ダイアナ・ロスが明かす、女性アーティストの道を切り拓いた歌姫の「闘い」

82歳の今も第一線で活躍する正真正銘のレジェンド、ダイアナ・ロス(Diana Ross)がまもなく来日。11年ぶりの来日公演を5月23日(土)Kアリーナ横浜、5月25日(月)大阪城ホールで開催する。歌姫が音楽業界との「闘い」について語った、米Rolling Stone誌による1997年の秘蔵インタビューをお届けする。

1944年にデトロイトで生まれたロスは、親戚の集まりや教会で歌って育った。彼女のキャリアが本格的に始まったのは1961年のことで、近所に住むフローレンス・バラード、メアリー・ウィルソンとともに、グループ名をプライメッツからシュープリームスに改名し、モータウンと契約したときだった。クールな色気、親しみやすいソウルミュージック、そしてコーディネートされた衣装を兼ね備えたシュープリームスは、まさに究極のガールズグループだった。「Baby Love」「Come See About Me」「Stop! In the Name of Love」といった楽曲は、モータウン・サウンドの確立に一役買った。1964年から1967年にかけて、彼女たちのシングルは10曲が全米1位を獲得した。

ダイアナは1970年にシュープリームスを脱退し、ソロとしてスーパースターへの道を歩み始めた。「Aint No Mountain High Enough」(1970年)、「Love Hangover」(1976年)、「Im Coming Out」(1980年)、そして「Missing You」(1984年)──彼女が放ち続けた一連のヒット曲は、音楽界の主役であり続けたそれぞれの時代を鮮やかによみがえらせる。

2026年のライブ映像

ガールズグループのあり方を定義したシュープリームス

―最初のレコードがリリースされたときは、どんな気持ちでしたか?

ダイアナ:ものすごく興奮した。当時は今みたいな小さなステレオなんてなかったから、車のラジオを大音量で流して、外に座って通りに響く音を聴くしかなかった。近所では誰もが歌っていた。私は街の北側、スモーキー・ロビンソンが住んでいたのと同じ通りに住んでいて、彼らがリハーサルしているのをよく見ていたわ。初めて「Shop Around」を聴いた時、「スモーキーにレコードが作れるなら、私だって作ってみたい」と思った。

―最初の印税収入は何に使いました?

ダイアナ:母に家を買った。低所得者向け住宅を出て、自分たちの家に引っ越したの。シュープリームスのメンバーたちも、それぞれ同じ通りに家を買った。あれは本当に大きな出来事だった。

―当時、音楽業界における女性に対して、どのような偏見や思い込みがありましたか?

ダイアナ:私たちは実際に、ガールズグループのイメージそのものを作り上げたの。私は、「人にしてほしいことを人にしなさい」という黄金律を大切にする人たちの中で育った。誠実で、健全に生き、他人を思いやる人たちだった。そして最初の仕事はハドソンズ百貨店での勤務だったから、ショーウィンドウやファッション雑誌から大きな影響を受けた。私はキャス工科高校で学び、衣装デザインとファッション・イラストレーションを専攻していた。昔からファッションや化粧品、メイク、ヘアスタイルに強い関心があったから、私たちが作り上げたイメージは、とてもレディライクで、とても女性らしいものだった。

私たちのイメージは、”美しさ”と”華やかさ”を映し出すものだった。ステージ上での姿も、いつだって上品な女性らしさを大切にしていた。動きだって、体をぶつけ合ったり、いやらしく腰を振ったりするようなものではなくて、とても滑らかでリズミカルだった[腕を揺らしてその動きを再現する]。音楽もそう。私たちは全員高校を卒業していたから、きちんとした話し方も身についていた。それが私の育ちだったの──礼儀を重んじる家庭で育ったということ。みんなによく、「どうして”ミス・ロス”って呼ばれるんですか?」と質問される。でもデトロイトでは、ある程度の年齢以上の人はみんな”ミスター””ミセス”と呼ばれていた。ファーストネームで呼ぶことなんてなかった。時が経って、人々が私を”ミス・ロス”と呼ぶようになった時、それに腹を立てる人もいた。でも私たちの育ちからすれば、それは特別なことでも何でもなかった。

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―音楽業界において女性であることに、何かメリットを感じる瞬間はありましたか?

ダイアナ:女性であることはずっと苦労の連続だった。メリットというより、大変なことのほうが多かった。今もし私がモータウンのレコード会社を経営したいと言ったとしても、相手にされないと思う。女性であり、しかもアーティストだから。時には弁護士相手ですら見下したような態度を取られることがある。誰かが「あなたには何ができるか」を教えてくれるというより、「何ができないか」を延々と言われるばかり。まるで小さな子犬が歩き回って花におしっこをかけるみたいに、誰かがいつもあなたの夢に水を差そうとしてくる。これは闘いなの。だからこそ、ささやかなユーモアを持って、深刻になりすぎずにそのゲームに付き合いながら、やるべき仕事をこなしていくしかない。そして、前に進み続けるの。

―男性のように振る舞わなければならない、というプレッシャーを感じたことはありましたか?

ダイアナ:自分が”男の仲間”にならなきゃいけないと思ったことは一度もなかった。ツアーに出るときは、33人の男性と、女の子は3人くらいで一緒に回っているんだけど、私はその女の子たちに、自分をどう律するかをとてもはっきり伝えるようにしている。ツアー先でだらしなく振る舞うこともできるし、品のある女性でいることもできる。ツアー生活は大変なの。家を長く離れて、ホテルの部屋にいて、孤独を感じる時間も多い。だから本当に、自分をしっかりコントロールしていなきゃいけない。

―男性ファンと女性ファンに違いはありますか?

ダイアナ:女の子たちは本当に私の音楽を信じてくれているし、たぶん男の子たちは彼女たちに連れられて来るんだと思う。私はキャリアを通してずっと大勢のゲイのファンに支えられてきた。それが本当にうれしい。「I Will Survive」をサンセット通りでやった時には、ロサンゼルス中のあらゆるゲイ団体がパレードに参加してくれた。ル・ポールもステージに上がって、一緒に歌ってくれたの。最高だったし、本当に素晴らしかった。それで曲の最後に、私は観客の中へ飛び込んだ。ただそのまま走ってジャンプして客席に飛び込んだら、みんなに担ぎ上げられて運ばれたの。

―完璧なポップソングとは、どのようなものだと思いますか?

ダイアナ:私は、前向きで、人を勇気づけて、誰かの人生に変化を与えるような曲が好き。「Reach Out and Touch」や「Aint No Mountain High Enough」みたいな曲ね。それから、メロディアスで、シャワーを浴びながらでも口ずさめるような曲が好き。モータウンのレコードにはそういう曲がたくさんあった。特に初期の作品はそう。脳に入り込んできて、そのまま残り続けるような曲ばかりだった。

「Its My Turn」は、女性たちが自分自身のために立ち上がらなければならなかった時代に、とても大きな意味を持った曲だった。「Im Coming Out」も、ゲイの人たちにとっても、女性たちにとっても、今なお強いメッセージを持つ曲のひとつだと思う。あの曲を書いた時、プロデューサーのナイル・ロジャースが私のところに来て、「今、君は何について歌いたい?」って訊いてきたの。私は「わからない。ただ、自分をさらけ出したばかりで、何もかもひっくり返っている感じなの」と答えた。そこから「Upside Down」や「Im Coming Out」が生まれた。私はこの仕事が本当に大好き。人生を捧げるものとして、これ以上いいものを選べたとは思えない。たぶん私は、お金をもらわなくてもこれをやっていたと思う。

私はいつだって歌っている。音楽は自分そのものの一部なの。たとえば歩いている時だって、私はリズムに乗って歩いている。まるで体の中に音楽が流れているみたいに生きているの。エレベーターに乗っている時に、つい鼻歌を歌ったり、何か口ずさんだりしてしまうこともある。すると誰かが降り際に「コンサートをありがとう」なんて言うことがある。でも、自分では鼻歌を歌っていたことにすら気づいていないわけ。

―子どもを持ったことは、あなたの芸術家としての人生にどんな影響を与えましたか?

ダイアナ:この業界で”天狗になる”ことがなかったのは、子どもたちのおかげだと思う。子どもはあなたをちゃんと地に足のついた状態にしてくれるから。彼らは、ステージの上の有名人としてのダイアナ・ロスや照明なんてまったく気にしていない。彼らにとって大事なのは、「悪い夢を見た夜に、そこにいてくれるの?」とか、「学校から帰った時、家に誰がいてくれるの?」っていうことだから。

―ステージ上では、自分のセクシュアリティをどのように表現していますか?

ダイアナ:私は自分をとてもセクシーだと感じている。昔からずっとそうだった。まだセックスを手放したつもりはないしね──子どもが5人いるのも、そのせいかもしれない。私はセックスが大好き。自分にとって親密な人間関係を築くための形だから。仕事をしている時には、自分の女性らしさを強く意識している。観客の間を歩く時には、みんなに触れたり、抱き寄せたりするのが好きだし、向こうも私に触れたり抱きしめたりするのを喜んでくれる。「Reach Out and Touch」は、まさにそういうことを歌った曲なの。服装も官能的なものを選んでいる。でも胸を露出しているわけじゃない。ただ、ドレスは美しいものを着ている。私は今の自分にかなり満足しているし、そのことはちゃんと伝わっていると思う。

From Rolling Stone US.

Diana in Motion JAPAN 2026

ダイアナ・ロス来日公演

2026年5月23日(土)Kアリーナ横浜

2026年5月25日(月)大阪城ホール

特設サイト:https://www.creativeman.co.jp/artist/2026/dianaross/

※SOLD OUT

5月23日(土)横浜公演:GOLD指定席、バルコニー指定席、A指定席

5月25日(月)大阪公演:GOLD指定席、A指定席