィラ・デステ・コンコルソに由来する。歴史的な背景をまとった美しい地に、宝石のごとき名車たちが並び、洗練を知る人々が時を分かち合う。そのような欧州の自動車文化の極致と言えるこのイベントに、主催者・木村英智氏は強く魅せられた。「人生で最も幸せな時間は、ヴィラ・デステで過ごしたものだった」と語る彼が、その情景を日本で再現する舞台に選んだのが、世界遺産の伽藍だった。

このような自動車の”優雅さの競技会”の起源は馬車文化から受け継がれたといわれ、1899年のニースに最古の記録を持つ。初期にフランスで育まれたため、コンクール・デレガンスとの呼称も広く用いられる。後にイタリアをはじめ欧州各国へと広がり、1920〜30年代にその栄華を極めた。現在では世界各地で盛んに開かれている中で、1929年に始まったヴィラ・デステと、1950年よりアメリカ西海岸で開催されているペブルビーチがその二大巨頭であることは論を待たない。

それらコンクールの多くは美しい庭園や館を舞台とする。しかし、日本文化を象徴する名刹を舞台として選んだ本イベントの趣向は、唯一無二のものと云えよう。薬師寺の本尊・薬師三尊像は、幾多の歳月をくぐり抜け、いまも静かにそこに在る。人の生涯では到底およばぬ時間が刻まれたその眼差しの前では、百年の来歴を誇る名車さえも若き旅人に変えてしまうだろう。圧倒的な存在を前にして胸に浮かぶものは、美しさを愛でる感情だけではない。感嘆と、畏れに近いものさえ伴うこの感覚に、私は崇高という言葉を思い出した。

東塔と西塔—「残す」ということの意味

薬師寺を初めて訪れた人は、正面に立つ金堂の壮麗さに息を呑み、そして左右に並ぶふたつの塔に圧倒されるだろう。それらを眺めているうちに、ふたつの塔はそれぞれ異なった表情を持っていることに気付くのではないだろうか。

西塔は、戦乱で消失しながらも見事に再建され、その姿態は鮮やかだ。青(緑)と赤のコントラスト——青丹よし、と万葉の昔から謳われた奈良の色彩——が、建立当初の絢爛を正しく再現している。

一方の東塔は、途方もない年月の風雪が刻み込まれ、10余年にわたった近年の解体修復の壮挙を経てなお、その古色を留めている。一見、手が入ったことすら気付かないほどに。

この鮮やかに蘇った西塔と、1300年の歳月を纏った東塔。ここにある二つの哲学は、クラシックカーの世界にも通じるものだ。

元来の状態を徹底的に調査・究明し、製造当時の姿へと蘇らせる「ピリオド・コレクト・レストレーション」。そして、改善を含めて手を入れることを極力避け、年月の痕跡をありのままに留める「プリザーブド・コンディション」。どちらが正しいかという問いにはっきりとした答えはない。ただ、”後世に残すべきものをいかに伝えるか?”という普遍的な課題に対し、いずれも真摯な回答であることに変わりはない。コンコルソの場に集った各車にもまた、それぞれの哲学と答えがあるように感じられた。

審査という名の真剣勝負

では、各車に宿るその答えをいかにして見極めるのか。今年、薬師寺の境内に集ったのは69台。19世紀の文化遺産から21世紀のハイパーカーまでが、白鳳伽藍エリアと玄奘三蔵院伽藍エリアの二か所に渡って展示された。なかでも今年のハイライトは、来年に100周年を迎えるミッレミリアと、今年3月に創立100周年を迎えたカロッツェリア・トゥーリングにまつわる車両である。これら10のクラスに分類された名車を、世界各地から招かれたクラシックカー業界の重鎮による10名のジャッジが吟味する。

私はこのイベントでセレクション・コミッティーを務めている。展示すべき車を世界中から探し出して参加を促し、審査の場では各車両の歴史や当時の流儀との整合を、ジャッジへと伝える橋渡し役を担う。金曜日のプレ・ジャッジから始まった審査は、車体の基本構造からネジ一本、ステッカー一枚に至るまで、望ましい仕様かどうかを丁寧に確認していく。翌土曜日の本審査は朝9時半から始まり14時半まで続いたのち、全てのジャッジが集まっての会議へと移行した。

甲乙つけがたい名車たちを前に会議は例年紛糾する。情熱と論理が交差する審査会議の場では、定まりかけた評価も生き物のように動く。ひとりのジャッジの一言が場の空気を変え、再検討されることもしばしば。それは単純な順位付けというよりも、会議にいる全員で参加車両の本質を見極めていく、知の共同作業とでも言うべきものだ。この緊張感こそが、私にとってコンクールの醍醐味だと感じる。

時を超えた旅人

拮抗する中から各クラスの賞が出揃い、そのウィナーズサークルからベスト・オブ・ショーが選ばれようとする瞬間には、このイベントで最大の高揚を感じる。今年その栄誉を得たのは、インドから来場したロールスロイス・ファントムI エクスペリメンタルだった。この車は、華麗なオーナー歴のみならず、ロールスロイス本社での開発車両という特別な出自も備えており、ペブルビーチをはじめ世界中のコンクールでの実績を持つ見事な状態にくわえ、その偉大な来歴と資料もまた、ジャッジたちから高く評価された。

この車が辿った百年にもならんとする道程を想像しながら、私は冒頭の情景を改めて思い返した。当時インドのマハラジャが得た車とその継承者が、同じ地をルーツとした仏像や信仰に囲まれ、みごとに頂点に立つ。文化とは、かくも遠い路を辿り、予期せぬ場所で出会うものなのだろうか。この薬師寺で結ばれた格別の縁に、私は深い感慨を覚えた。

すべては勝者—文化への眼差し

賞を手にした車があり、惜しくも届かなかった車がある。しかしこの薬師寺での時間を共有した69台は、いずれもが注意深い目で選ばれた一台であることを改めて思う。いわば、全てが勝者であったとも云えるだろう。薬師寺の壮麗な伽藍と、世界各地から訪れた美しき車たち。その両者には通底するものが在る。それはともに長い時を越え、美と創造性を伝えようとする先人たちの意思ではないだろうか。

クラシックカーは、しばしば投機的な対象としてのみ語られることがある。億単位の落札価格や、年率の値上がり予測が、普遍的な価値をさしおき大きく取り上げられる場面も少なくない。しかしそれは、人類が遺してきた工芸品を、浮世の金銭という尺度でのみ測ることに他ならない。

その対極に、コンコルソ・デレガンツァのような場がある。

ここで問われるのは、先人の閃きと感性を反映した一台一台の輝きを、いかに後世に伝えるかという精神であり、文化を担おうとする行動である。今年のコンコルソもまた、その問いに真摯に向き合った人々 ーオーナー、メカニック、審査員、そして全ての観覧者ー に、それぞれの記憶として刻まれたはずだ。1300年を生き延びた伽藍の前には、また来年も美しき旅人たちが訪れることだろう。次回はどのような出会いが生まれるのか?コンコルソ・デレガンツァ・ジャパンから、目が離せない。

文:佐藤有悦 写真:佐藤亮太、コンコルソ・デレガンツァ・ジャパン

Words: Yuetsu SATO Photography: Ryota SATO, Concorso dEleganza Japan