
ハリー・スタイルズ(Harry Styles)の最新ツアー〈Together, Together〉が、現地時間5月16日、オランダ・アムステルダムで開幕。米Rolling Stone誌による公演初日の現地レポートをお届けする。
ついにこの3年間、世界中が耳にするのを待ち望んでいた言葉が響いた。「こんばんは──ハリーです。今夜ここでみんなと過ごせることを嬉しく思います。今夜は〈Together, Together Tour〉の初日です」。そう、ハリー・スタイルズが帰ってきた。5月16日の夜、アムステルダムで行われた熱狂的なショーは、2023年7月に記録破りの〈Love On Tour〉を終えて以来、初となるツアーシーズンの幕開けとなった。究極のメガ・ポップスターにして巨大アリーナを制圧する男にとって、3年ものブランクは信じ難いほど長かった。公演序盤、彼は冗談めかしてこう語っていた。「年を重ねたら、ステージも大きくなっていたよ」。
ハリーは、56000人の熱狂的なファンとともに、新たな大規模ツアー〈Together, Together〉の開幕を祝った。この男がどれほど待ち望まれていたかは疑いようがない。ここ数日アムステルダムを歩いていると、誰がハリーのライブを観に行く人なのか、目を見ればすぐわかった。彼らは檻から解き放たれ、獲物を求めるかのような勢いだった。
そして、それはハリー自身も同じだった。彼はこの夜を、見事なカムバックの勝利へと変えた。ステージに戻り、自分のファンと直接向き合うことにどれほど飢えていたか、一目で伝わってきた。羽根が床一面に散らばり、熱狂の余韻が空気に漂い続けるような、まさにポップ・スペクタクルだった。彼は新作アルバム『Kiss All The Time. Disco, Occasionally.』(以下、KissCo)の楽曲を中心に披露した。これらの曲はライブのために作られたと言っていい。巨大な空間で、大勢の見知らぬ人たちとともに聴いてこそ、本来あるべき姿で体験できる楽曲だった。バンド編成も拡大され、ホーン隊、ダンサー、バック・シンガーに加え、一部楽曲ではストリングス隊も参加。ステージ上には総勢20人近いミュージシャンが並んだ。
「この曲たちはどれも、自分の心を開き、人生のいろんな物事を受け入れることがなければ生まれていなかった」と彼は観客に語った。「たまにはスマホを置いて、夜の街に出かけるだけで人生が変わることがある。ちょっと馬鹿みたいに聞こえるけど、本当なんだ。僕の人生はそれで変わった。そして君たちは、何度も何度も僕の人生を変えてくれた」。
もしそれを証明するものが必要なら、この日のショーには数え切れないほどのハイライトがあった。そのひとつが、誰も予想していなかった「Treat People With Kindness」だ。曲が始まると歓喜の大合唱へと膨れ上がり、フロアのファンたちはバッグやコートを山積みに放り出して手を取り合い、その周りを魔女の儀式のような輪になって踊り始めた。さらにハリーはこの曲を、トーキング・ヘッズの名曲「This Must Be The Place (Naive Melody)」とマッシュアップし、1番を丸ごと歌唱した(〈The less we say about it the better / Make it up as we go along〉──あまり多くを語らないほうがいい/進みながら形にしていけばいい。いかにもハリーらしい感覚だ)。
バンドはこの曲を、西アフリカのスークースや南アフリカのンバカンガを取り込んだグローバルなグルーヴへと押し上げ、ホーン隊はポール・サイモン「You Can Call Me Al」のリフを高らかに吹き鳴らした。それはハリーの少し馬鹿げたほどの野心と、人懐っこい温かさの両方を象徴する瞬間だった──とにかく一刻も早くステージに戻って、思い切り自分を解き放ちたくて仕方がなかった狂気じみた男の仕事ぶり、とでも言うべきものだった。
Act One:「一緒にいること」の親密さ
この公演は、アムステルダムのヨハン・クライフ・アレナで行われる10公演の幕開けでもあった。現時点で全67公演に及ぶ今回のツアーで、ハリーは2026年末まで世界7都市で長期レジデンシー公演を行う。アムステルダムの後は、ロンドン(ウェンブリー・スタジアム12公演)、サンパウロ、メキシコシティ、ニューヨーク、メルボルン、シドニーを巡る予定だ。アメリカ公演はニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン30公演のみ。そこにはすでに、前回15公演連続ソールドアウトを達成した際の記念バナーが掲げられている。
この夜、ハリーは『KissCo』のコンセプトについて多くを語った。それはベルリンのエレクトロ・クラブで夜明けまで踊り続けた体験から着想を得たものだという。「そもそも僕たちがこのツアーをやっている理由、今回のアルバムを作った理由は、”一緒にいること(being together)”なんだ」と彼はショーの冒頭で説明した。「一緒に瞬間を共有して、一緒に楽しむこと。それが今夜ここで僕たちがやりたいことなんだ。僕が楽しむのと同じくらい、みんなにも楽しんでほしい」。
巨大なステージには中央へ伸びる花道が一本設けられていたが、それとは別に、フロア全体を横断するさらに長いランウェイも作られていた。そのおかげで彼は会場のどの場所にいる観客とも至近距離で触れ合うことができた。名前こそヨハン・クライフ・アレナだが、実際は途方もなく巨大なサッカースタジアムだ(本拠地チームはAFCアヤックスで、会場外には「Ajax All The Time, Disco Occasionally」と書かれたバナーまで掲げられていた)。このステージの圧倒的なスケールを見れば、なぜ彼が都市ごとのレジデンシー形式を選び、機材を毎回運び回らないのかは一目瞭然だった。その規模感は、グレイトフル・デッドの〈Wall of Sound〉に匹敵すると言っていい。
ハリーはショーの半分近くを花道の上で過ごしていた──その一晩中の走りっぷりは、ベルリン・マラソンと東京マラソンを合わせたくらいの勢いだった。フィナーレの「As It Was」では、すでに2時間踊り続けたあとにもかかわらず、さらにスタジアムをぐるりと3周も駆け抜けた(『Runners World』仲間の村上春樹も誇りに思うはずだ)。これまでのツアーでは、花道には彼が上り下りするための階段が設置されていた──だが、それがまた滑稽で、彼はいつも階段を無視して軽々と飛び越えていた。今回のランウェイには階段そのものが存在しない。彼の勢いを妨げるものは何もなかった。

Photo by Anthony Pham
ハリーは万華鏡のような柄のネクタイを合わせた青いシャツに黒いスラックス姿で登場し、最初は赤いレザージャケットを羽織っていた。夜の幕開けを飾ったのは、新たな出囃子となるエルヴィス・プレスリーによる1972年版「Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」だった。この日最初のポール・サイモンへのオマージュだったが、もちろん最後ではない。この選曲は実にふさわしかった。というのも、『KissCo』における重要な着想のひとつが、幼い頃から大好きだったサイモン&ガーファンクルの曲を、これまで聴いたことのなかった友人に聴かせた体験だったからだ。彼女が純粋に喜ぶ姿を見て、ハリーは自分が最初に音楽に恋をした瞬間を思い出したという。その流れで映し出された映像では、ハリーが庭園をひとり歩く中、女性の声が電話越しに「ハリー、今夜出かけるの?」と問いかける。そして彼は新曲「Are You Listening Yet?」でステージに現れた。〈If you must join a movement, make sure theres dancing〉(もし何かのムーブメントに加わるなら、必ずそこにダンスがあることを確かめて)というラインでは観客に歌声を委ねたが、それはまさにこの夜を象徴するモットーだった。
ショーの構成は見事なまでに緩急が計算されており、序盤にはおなじみのヒット曲が次々と投入され、会場の空気を一気に高めていった。2曲目で彼がギターを手に取り、『Fine Line』収録のカリフォルニアの陽光を思わせるアンセム「Golden」を演奏した瞬間、観客全体にセロトニンが一気に放出されたかのような高揚感が広がった。彼自身が「Act One」と呼ぶ最初のパートでは、「Adore You」「Music For a Sushi Restaurant」「Watermelon Sugar」といった鉄板曲が惜しみなく披露された。前半は本質的に”Kiss All the Time”パートであり、その後に”Disco”がやって来る構成だ。『Fine Line』期のライブにあった親密な温かさと、『Harrys House』ツアーのダンスフロア的なきらびやかさ、その両方を兼ね備えたショーだった。
彼はストリングス隊を従え、ピアノに座って圧巻のバラード「Coming Up Roses」を披露する。曲終盤では、言葉のないコーラス部分を観客に歌わせた。そしてそこから、この夜の”観客を打ちのめした”サプライズのひとつ、失恋バラード「Fine Line」のオーケストラ・バージョンへとなだれ込む。ファン人気の高いナンバーだが、『Harrys House』期の大半で演奏されず、〈Love On Tour〉終盤の最後の2カ月でようやく復活した曲でもあった。
「これは昔、ライブの最後によく演奏していた曲なんだ」とハリーは「Fine Line」の前に語った。手には青いアコースティックのギャラクシー・ギターを抱えていた。「何かが終わることについての曲だと思っていたから」。その一言だけで、次に何が来るのか悟った観客席からは苦鳴にも似た大きなどよめきが上がった(前にいたファンは友人に「ほんっと意地悪!」と言っていた)。「でも実際には」とハリーは続ける。「こういう場所にいると、今まで以上に希望を感じるし、むしろ何かの始まりみたいに思えるんだ。だからこれは、いわゆる”Act One”の終わりになる。そして、ここから僕たちは踊り始めるんだ」。さらに彼は「これは家に帰った時のための曲だよ」と付け加えた。だが、「Fine Line」の最初のギターストロークが鳴った瞬間、サメの群れの中に新鮮な血を流し込むような騒ぎとなった。
Act Two:「共同体」としてのダンス・パーティー
”Act Two”のダンス・パーティー・パートでは、新作アルバムの大半が怒涛の勢いで披露され、〈we want to dance with all our friends〉(みんなで友達と踊りたい)というエネルギーが会場中に燃え広がっていた。もし『KissCo』──ハリー史上もっとも賛否を呼んだアルバム──にどうしても入り込めなかったファンがいたとしても、ライブではこれらの楽曲が完全に別物として炸裂することを思い知らされるはずだ。「Ready Steady Go」「Pop」のようなキラーチューンは特にそうだった。「Italian Girls」は新たなテクノ調のインストゥルメンタル・ジャムとして展開され、そのまま「American Girls」へ流れ込む。「Taste Back」では、アンダーワールドのレイヴ・クラシック「Born Slippy」の〈lager-lager-lager〉の一節が差し込まれ、90年代レイヴの空気を呼び込んだ。
「Dance No More」は、ハリーと2人のダンサーによる複雑な振付から始まり、シュガーヒル・ギャング「Rappers Delight」のイントロに合わせて、花道を優雅にステップしながら進んでいった。「Carlas Song」(サイモン&ガーファンクルを教えた実在の友人に着想を得た曲)は、『Harrys House』のハイライト曲「Satellite」とメドレー形式でつながり、この上なく完璧な組み合わせになっていた。そしてライブバンド編成で一気に解き放たれた「Aperture」。56000人の観客がシンセの脈動を〈ah-ah-ah-ah〉と声に出して歌う光景は、彼がこのアルバム全体を通して伝えようとしていることを、これ以上なく端的に示していた。
観客たちは羽根のボアよりもネクタイを多く身につけていた──もちろん羽根も大量にあったが(加えて、リアム・ペインのTシャツを着ている人も何人かいて、それがまた胸を締めつける光景だった)。「Sted Sarandos」と書かれたTシャツを着た人も大勢いた。これは、ハリーが昨年ベルリン・マラソンに出場した際に使っていた偽名だ。彼はいつものように観客と絶えず軽口を交わし、客席とのおしゃべりも絶好調だった。迷子になった母親を探すファンを手伝い、「テレサのお母さん、ここにいますか?」と呼びかける場面まであった。この日のベスト・ファンサインは、「来る途中で鳥に頭の上にフンを落とされたんだけど、セットリストもらえますか?」というもの。彼女が本当に手に入れられたことを願う。
最近はインタビューにもあまり積極的ではないハリーだが、『KissCo』や〈Together, Together〉ショー全体に込めた哲学的なテーマについて語り始めると、実に雄弁だった。「今って、何かを”頑張る”ことが、あまりクールじゃないように見られる時代だと思う」と彼は語った。「でも僕は、何かをちゃんとやろうとすることこそ、いちばんクールなことだと思う。こうしてみんなと同じ空間にいると、みんながお互いにどう接しているかが見える。そして、ちゃんと相手に向き合おうとしている。友達と踊るし、知らない人とも踊る。それこそが、このすべての意味なんだ。人に対して心を開くこと。友達に対してオープンでいること。そして見知らぬ人にも心を開くこと」。
彼は何度も何度も、そのテーマを繰り返した──音楽が共同体験であることの大切さを。「ここ数年、僕をダンスに連れ出してくれた友達みんなに感謝したい」と終盤で彼は語った。「それから、一緒に踊らされることになった知らない人たちにも」。観客は彼の言葉を深く受け止めていた。「僕たちは今、いろんなノイズに囲まれて生きていると思う。ネットであれ、日常生活であれ。誰にでも起こることだし、誰もが影響を受けている」。だが彼はこう続けた。「だからこそ、今この感覚を感じてほしい。この部屋で、自分を愛してくれる人たちに囲まれているという感覚を。そして思い出してほしい。自分の誠実さと敬意と尊厳を持って、生きて存在すること。それだけが本当に大事なんだって」。
同じ週にブルース・スプリングスティーンとハリー・スタイルズを生で観ると、ライブ音楽というものが持つ力を改めて思い知らされる。まったく異なるタイプのショーで、漂うムードも全然違う。だが、そのどちらも、人間の熱狂に代わるものなど存在しないと証明する、心を揺さぶる夜だった──しかも、常軌を逸していればいるほどいい。両方のショーが示していたのは、音楽に取り憑かれた人間たちがひとつの空間に集まり、演者と観客が真正面から向き合い、互いに同じくらい、あの不滅で、不合理で、情熱的で、どうしようもなく危険な”音楽への渇望”に支配されている時にしか起こり得ない奇跡だった。そんなことを証明しようと、この2人のショーマンが一晩中バカみたいに全力を尽くし続ける姿。そして、その挑戦に観客が応え、それ以上のものを返していく姿を見ると──スマホの画面を追いかける熱狂や、強欲なチケット独占企業が支配するこの時代であっても、ライブ音楽がなお、人間らしい恍惚として存在し続けている理由を思い出させられる。そこへ足を運ぶ価値は、やはりいつだってあるのだ。
アンコールでは、ストリングス隊が再び登場し、「Matilda」が豊潤な新アレンジで披露された。あの曲が観客に与える影響を見るたびに胸を打たれる。あちこちで友人同士が身を寄せ合い、泣きながら歌っていた(ギタリストのミッチ・ローランドは以前、本誌に対し「『Matilda』を観客の方を向いて演奏したことは一度もない。感情が強すぎて見ていられないからだ」と語っていたが、今でもそれは変わっていない)。そして彼は、「Sign of the Times」で会場を完全に制圧した。ワン・ダイレクション後のソロキャリアを切り開き、その未来を決定づけたグラム・ソウル風のピアノ・バラードだ。最大のヒット曲「As It Was」がフィナーレになるのは当然だった。だが、なぜハリーは曲の最後に、フロア全体をさらに3周も全力疾走して締めくくる必要があったのか?(「だって彼はクレイジーだから」という答えで十分かもしれない)。
ショーは終わった。それなのに、場内が明るくなったあとも、誰ひとり帰ろうとしなかった。すでに退場用BGMは流れ始めていた。実に80年代的な”大技”と言うべきか、流れていたのはシンセポップのレジェンド、オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークのディープカット「Of All The Things Weve Made」。そこからさらに、かつて長年にわたり彼の登場曲だった、ビル・エヴァンスの1958年の名演「Peace Piece」へと続いていった。観客たちはその場に立ち尽くし、歓声を送り続けるか、ただ静かに耳を傾けていた。中には、長年ライブの締め曲として君臨し、いつも凶暴なくらい壮絶なモッシュピットを生み出してきた「Kiwi」を最後にもう一発やってくれるのでは、と期待していた人もいただろう。だが多くの人は、ただその共同体的な空気を味わっていた。3年ぶりに味わうそれは、誰もが自分で思っていた以上に飢えていたものだった。あの夜は、ハリーにとっても、彼の理解者たちにとっても、長く待ち望まれていた帰還だった。そして両者とも、その待ち時間に見合うだけのものを与えようと、全力を注ぎ込んでいた。
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From Rolling Stone US.
SETLIST:
”Are You Listening Yet?”
”Golden”
”Adore”
”Watermelon Sugar”
”Music for a Sushi Restaurant”
”Taste Back”
”Coming Up Roses” (with strings)
”Fine Line” (with strings)
”Italian Girls”
”American Girls”
”Keep Driving”
”Ready Steady Go”
”Dance No More”
”Treat People With Kindness”/”This Must Be The Place”
”Pop”
”Season 2 Weight Loss”
”Carlas Song”/”Satellite”
”Aperture”
ENCORE:
”Matilda” (with strings)
”Sign of the Times” (with strings)
”As It Was”

ハリー・スタイルズ
『KISS ALL THE TIME. DISCO, OCCASIONALLY.』
発売中