
マスタングが誕生したのは、1964年4月のこと。よく、64ハーフなる言い方をするのには理由がある。例えば日本で学校の新学期が始まるのは4月。つまり、新たな1年は4月から始まる。一方、アメリカは9月から新学期が始まるのは、ご存じの通りだと思う。
【画像】フォード・マスタングのハイパフォーマンスモデル、GT350(写真10点)
実はアメリカの自動車業界も、新しいモデルイヤーは9月に始まる。これは新型をデビューさせるために、8月の休みを利用して工場の設備などを新しくするためで、9月からニューモデルの生産を始められるからと聞いた。いずれにせよ、モデルイヤーはここから始まる。だから、64年モデルとしてデビューするのは、早い車だと63年の9月には登場する。これに対してマスタングは、半年以上過ぎた64年4月に登場したことから、64ハーフと言われるのである。実質的なモデルイヤーとしては、1965年モデルが初代となる。
僅か2年のうちに、100万台の販売を達成したマスタングは、大成功のモデルとなった。ただし、コンプレインがなかったわけではない。ひとつは、ベースのシャシーをフォード・ファルコンから譲り受けたため、最初期のモデルは2.8リッター直6エンジンのみで、アンダーパワーが指摘された。もうひとつはサイズの小ささであった。
そこで、開発責任者だったリー・アイアコッカは、ハイパワーとより良いハンドリングが、さらなる販売の上乗せになると確信し、素早く動いた。彼は、当時コブラでハイパフォーマンスカーの実績を持っていたキャロル・シェルビーに接触し、マスタングのハイパフォーマンスモデルの制作を依頼する。そこでシェルビーは、まずはSCCAのBプロダクションレースに出場するための、ホモロゲーション用車両を100台生産し、その後にレース用マシンを、ワークスカー2台と、34台の顧客用レーシングモデルを作り上げた。シェルビー・アメリカンのプロジェクト・エンジニアは、チャック・カントウェル。そして車両の熟成を担当したのはケン・マイルズ。ピート・ブロックがエクステリアのデザインを担当した。カントウェルに言わせると、SCCA Bプロダクションクラスで、コルベットを打ち勝つことを念頭に作ったという。
2台のワークスGT350と残り34台のGT350は、通常のGT350とは区別されて、GT350RもしくはGT350コンペティションと呼ばれる。外観上はバンパーが装着されているモデルがGT350。バンパーレスでグリル下にオイルクーラーを装備したアンダーグリルが付くのが350Rだ。インテリアでも4点式のロールバーが標準装備され、さらにダッシュにはタコメーターや油圧計などが装備される。そしてサイドウィンドーは、アルミのフレームが付くプレキシグラスに変えられて、軽量化が図られている。
エンジンもオリジナルとは大幅に異なる。オリジナルのGT350は、289cu.in.(4.7リッター)271hpが搭載されているが、350Rの方はアルミ製ハイライズ インテークマニフォールド、ホーリー製4バレルキャブレター、サイクロン製トライYヘッダーを装備するなどのチューニングが施された結果、パワーは350hp以上に引き上げられた。当時としては、この数値はかなり高性能だった。
シェルビーによる、パフォーマンス向上のためのさらなる改造には、フロントサスペンションの取り付けポイントの変更、トラクションバーの追加、新しいディファレンシャルの装着、そして大型の34ガロン燃料タンクの搭載が含まれている。
そして、目的としたSCCA Bプロダクションレースは66年、67年と年間チャンピオンに輝いたのである。こうなると、アンダーパワーの烙印は不要となった。そして、そんなマスタングの人気に目を付けたのが、レンタカー会社のハーツだった。ハーツは高性能なGT350(ロードバーション)を、1000台購入する契約をシェルビー・アメリカンと結び、レンタカーとして、それを25歳以上のハーツ・スポーツカークラブ会員向けにレンタルする計画だったのだ。レンタル料は1日当たり17ドル。ただし、1マイルあたり17セントの追加料金を支払う必要があった。とはいえ、1960年代当時としても、驚異的な価格であり(今でいう激安である)、高性能車を好む多くの人々が、ハーツのこのオファーに飛びついたのである。何故なら、隣にお目付け役を乗せることなく、自由にGT350の試乗車に乗るようなものだったのだから。大半の350Hはオートマチックを装備していたようだが、少数ながらマニュアルもチョイスできたそうだ。こうしてレンタカー効果は、350GTの売り上げに大きく貢献したのである。
ロッソビアンコ博物館にあったシェルビーGT350は、外観から見る限りGT350R風の改造が施され、ハイライズ インテークマニフォールドではないが、レーシーなインレットパイプの存在が、エンジンルームに見て取れる。それに一応ロールバーも入っているのだが、サイドウィンドーはプレキシグラスではないようなので、ノーマルのGT350を、350R風に改造したものではないかと思われる。シェルビーにはしっかりとしたレジストリーがあるのだが、シャシーナンバーがわからず、特定ができない。因みにシェルビーGT350のシャシーナンバーはSFMの頭文字で始まり、Sはシェルビー、Fはフォード、そしてMはマスタングを意味する。
文:中村孝仁 写真:T. Etoh