
ラリー・デ・プランセスを取材し始めてから、すでに数年が経つ。全行程を追ったこともある。毎年変わらぬ顔と、毎年新たな顔が混在するこのイベントが、25回目の節目を迎えた。
【画像】ヴァンドーム広場を彩った”プリンセス”の美しく華やかな車たち(写真26点)
今年から新設されたのが、オフィシャルスタート前日のヴァンドーム広場での車両展示だ。スクルティニーリング(車検)を兼ねた形でエントリー車両が広場に並び、一般にも開放される。本戦が始まる前に、まずここでエントリーリストの全容を把握できる。それは同時に、このラリーの「本気度」を測る機会でもある。
並んだ車両を順に見ていくと、1950年製ポルシェ356スピードスターを筆頭に、ジャガーXK140、MGAといったグループ1の古参勢から始まる。その中で際立つのが3号車、1955年製ポルシェ550スパイダーだ。ジェームズ・ディーンの事故で知られるあのモデルと同型——アリエル・モラン=ルスクルとカミーユ・ダルバール・マルタンのフランス人クルーが、この純粋なレーシングマシンで1500キロを走ろうとしている。
グループ2以降になると車両の幅はさらに広がる。イスラエル国籍クルーが持ち込んだACコブラ289 Mk II(1964年)、スイスとフランスのクルーによるフェラーリ・ディーノ246GTS(1972年)、カリフォルニアナンバーをつけたダットサン240Z(1972年)。国籍と車種の多様さは、まさに世界地図を広げたようだ。日本、台湾、アメリカ、ブラジル、オーストラリア、ニュージーランドからもクルーが集まっており、ヨーロッパ圏外からの参加が年々存在感を増している。
そして今年のエントリーリストで最も注目を集めた一台が、109号車、1955年製フェラーリ750モンツァだ。アウレリオ・ランプレーディ設計の直列4気筒3リッターDOHCエンジン——Tipo 119——を搭載し、カロッツェリア・スカリエッティが手がけたスパイダーボディをまとうこのマシンは、1954年のワールドスポーツカー・チャンピオンシップを制した経歴を持つ。総生産台数は約35台。シャシーナンバー0530Mを刻むこの個体をヴァンドームの石畳に停めたのは、アメリカ人クルーのユリアとアリシアのハウトリング姉妹だ。
続々と集まるエントリー車両のエグゾーストノートが、電気自動車に静まり返ったヴァンドームの建物に反響するたびに、不思議な興奮が走った。その中でもひときわ異彩を放ったのがこのフェラーリの咆哮だ。3リッター4気筒という構成は、フェラーリといえば12気筒という刷り込みとはまるで異なる音を放つ。洗練された高周波ではなく、太く、力強く、腹に響く低音域だ。加えてレーシングマシンゆえにギア比が高く設定されており、市街地の低速域では常にアクセルを吹かしぎみに保たなければならない。その断続的なエンジン音が石畳に跳ね返るたびに、電気自動車の普及とともに忘れかけていた何かを、通りがかりの人々の中によみがえらせた。それを証明したのは、750モンツァを目で追いながら駆け出した少年の顔だった。
車両展示の場として、ヴァンドーム広場は申し分ない舞台だ。しかしここはあくまで序章に過ぎない。翌朝、プランセスたちはパリから約40km北東のシャアリ王立修道院へと向かい、そこで本戦のスタートを切る。
(シャアリ修道院スタート編につづく)
文:櫻井朋成 写真:櫻井アレキサンドラ智優、櫻井朋成
Words: Tomonari SAKURAI Photography: Alexandra Chihiro SAKURAI, Tomonari SAKURAI