国内で前例のない多様なサービス展開に常にチャレンジしているUber Japan。先駆的なビジネスを実現するには新たなルールも同時に必要となるわけで、同社の法務担当は、まさに羅針盤のない海で進むべき方向性を指し示すだけでなく、時にルール作りにも関わる重要な役割を担っている。
その同社の法務部でシニア・カウンセルを務める長谷川敬洋弁護士が、国内トップクラスの法律事務所や企業法務部門を表彰する「ALB Japan Law Awards 2025」において「In-House Lawer of the Year」(年度最優秀組織内弁護士)を受賞した。Uber Japanで法務チームはどのような役割を果たすのか、同社ならではのやりがいや難しさなどを語ってもらった。
ビジネスの戦略パートナーとして、イネーブラーとして
――まずは、ご自身の自己紹介をお願いします。
「Uber Japanで日本法務を統括しています。私個人としては日本の弁護士資格に加え、イングランドとウェールズのソリシター(事務弁護士)の資格を有しています。日頃は法務チームの責任者として、ビジネス上の複雑な目標を日本の法規制の上で実行可能かつ社会的に受け入れられるサービスに落とし込んでいく、戦略パートナーとしての法務の役割を担っています」
――今回、In-House Lawer of the Yearを受賞されましたが、率直な感想をお聞かせください。
「錚々たる候補者が居並ぶ中、企業内弁護士として最高に栄えある賞を賜り、心より光栄です。私個人の成果というより、Uber Japanのビジネスチームと法務チームが一丸となって取り組んできた努力が、企業法務の領域で高く評価された証しだと考えています。社内で発表されたときも大きな祝福の拍手をいただき、会社全体で誇りに感じてもらえたことが私としても嬉しく思います」
――どういった点が評価されたとお考えでしょうか。
「まずデリバリー事業に関しては、日本の急速に変化するギグエコノミー環境において、フリーランス法をはじめとする複雑な規制課題に対応しながらプラットフォームの柔軟性を維持した革新的アプローチが評価されたと自負しています。またモビリティ事業については、政府渉外・公共政策チームと協働し、グローバルな知見を活かして、『日本版ライドシェア』や『公共ライドシェア』の迅速な社会実装に寄与できた点が大きいのではないでしょうか。単なるコンプライアンス対応にとどまらず、新たなルール形成に戦略的に貢献できた『攻めの法務』、そしてビジネスの成長を後押しするイネーブラー(Enabler)としての役割も認めていただけたのだと感じています」
「No」ではなく「How」を考える
――Uber Japanの法務チームの特徴をご紹介ください。
「先ほど『戦略パートナー』としての法務と申し上げましたが、とりわけ国境を超えた取り組みにおいては、2つの『架け橋』としての役割を強く意識しています。一つは、グローバル戦略を日本での実行につなげていく架け橋。もう一つは、法的な分析をビジネス上の意思決定へと昇華させる架け橋です。現代の事業環境は極めて動きが速く、ビジネスの状況もものすごいスピード感で日々変わります。常に荒波が立っているような感覚ですが、そのスピード感に即応するため、法務チームはビジネスの重要案件の意思形成過程から深く関与します。ビジネスチームが取るべきリスクを適切に取り、避けるべきリスクを避けられるよう、伴走者として取り組んでいます」
――業務はかなり多岐にわたりそうですが、チームの体制や、業務におけるマインドセットはいかがでしょうか。
「現在、正社員の弁護士が3人、外部法律事務所からの出向弁護士が5人、パラリーガル1人の体制で業務に臨んでいます。チームの最大の特徴は、法務を単なる『リスク管理のストッパー』と捉えて守りの姿勢になるのではなく、むしろ利益を創出しビジネスを加速させる『戦略的パートナー』になるというアプローチを採用していることです。この姿勢をチーム内で徹底し、『NoではなくHowを考えよう』という言葉が合言葉のようになっています。Uberが取り組むのは最新テクノロジーを駆使したプラットフォームビジネスですから、先例のない場面に多く直面します。そこでビジネスチームの目的や意図を精緻にリスク分析した上で、どのような緩和措置を講じればリスクを抑えて実現できるか、つまり『How』を徹底的に考え抜くことに努めています」
――チームを率いていく立場として、長谷川さんが特に心掛けていることは何でしょうか。
「真の意味での戦略的パートナーになれるよう、メンバー全員がビジネス状況やパフォーマンスに関する最新の知識を持ち、的確なアドバイスをタイムリーに提供できる体制づくりです。具体的には、毎週の定例会議で重要なビジネス案件について議論し、取り組む課題の優先順位を明確化しています。その中で私が特に意識しているのは、ビジネスの優先順位が変化するスピードへの適応です。例えば、コロナ禍ではデリバリー関連の話題が中心でしたが、コロナが終わり、インバウンド需要が回復すると、ドライバーの供給やライドシェアといったモビリティ領域の課題が重要になってきます。そういった変化の中、最も重要なリスクを特定し、複雑で繊細な法的分析を社内の意思決定者やグローバルのステークホルダーにわかりやすく伝えることで、ビジネスの迅速な意思決定を支援しています」
――最新テクノロジーという点ではいまはやはりAI。法務部門でもAIを活用するケースは多いのですか。
「はい。アジア太平洋や、グローバルの法務チームとも定期的に連携し、AI活用の各国のトレンドや実務的対応を共有しています。その中でも最近の大きなトレンドである生成AIは、グローバルの取り組みとしてすでに日常の実務に積極的に取り入れています。具体的なユースケースとしては、初期段階の法的調査や、事案分析した上での論点の洗い出し、さらには抽出したポイントに漏れがないかのチェックなどが挙げられます。また、最近の生成AIの高い翻訳精度を活かした翻訳業務、ビジネスチームへのアドバイスや、外部向けのコミュニケーションのドラフト作成にも頻繁に活用し、メンバーがより本質的で重要な業務に集中できるようにしています」
――日々の業務においてかなり頻繁に生成AIを活用されている感じですね。
「法務関係の文書は膨大な分量に及びます。さらに当社の場合は事業の幅も広いので、ある程度機械的に処理できる生成AIを導入するか否かで、業務のスピード感もそれこそ馬車と自動車、あるいは徒歩と自動車ほどの差が出てきます。個人的な体感では、『従来数時間かかっていた作業が数十分で終わる』ような劇的な効率化を実感しています。そうした日常業務の効率化に加え、特別なタスクフォースについては、AIモデルを用いて分析し法的問題に発展しそうな案件を分類・追跡しています。できる限り問題が顕在化する前に予防的対処を行う仕組みを構築し、リスクの最小化に努めています」
前例のないビジネスが進む地図を自ら描く
――スピードの速さに対応しつつ素早く繰り出す、日本に前例のない取り組みを展開するうえでの法務の難しさを教えてください。
「やはり、地図が存在しない領域において、自分たちで地図を描かなければならないところが最も難しいですね。既存の法規制が想定していない革新的なビジネスモデルを実装するわけですから、法務チームはリスクを管理するだけでなく、政府渉外・公共政策などの社内の関連チームと協働して、新たなルールや環境の形成により早く、より積極的に関与していくことが求められます。その場合には法律の知識だけでなく、社内外のステークホルダーに対する配慮や、日本のデリバリー・モビリティのあるべき未来に向けたビジョンも必要となってきます。自分なりの展望を持ち、そこに到達する道を社内外と対話しながら模索していく。その産みの苦しみが難しいところであり、この仕事の醍醐味でもあります」
――専門である法律以外の分野の知識も積極的に入れようという姿勢は、以前から持っていたものなのでしょうか。
「ソリシター資格を習得するためイギリスに留学していたとき、法律だけでなく、ファイナンスなどビジネスコースも専攻していたのですが、実はそちらのほうがより面白く感じていた記憶が強くあります(笑)。現在のビジネス寄りのアプローチを導入しているのも、そうした経験があったからかもしれませんね」
――伺っていると、もちろん難しい仕事なのでしょうが、難しさよりも面白さのほうを強く感じているように聞こえます。
「そうですね。面白さと同時に、社会に役立っているという実感が大事だと思っています。デリバリーは自由で柔軟な働き方を実現し、公共ライドシェアは石川県加賀市の事例など、移動の足不足に悩む地域課題の解決に貢献しています。テクノロジーの力で社会課題の解決策を提供する。Uberのサービスは限られたパイを奪い合うのではなく、市場のパイを広げていくところが私は好きです。そのプロセスに関与し、世の中の幸福度を高める一助になれることに大きな喜びとやりがいを実感しています」
公共ライドシェアやフリーランス法への対応
――とはいえ、世にないサービスを実現するうえでは難しさも当然あるはず。例として、いま出た加賀市での公共ライドシェア実現に至るまでの難しかったことや苦労をお聞かせください。
「2024年3月に立ち上げた『加賀市版ライドシェア(自家用有償旅客運送)』は、2024年1月の能登半島地震の被災地支援及び同年3月の北陸新幹線の延伸による地域経済活性化という2つの側面から、緊急性が高いプロジェクトでした。前例のないサービスを法的な面から支えるため、ビジネスモデルや制度に関する法的助言など、まさに『地図のない中』での作業となりました。タクシー会社やドライバーとの契約書作成、加賀市やNPOとの契約交渉の主導、さらには、通常のタクシーとは異なるアプリの使い方など利用者のコミュニケーションに関するアドバイスにも深く関与しました。ただ、関係者の皆さまが『この地域のためにこの取り組みを進めたい』という強い熱意を持っていたので、根本的な理解を得るプロセス自体は、大きなハードルもなく、スムーズに進めることができました」
――フリーランス法への対応についても教えてください。
「フリーランス法(正式名称:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は2024年11月1日に施行されました。この法律は、フリーランスとの取引における条件の適正化を目的とするもので、例えば、取引条件の明示義務(3条1項)や契約解除の予告義務(16条)といった様々な義務が発注事業者に課されます。Uberでは、JaFDA(日本フードデリバリーサービス協会)を通じて法制化プロセスに参加し、法律の趣旨を踏まえつつ、オンラインフードデリバリーという新しいプラットフォーム型ビジネスの実態に即した運用が可能となるよう意見を述べてきました。施行にあたっては、法務チームが政府渉外・公共政策チーム及び事業部門と協働し、各条文の要件を精査の上、配達パートナーとの契約条項の改定、配達パートナーに表示されるオファーカード上の取引条件表示の見直し、アカウント停止プロセスの見直しなどの具体的な対応を行いました」
――フリーランス法とは別に、「労働者性」に関する行政上の議論にも関与されたと聞きましたが。
「はい。フリーランス法とは別の文脈で、厚生労働省が『注文者・事業者等が安全衛生上の指示等を行う場合における留意事項について』という通達(2025年3月31日発出)の策定を進めていました。これは、2023年10月の『個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会報告書』を受け、労働政策審議会安全衛生分科会で議論されたものです。背景にある問題意識はこうです。フードデリバリーなどのプラットフォームが、個人事業者である配達パートナーに対してヘルメット着用の確認や交通安全研修の受講を求めるといった安全衛生上の指示を行うと、それが『指揮命令』と見なされ、労働基準法上の労働者性を肯定する要素になるのではないかという懸念がありました。この懸念があるために、プラットフォーム側が安全上必要な指示を躊躇してしまうという本末転倒な状況が生じかねなかったのです。この通達は、安全衛生確保の観点から行う保護具等に関する確認・指導や物品の提供・貸与については、『直ちに労働者性を肯定する方向に働く事情とはならない』という基本的な考え方を示しました。つまり、安全のために必要な指示をすること自体が、即座に雇用関係の存在を推定させるわけではないことを明確化したものです」
――この通達の策定プロセスにおいて、Uber はどのような役割を果たしたのですか。
「Uber は JaFDAを通じて、厚生労働省の検討会および労働政策審議会安全衛生分科会の議論に積極的に参画しました。具体的には、法務チームは、政府渉外・公共政策チーム及び事業部門と協働して、通達に関する上記のような様々な実務上の論点について、フードデリバリーの現場の実態を踏まえた整理を行い、法的根拠とともに、JaFDA を通じて要望事項を厚労省に提出しました。この通達が適切な形で発出されることは、プラットフォーム事業者が配達パートナーの安全衛生を積極的に向上させる取組みを萎縮なく行えるようにする上で、極めて重要な意義がありました」
社会課題を解決する自動運転タクシー実現に向けて
――さきほどの話にもあった移動の足不足に関連したところでは、御社は自動運転タクシーの導入にも注力されています。この点について法務として取り組んでいることを教えてください。
「自動運転タクシー(ロボタクシー)は、日本にまだ商用運行の市場が存在しない最先端の規制領域です。Uberはデリバリー事業ですでに自律走行型配送ロボットの導入実績があります。その知見を活かしながら、日本の未来の交通インフラを支えるため、グローバルの自動運転タクシーチームとも連携して、社会的に受け入れられるサービスの実現に向けて注力しています」
――今年の3月には御社と日産自動車、さらには英国のAI系スタートアップであるWayve社で自動運転タクシーの提供に向けた戦略的提携も発表されました。
「現状の規制では『自動運転タクシーもタクシーである』という前提に立っています。タクシー事業者以外の自動運転テクノロジーを持つ企業が、直接的に旅客運送サービスを提供できる立て付けにはなっていせん。規制当局と丁寧にコミュニケーションをとりつつ、どう対応していくかが今後のポイントになります。ただ、タクシー運転手の高齢化や深刻なドライバー不足を鑑みれば、自動運転タクシーの実現は社会課題と言えます。その視点で、法務としても社内の各チームを強力に支援していきたいと考えています」
――最後に、今後実現を目指したいことや取り組みたいことを教えてください。
「AIなどのテクノロジーが進化し、初期的な法務調査やドラフト作成の効率が上がるからこそ、これからの法務の真価は、『公開情報を超えた高度な専門知識』と『実践的な判断力』になってくると思います。とりわけ、白黒つけにくいグレーゾーンの判断は人間にしかできません。法務としてその役割を担っていくとともに、ビジネス感覚に基づいた戦略的なガイダンスを提供し続ける必要があります。ビジネスでは時として『AかBか』の決断を迫られます。そのとき、自分なりの見通しを持った上で、『潜在的リスクはあるが、とりあえず1カ月限定でやってみよう。それで社会の反応を検証した上で、続けるかやめるか判断すればいい』といった、前進するための選択肢を示していくことが大事です。これからもビジネスを加速させる『イネーブラー』であり続けたい。そして、Uber Japanの法務チームを、最先端の規制形成への貢献や実践に挑戦したいと考えるトップクラスの法務人材を惹きつける、強く成長し続ける組織へ育てていきたいと思っています」



