
パリ近郊のリナス・モンレリー。1924年に開設され、100年を超える歴史を刻んできたこの由緒あるサーキットに、フランス中から日本車が集まった。Jap'n'Car Festivalである。折しもフランスは、5月としては観測史上まれにみる記録的な熱波に覆われていた。平年を10度以上も上回る暑さが各地で記録を塗り替えるなか、来場者は照りつける日差しのもとで、目当ての一台を前に時を忘れて見入っていた。
【画像】もはや一過性のブームではない。フランスでの日本車文化が集約されたイベントにドリキン土屋氏も登場!(写真32点)
フランスにおける日本車文化は、本国とはまた違う独自のかたちで育ってきた。その担い手は、アニメや漫画、そしてゲームを入り口に日本車と出会った世代である。峠を舞台にした『頭文字D』、世界に日本車ブームを広げた映画『ワイルド・スピード』、無数の車種を画面のなかで操れる『グランツーリスモ』。スクリーンとゲーム機の前で憧れを育てた若者たちが、やがて実車を手に入れ、フランスならではのシーンを築き上げた。この祭典は、その熱量が一堂に会する場である。
今年、新たにパートナーとなったのがオートバックスだ。2001年にフランスへ進出して以来、この国に根を下ろしてきた日本の自動車用品チェーンである。そのブースには、開場と同時に長蛇の列ができた。お目当ては、ゲストとして招かれたドリフトキング、土屋圭市のサイン会である。生きた伝説をひと目見ようと、フランス各地から、時には何時間もかけてファンが詰めかけた。土屋によるドリフトのデモンストレーションともなれば、スタンドに立ち見が出るほどの熱狂で、白煙とタイヤの悲鳴が観客を包んだ。
日本で生まれたこの横滑りの美学は、いまや海を越え、フランスでも一大ジャンルとして根づいている。2000年代以降に広まり、国内選手権を擁するまでに成長したフランスのドリフトシーンからは、この日も腕自慢たちが集い、惜しみなく車体を滑らせた。観客の歓声が、日本発の文化がこの国にしっかりと定着したことを伝えていた。
祭典のもうひとつの主役が、サーキット走行だ。参加車はカテゴリーごとに分けられ、記録的な猛暑のもと、次々とコースへ送り出されていく。歴史あるモンレリーのバンクを、いまや日本車が主役となって駆け抜ける。その顔ぶれは実に多彩だ。世界に認められた本格スポーツから、街角を走るごく普通のハッチバックまで。速さを誇る一台もあれば、肩の力を抜いて走りそのものを楽しむ一台もある。共通しているのは、オーナーたちが口を揃える「壊れない信頼性」への厚い信頼だ。手の届く価格と確かな耐久性。それこそが、フランスで日本車が広く愛される土台になっている。
日本車の楽しみ方は、走らせることだけにとどまらない。会場を歩けば、『頭文字D』の世界をそっくり再現したオーナーズクラブがあり、日本のパトカーを細部まで作り込んだ猛者がいる。本国でしか売られなかったモデルや、知る人ぞ知る珍車を探し出して慈しむ者も少なくない。左ハンドルが当たり前のこの国で、あえて右ハンドルの日本仕様を貫くことに矜持を見いだす愛好家もいる。日本車を輸入し、ナンバー取得まで請け負う専門店まで現れたことは、その裾野の広がりを示している。彼らに共通するのは、対象への並々ならぬ敬意と、細部まで本物にこだわる姿勢である。
スクリーンやゲームのなかで芽生えた憧れが、実車となり、やがて文化として根を張る。フランスの日本車愛は、もはや一過性のブームではない。灼熱のモンレリーで目にしたのは、海を越えて深く根を下ろした、フランス独自の日本車文化のたしかな姿だった。
文:櫻井朋成 写真:櫻井アレキサンドラ智優、櫻井朋成
Words: Tomonari SAKURAI Photography: Alexandra Chihiro SAKURAI, Tomonari SAKURAI